第66話 明日香と沙織の入れ替わり②
着替えを終えた後は、二人の特訓をすることになった。
二人共、前とは戦い方が変わる。
巨大鶏と戦っていた辺りが、ちょうど木が薙ぎ倒されて良い感じの広場になっているので、そこで軽く戦い方に慣らすことにしたのだ。
「もう少し重心を下げて……腕は垂直に……」
「は、はい……」
現在、フラムさんの指導により、沙織がパンチの仕方を習っている。
その近くでは、木にペンキのようなもので描いた的に向かって弓矢の練習をしている明日香がいた。
入れ替わることによって、魔法少女の力にも異常をきたした。
魔法少女に変身すると、運動能力が爆発的に上がり、戦い方が体に染み付いた状態になる。
しかし、二人は入れ替わっているからか、運動能力も本来の力より下がっているし、戦い方も忘れたような状態だった。
例えるなら、F1カーに乗ったプロのレーサーから、ごく普通の車に乗った無免許者になったような感じ? 変身前は車に乗っていない一般人だけど。
「ふむ……」
訓練の様子を眺めながら、私はしゃがんで目の前にある卵白を見つめる。
これは、蜜柑が蹴り飛ばして不発に終わった卵のものだ。
恐らく、入れ替わりの原因としては、この卵が主だろう。
卵白は緑色で、卵黄は紫色をしていた。
私はゆっくりと卵白に指を伸ばし、第一関節くらいまで入れてみた。
すると、私の体から何かが溶け出すような感触と共に、力が抜けるような感覚があった。
「葉月ちゃん。何してるの?」
その時、蜜柑が背中から私に抱きついてきた。
両肩に手が置かれ、私の肩越しに、私が見ているものを見てくる。
彼女の髪が私の耳に擦れて、くすぐったい。
「蜜柑……」
「これ、あの時の鶏の……よく触れるね」
「ん? 蜜柑も触る?」
そう言いながら、卵に突っ込んでいた人差し指を蜜柑に向けると、彼女は「やだぁ!」と言って飛び退いた。
うーん……そんな気持ち悪いかな?
ネバネバしてて、結構面白いよ?
人差し指の親指を合わせて離していくと、ぬちゃぁと糸を引いた。
「葉月」
頭上から名前を呼ばれる。
顔を上げると、そこには、ギンを抱いてこちらを見ているトネールがいた。
「トネール」
「明日香様と沙織様の話は聞きました。……葉月が無事で良かった」
そう言って安堵の笑みを浮かべるトネールに、私は「ありがとう」と答える。
ギンもトネールの言葉に続けるように「キュイ!」と鳴き、彼女の腕から離れて私の方に飛んで来た。
スリスリと頬を擦り付けてくるギンに、私は笑う。
「あははっ、ギン、くすぐったいってば」
「キュイィ! キュイィィ!」
「……これは……?」
私とギンのじゃれ合いを見ていたトネールは、私が見ていた卵を見てそう言った。
それに、私は巨大鶏の事を一通り話すと、トネールは「ふむ……」と言って顎に手を当てる。
「これが、入れ替わりの原因……」
「まだ仮定の範疇だけどね」
「ほとんど確定だとは思うけど……」
そう言いながら、トネールは私の隣に並んでしゃがむ。
一晩風呂に入っていないのに、やけに良い匂いがして、つい大きく息を吸う。
少しして、自分が変態のようなことをしてしまったことに気付き、私は慌てて息を止めた。
「葉月は、これに触ったら力が抜けたような感触があったんだっけ?」
「そう……ゲホッゲホッ」
息を止めていた所から急に話そうとしたせいで、噎せてしまう。
咳き込んでいると、トネールは目を細めて地面に散らばった卵を見る。
「……葉月。少し、卵に触れた指を見せてもらっても良いですか?」
「え? うん……」
私はトネールの言葉に、人差し指を出す。
するとトネールはその手を取り、私の人差し指をジッと凝視した。
見て分かるものなのかと訝しんでいた時、彼女は、私の人差し指に舌を這わせた。
「ひゃぁ!?」
「……やっぱり……」
私の指を舐めて何かが分かったのか、トネールはすぐに私の指を離した。
心臓が爆音を奏で、やけに騒がしい。
そして何より、すぐに離されて、少しだけ寂しいと思う自分がいることに疑問を抱く。
「やっぱり、って……何か分かったの?」
「多分、この卵には、魔力を吸い取る力があるんだと思う。あの中に葉月の魔力の残骸のようなものがあったし、指に付いた卵を舐めたら、僅かにだけど魔力が増えるような感覚があったから」
「これ食べちゃって大丈夫な奴なの?」
「……多分……?」
そう言って首を傾げるトネールに、私はため息をつく。
とはいえ、魔力を吸い取る卵か……。
では、明日香と沙織は魔力が入れ替わったのか?
魔力は魂のようなものらしいし、あながち間違いでは無いのかもしれない。
「はぁ……」
二人の入れ替わりの原因が分かったところで、明日香がため息をつく。
彼女が放った矢は全て的から外れ、木には傷一つ付いていない。
しかしそれを言ったら、沙織の方もまだ上手く戦い方が分かっていない様子だから、気にする必要は無いように感じる。
「……」
明日香はまた弓を構え、魔力で矢を生成する。
的を狙って矢を放つが、矢は木の横を通り過ぎて、後ろにある木に深々と突き刺さった。
しかし、明日香はそれを特に気にする素振りを見せず、次の矢を生成しようとする。
よく見ると、その目はぼんやりしていて、心ここにあらずと言った様子だった。
「明日香ー?」
「……」
私が名前を呼んでも彼女は反応しない。
ボーッとした様子で矢を生成し、的に向かって放つ。
しかし、やはり矢は木から逸れてしまう。
「おいっ」
私はつい耐え切れず、彼女の後頭部をペシッと叩いた。
すると明日香の頭はカクンと前に倒れる。
少しして、ハッと彼女は顔を上げ、私の方を見た。
「あ、あれ? 葉月?」
「なんか上の空だったけど……どうしたの?」
「はは……ちょっと、考え事」
「話、聞くけど?」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そう言って微笑む明日香の顔は、どこか、悲しそうに見えた。
昨日投稿した63話で沙織ちゃんが眼鏡落とすネタをしましたが、今日某クソアニメを見たら眼鏡落とすネタがあってビックリすると同時にお茶吹きました。




