第60話 視線の正体
「魔物の首を食べさせると、召喚獣が進化する……?」
フラムさんの言葉をそのまま復唱すると、彼女は「あぁ」と頷いた。
あれから、魔物を食べ終えたギンの口をもう一度洗い、私たちはアルス車の元に戻った。
かなり遅くなったため、フラムさんに心配された。
だから、私は先ほど起こったことを全て話し、ギンが魔物を撃退した不思議について尋ねたところ、そんな返答を受けたのだ。
彼女は固い魔物の肉を食いちぎり、続けた。
「言ったろ? 魔物の首には魔力が集まっているって。召喚獣に魔物の首を食わせると、その魔力を吸収して強くなるんだよ」
「それを先に言って下さいよ……」
彼女の言葉に私は脱力し、その場に座り込む。
するとフラムさんはクスッと笑った。
「すまないな。てっきり、ギンに首を食わせたのはそれが狙いかと思ったんだ」
「違いますよ。ただ処分するのが面倒かなって思っただけです」
「そうか。まぁ、強くなって困ることは無いし、良かったじゃないか」
フラムさんの言葉に、私は「まぁそうですけど」と呟く。
どうやら、ギンが熊の魔物を追い払ったのは、魔物の首を食わせたのが原因らしい。
そして、熊の首を食ったことで、また進化した。
爪が生え、木に小さな傷を付ける程度のことは出来るみたいだ。
「でも葉月ちゃんが無事で良かったよ。遅いから心配したんだよ?」
「うん。それは分かったから、一々抱きしめないで?」
「えー?」
私の言葉に、むしろ、さらに強く抱きしめてくる蜜柑。
現在、彼女は私を背中から抱きしめて、私の髪に顔を埋めている。
これを当たり前に受け止め、耳責めされないだけマシだと考えている私の感覚もいよいよ狂い始めている気がする。
「何はともあれ、二人が無事で良かったよ。ギンも」
「キュイ!」
私たちがいない間に食事を終えていた明日香の言葉に、ギンは無邪気に鳴いた。
今回私たちが無事だったのは、ギンのおかげだ。
もしもギンがいなかったら、今頃、熊の剛腕によって体を粉砕されていた。
そう考えると、少し、寒気がした。
「とはいえ、この辺りはかなり魔物が多いな。……近くにダンジョンでもあるのか?」
フラムさんはそう呟きながら、鋭い目で林の方を見る。
確かに、現在食事になっている魔物だけでも四体いると言うのに、加えて熊の魔物まで出てきたのだ。
この世界での魔物の出没頻度は分からないが、おかしいのだろう。
「……帰ったら、あいつ等に報告しないと、か……」
続けてそう呟き、フラムさんはやけ食いのように魔物の肉を食いちぎった。
あいつ等って、国の人たちのことかな?
レオガルドさんとかグランネルさんとか騎士のお兄さんとか……トネール、とか……。
でも、あまり良い感情は抱いていないみたいだ。
忌々しそうに魔物の肉を頬張るその態度が怖くなって、私は無言で顔を背けた。
それから食事を終えると、寝る準備に入る。
風呂は……まぁ、一日くらいは良いか。
池に水浴びに行くという手もあるが、魔物に襲われてもアレだ。
魔物と言えば……。
「あの、寝ている間に魔物に襲われたりしないんですか?」
「……葉月殿は魔物より蜜柑殿の心配をしないといけないんじゃないか?」
「……それは、まぁ……」
フラムさんの返答に、私は苦笑いで顔を背ける。
そこでは、ラムダさんが出してくれた寝袋のような物をアルス車の中に敷いている蜜柑がいた。
大丈夫だと思いたいけどなー……昨日の夜は何もしてこなかったし。
……起きてる時に押し倒しては来たけど。
「ハハッ……心配しなくても、夜は私が見張っておくさ」
「え? でもそうしたら、フラムさんが寝る時間が無いじゃないですか」
「……私は眠らなくても大丈夫さ」
いやいやダメでしょう。
「ダメです。フラムさんもきちんと休まないと」
「だが、そうなると見張りは……」
「一応魔法少女の私達でも魔物は倒せるみたいですし、交代で見張りをすれば良いのではないでしょうか?」
私達の会話を横で聞いていたのか、沙織がそう言って来た。
彼女の言葉に、私は大きく頷く。
「ふむ……じゃあ、お言葉に甘えて。私は魔物を倒すのは慣れているから一人でも大丈夫だが、魔法少女の四人には少し荷が重いだろう。二人組を作って、ローテーションを決めよう」
「じゃあ私は葉月ちゃんと……」
「却下ッ!」
蜜柑の言葉を、自分でも驚くくらいの速さで拒絶した。
人がいる中でも平然と抱きしめてくるのに、夜に二人きりなんて、嫌な予感しかしない。
流石に初めては好きな人に捧げたいという乙女心はあります。
まぁ、彼女も強引にそんなことはしないとは思うけれど、ひたすら耳責めとかはかなりあり得る。
というわけで却下だ。
……いや、待てよ?
私が耳責めに耐えれば、その分あすさおがイチャイチャするのでは?
夜に、二人で、星空の下で……。
クッ……この身を犠牲にして百合を優先すべきか、己の安全を優先すべきか……。
「じゃあ蜜柑は私と見張りをしましょうか」
「うぅ……はぁい……」
しかし、それより先に沙織が蜜柑と組んでしまった。
「え、なんで蜜柑と?」
「……葉月と一緒だと、グロテスクな話を聞かされそうなので」
明日香の言葉に、沙織はそう言って数歩私から距離を取る。
流石にもうせんわ!
「沙織がそういう話が苦手なの分かってるのに、そんなことしないって……」
「……」
「いや、マジで」
ジト目で私を見てくる沙織に、私はなんとか弁解を試みる。
ギンの首事件に悪気が無かったのは分かってるでしょ!?
「葉月、そんなに沙織と組みたいの?」
そんなことを考えていると、明日香が半笑いでそう聞いてきた。
「え? いや、そういうわけではないんだけど……」
「じゃ、葉月は僕とね」
「……? おん……?」
反射的にそう返すと、明日香はニコニコと笑った。
すると、なんか滅茶苦茶痛い視線を受けた。
蜜柑か!? と思って振り向くと、蜜柑は焚火に木の枝を追加していた。
あれ?
「葉月、どうかしたの?」
「いや、凄く痛い視線を受けたんだけど……」
「え?」
私の言葉に、明日香も辺りを見渡す。
蜜柑はこちらに背を向けているので違う。
トネールは、フラムさんと何か喋っているため違う。
ラムダさんはアルスの世話をしたり、私達の寝床から離れた場所に寝袋を敷いたりと忙しそうなので違う。
ギンはそもそも私の肩に乗っているし……。
では消去法で……沙織? Why?
「それじゃあ、そろそろ遅いし、さっさと順番を決めて眠ろうか」
フラムさんの言葉に、私達は見張りの順番を決めることにした。
あの視線のことは……まぁ、気のせいで良いか……。




