第64話 早朝の急襲
朝食は魔物の肉と、フラムさんが採ってきた木の実だった。
見た目は真っ黒な正六面体という、相変わらず食欲が湧かないものだったが、味は物凄く美味しかった。
この世界では美味しそうな見た目のものは不味くて、不味そうな見た目のものが美味しいようだ。
朝から魔物の肉は少し重かったが、食料が無いのだからしょうがない。
アルス車の故障した部品が届いたので、ラムダさんが修理するのを待つばかり。
とはいえ、フラムさんが破壊した扉は予備の蝶番を使ってすぐに修理したし、現在修理している車輪もそこまで時間は掛からなさそう。
その事実に安堵していた時、事件は起きた。
「葉月! 危ない!」
名前を呼ばれ、私は我に返る。
それと同時に、巨大な羽が降り注いでくる。
「クッ……」
咄嗟に私は薙刀を振り払い、迫っていた羽根を弾く。
しかし、さらにその後からもまだ大量の羽根が降って来る。
羽根と言っても、その芯の先は鋭く尖り、まるで矢の如く凄まじい速度で飛んでくるが。
流石にこの量は対処しきれない。
私は後ろに跳ぶことで、なんとかその羽を避ける。
「ゴゲェェェェェェェッ!」
私が避けたことに怒ったのか、今回の敵である巨大鶏は怒鳴り散らす。
ひとまずアルス車が破壊されないように森の中に移動したは良いが、現在進行形で苦戦を強いられている。
奴が両羽を振るうと、羽根が鋭く降り注いで来る。
結局私は避けるのに精一杯になり、後退することしか出来ない。
「隙あり!」
その時、蜜柑が巨大鶏の背後に迫った。
巨大鶏の頭蓋骨を破壊せんとばかりに、大槌を振り上げる。
華奢な体に似合わぬ大槌を振り下ろし、蜜柑は巨大鶏の頭をぶち割る――ハズだった。
「コケェェッ!」
しかし、巨大鶏は声を張り上げ、突然卵を産んだ。
その卵はまるで砲弾のように蜜柑にぶち当たり、吹っ飛ぶ。
蜜柑はすぐにその卵を蹴り飛ばすことでなんとか耐えきるが、かなりの距離を吹き飛ばされたようだ。
オマケに、卵の中身が普通の食用卵と同じとは限らない。
下手に近付くのは得策ではない。
前は飛ばされる羽根。背中は卵の噴出。死角が無い。
せめて沙織の矢が刺されば良いのだが、羽根のせいで体勢が崩され、標準が合わない様子だ。
卵は恐らく背後を取られた時の奥の手。今回の主力はこの羽根攻撃だろう。
「……逃げてばかりでいられるか……」
その時、明日香がそう呟いて立ち止まる。
ユラリと彼女の体は揺れて、その目は巨大鶏を捕らえる。
「うおおおおおおおッ!」
叫び、明日香は一気に降り注ぐ羽根の中特攻を仕掛ける。
彼女は、ある羽根は弾き、ある羽根は掴み、ある羽根はギリギリで躱し……素早い動きで巨大鶏に突っ込んでいく。
「ちょ、明日香!」
「葉月はすぐに明日香に付いていて下さい! 私が援護します!」
沙織の言葉に、私はすぐに明日香の背中を追う。
無茶な特攻ではあるが、この場ではもう、こうするしか無かった。
魔法少女の中で一番素早さがあるのは明日香だし、こういう役には彼女が一番向いていたのだろう。
……まぁ、明日香にそこまでの考えがあったのかは定かではないが。
「コケェェッ!」
自分の渾身の羽根攻撃が効かないことに、巨大鶏は怒り狂う。
明日香に付いて走っていた時、私の技の射程圏内に入ったことに気付く。
「ここなら……!」
巨大鶏は走って来る明日香に気を取られている。
私は薙刀に力を込め、エメラルドグリーンの刃を淡く輝かせる。
さらに、巨大鶏の背後に大槌を振りかぶった蜜柑が見える。
あの距離であれば、卵の心配はいらない。
チェックメイト……!
「ゴゲェェェェェェェッ!」
その時、巨大鶏は醜い声を発した。
直後、両羽を大きく振り、背後にいた蜜柑を羽で直接弾き飛ばす。
さらに、目の前に迫っていた明日香にもう片方の羽を振るい、弾き飛ばした。
「グッ……!」
すぐに薙刀を地面に突き刺そうとするが、それより先に、巨大鶏が羽で空に飛び上がった。
鶏って空飛べるっけ!?
「コケェ……」
自分の羽根攻撃を悉く弾き躱した明日香に苛立ったのだろう。
巨大鶏は明日香を睨み、こちらに尻を向ける。
まさか、卵を……!
「明日香!」
私は咄嗟に明日香に駆け寄ろうとした。
しかし、突然体を引っ張られるような感覚がして、私の体は止まる。
振り向くとそこでは、私の服を貫いて地面に深々と突き刺さる羽根があった。
「な……いつの間に……」
「明日香!」
その時、沙織が明日香の前に立つ。
弓矢を構え、空にいる巨大鶏に向けた。
しかし、沙織が矢を放つより前に、巨大鶏は卵を放った。
「ッ……!」
沙織はすぐに矢を放つ。
その矢は卵の殻を貫き、空中で割る。
しかし、結局その卵は空中で散乱し、沙織と明日香に降り注ぐ。
「明日香! 沙織!」
私は羽根を抜く時間が惜しかったので、やむを得ず、服を破く。
それからすぐに明日香と沙織の元に駆け寄った。
「コケッ! コケッ!」
高笑いするように鳴くと、巨大鶏はどこかに飛んでいく。
だから鶏なのになんで飛べるんだ……って、今はそれどころじゃない。
「明日香! 沙織!」
「二人とも大丈夫!?」
巨大鶏に叩き落された蜜柑も、ようやく駆けつけてくる。
私達の心配に、沙織が軽く手を振った。
「だ、大丈夫……いやぁ、結構上手く行っていたから油断しちゃった」
そう言って笑いながら卵白塗れで立ち上がる“沙織”……?
「全く。明日香はそういう詰めが甘いです」
眼鏡の位置を正すような素振りをしながら立ち上がる“明日香”……?
ほへ?
「なんか二人……変……」
蜜柑の言葉に、二人はキョトンとする。
それから顔を見合わせる。
数瞬後、ギョッとした顔をした。
「え、嘘……! 僕……!?」
「なんで……私が……?」
二人の会話に、私の中で一つの仮説が打ち立てられる。
正直、フィクションか何かでしかあり得ないような話。
そういえばいつだったか、そういう内容の映画が流行っていたな、と、まるで現実逃避のように考えながら、私は口を開いた。
「二人……もしかして……入れ替わってるんじゃない……?」
今回の話は地上波でやっていた君の〇は。を見ていた時に思いつきました。




