第59話 召喚獣の進化
「火の生命よ。我に従い、灯火を燃やせ。ライトファイア」
短い詠唱と共に、トネールの手元に小さな火の玉が生まれる。
人差し指の第一関節程度の大きさなのだが、半径五メートルくらいまで照らされた。
「おー……凄く明るい」
「フフッ。でも、魔力を込め続けないとすぐに消えちゃうの。だから、速く行こう?」
トネールの言葉に私は頷き、ギンを連れて二人と一匹で林を抜ける。
池まではそこまで掛からなさそうだが、油断大敵だ。
「トネール。足元気を付けてね」
「はい」
木の根っこが入り組んでいるところでは、私がトネールの手を取って先導した。
距離にすれば、百メートル程度か。
あまり長くない道を歩くと、小さな池に出た。
「ギン。息を止めて、池に顔つけて」
「キュイ」
私の言葉にギンは素直に従い、池に顔を浸けた。
小さなギンの顔についた血を指で擦り落とす。
乾いたとはいえ、まだ食事を終えたばかりだからか、血そのものはすぐに落とせた。
池から顔を出させて確認し、私は頷く。
「よし。綺麗になったね」
「キュイ!」
私の言葉に、ギンは無邪気に鳴く。
顔に付いた水は……自然乾燥でなんとかなるか。
ポタポタと滴り落ちる水を指で拭ってやり、私は肩にギンを乗せた。
「それじゃあ、そろそろ……」
「待って」
トネールの言葉に、私は黙る。
すると、静寂の中、ガサガサと草が不自然に揺れる音がした。
まるで、何者かがこちらに近づいてくるような音。
そこまで察知した時、草むらから、屈強な熊のような生物が現れた。
「トネール!」
咄嗟の判断で、私はトネールを抱きしめ、彼女を守るように熊に背を向けた。
すると、熊は雄叫びを上げた。
トネールの気が削がれたからか、彼女の火魔法が途切れ、辺りが暗闇に支配される。
しかし、すでにニオイでこちらの存在には気づかれているだろう。
私は襲い来るであろう衝撃に備え、目を瞑った。
「キュイィィィィィィィッ!」
その時、ギンが大声を発した。
鼓膜を劈くような金切り声だった。
直後、風が巻き起こり、熊のような生物が吹き飛ばされる。
風によって自分の若菜色の髪が激しく揺れるのを見ながら、私は、恐る恐る顔を上げた。
「キュイ!」
背中の羽で宙に浮かびながら、まるで、やり切ったと云わんばかりに胸を張るギン。
その背後では、熊のような生物が地面に伏せている。
「ギン……もしかして、さっきの……ギンがやったの?」
「キュイ!」
私の問いに、これまた得意げな様子で頷くギン。
それに呆けそうになるが、それより先に、私はトネールの安否が気になった。
「トネール!」
「だ、大丈夫……」
私が名前を呼ぶと、彼女は震えた声でそう返事をした。
それから両手を胸の前に出し、蚊の鳴くような声で詠唱をした。
先ほどと同じ火魔法の詠唱だった。
ポウッと、小さな火の玉が辺りを照らす。
「グルァ……」
熊は不満げな声を漏らしながら、立ち上がる。
まだ諦めないその闘志には、尊敬の念を抱いた。
「トネールは下がってて」
「は、ハイ!」
私はギンを預け、トネールを背後に隠す。
ここで逃げることも不可能では無いだろうが、ニオイを覚えられている以上、きっとまた来るに違いない。
それならば、ここで排除しておくに限る。
私はネックレスにしたアリマンビジュに触れ、変身する。
服が変わり、両手に薙刀が握られるのを確認した私は、薙刀を構えて熊を睨んだ。
今回の熊は……恐らく、敵ではないだろう。
私たちの知る敵は、日本にいた頃に見た物よりも数倍、数十倍も体が巨大化していた。
目の前にいる熊は、腕がかなり屈強で牙が鋭いが、巨大では無い。
つまり高確率で、魔物。技を使う必要は無い。
「ガルァッ!」
熊は叫び、腕を振り上げ、こちらに走って来る。
私は奴の動きを見切り、振り下ろされた腕を躱す。
躱す動きの中で薙刀を握り直し、遠心力を付けて熊に薙刀を振るう。
エメラルドグリーンの刃が熊の剛腕を切り裂いた。
熊が痛みで悶える間に、私は薙刀を握り直す。
「はッ……!」
小さく息を吐き、私は思い切り、薙刀を熊の首筋に突き刺した。
根本まで突き刺さったエメラルド色の刃。
ドクドクと赤黒い液体が溢れだし、地面を濡らす。
「ぐぅッ……」
若干吐き気を催しながら、私は薙刀を抜いた。
抜く度に赤黒い液体が溢れだす。
私は薙刀を軽く振り、血を払った。
「……この死体、どうするべきだろう?」
「さぁ……」
私の言葉に、トネールが困惑したような表情で言って肩を竦めた。
アルス車のところまで運ぶべきかと思うが、それはかなりめんどくさそうだし……。
「キュイ!」
……とか、迷ってる間に、ギンが熊の死体に齧り付いた。
ハイ、処分は任せました。
というか、すっかり魔物の肉の味を占めたな。
私は呆れ、ため息をついた。
……と、そこまで考えて、先ほどの出来事を思い出す。
そうだ。この子は、さっき、熊を一度追い払った。
生まれてすぐにあの能力があったのか?
「……ねぇ、トネール」
「何?」
「ギンってさ、元から強かったっけ?」
「え? うーん……葉月が強い召喚獣が欲しいとは言っていなかったから、あまり強くはしていなかったけど……」
「じゃあ、あの時熊を撃退したのは、一体……」
私の言葉に、トネールは顎に手を当てながらギンを見た。
ギンは無邪気に熊を捕食している。
正直、モザイクでも付けないと見せられないような状態だ。
……ただでさえ魔法少女の事とか、色々謎が多いっていうのに、さらに厄介事を増やすんじゃないよ……。




