第57話 魔物の首
私が蜜柑から解放される頃には、すでに日が暮れていた。
焚火が辺りを橙色に染め上げる中、フラムさんが夕食の準備をしている。
どうやらこの世界には、敵とは別で魔物という生物がいるらしい。
魔物についての説明を受けたが、途中で出てきたダンジョンという単語に全部持っていかれた。
この世界ダンジョンあるの!? 異世界モノに不可欠なダンジョン! 行きたい! 行って一瞬だけ地面を踏んで帰りたい! その辺に落ちてる石を持って帰りたい!
「ダンジョン……食料は魔物の肉のみ……休憩の度に剣士に迫る魔法使いと僧侶……ハハッ、懐かしいよ……」
死んだ目でそう言いながら剣で魔物の肉を捌くフラムさんに、彼女の冒険者時代がある意味散々なものだったことを察した。
剣士のハーレムパーティだったのか……フラムさんの肩身狭そう……。
そして今の蜜柑を見ていると、剣士も中々大変だったのではないかと少し同情してしまう。
「あははっ、ギンってば、くすぐったいよ」
「キュイ! キュイ!」
そして、近くでは明日香とギンがじゃれていた。
どうやらギンは明日香にも懐いた様子。
……尚更、なぜギンが蜜柑に懐かないのか気になってしまう。
その時、足に何かぶつかった。
「……ん?」
何だろう、と視線を落とすと、それは鹿の生首だった。
「ぎゃぁ!?」
女子らしからぬ叫び声をあげながら、私はその場に尻餅をついた。
するとフラムさんがこちらを見て、「あぁ」と呟き鹿のツノを持って生首を持ち上げた。
「悪いな。少し勢いよく切ってしまったようだ」
「し、心臓に悪い……」
まだバクバクと音を立てる心臓を、なんとか深呼吸で静める。
すでにフラムさんは三体の魔物の肉を捌き終え、四体目の鹿に取り掛かるところだった。
三体の魔物の生首が積んであるところに、鹿の生首も置いた。
うえ……見ているだけで食欲を無くす……。
生首を見て顔色を悪くしていると、フラムさんが苦笑した。
「悪いな。全部の肉を捌き終わったら、コイツ等も処分するから」
「え、首から上は食べれないんですか?」
「あぁ。魔物の頭には魔力が密集していて、体に悪いからな」
そう言いながら自分のこめかみの辺りをコツコツと指で突くフラムさんに、私は「へー」と呟きながら生首を見た。
実際、なんていうか、禍々しいオーラを漂わせている。
食べたいとも思わないが、食べたら食べたで体に悪いのか……。
「キュイ!」
その時、明日香とじゃれるのに飽きたのか、ギンがすり寄ってきた。
無邪気に頬を擦りつけてくるギンに、生首で削られた精神が戻っていく。
はぁ……作って良かった、癒し要員……。
「あはは、よしよし」
私は笑いながらギンを抱いて、頭を撫でる。
その時、とあることを思い付き、私はフラムさんを見た。
「あの、フラムさん」
「ん? 何だ?」
「えっと……首って、召喚獣に食べさせても悪影響って出るんですか?」
私の言葉に、フラムさんはしばらく考えてから、首を傾げた。
「いや、確か問題は無かったハズだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。よく魔法使いが自分の召喚獣に魔物を食わせていたからな。召喚獣は魔力を吸収するから、問題は無いらしい」
「なるほど……」
フラムさんの言葉に、私はギンを見る。
正直、この生首の処分ってかなりめんどくさそうだし、問題が無いなら……。
「ギン。ちょっとこの首、食べてみて」
「キュイ!」
私の言葉に、ギンは嬉しそうに声を上げて魔物の首に齧り付いた。
そういえば、今までギンにまともに餌をあげたことなかったな。
トネールも何も言わないし、召喚獣に餌とかいらないと思っていた。
いや、実際いらないのかもしれないけど、娯楽としてはたまにあげた方が良いのかもしれない。
こうして、明らかに怪しい首を無我夢中で貪るくらいだ。
……ていうかグッロ! ギンの捕食シーングロい!
アニメのグロシーンは平気だけど、リアルは無理だ。
私は目を瞑り、顔を背けた。
「……? ギン、何か食べているの?」
その時、沙織がこちらに振り向いた。
ヤバい!
「沙織! ダメ!」
私は慌てて沙織の目を塞ごうと、駆け寄った。
その時石ころに躓き、バランスを崩す。
「ヤバッ……!」
「ちょ……」
かなり沙織に近い距離で躓いたから、このままでは沙織にぶつかってしまう。
しかし私自身にはどうしようもなく、ただ、その時が来るのを待つことしか出来なかった。
「危ない!」
しかし、その時、襟首の辺りを掴まれた。
ガクン、と、私の体は後ろに引っ張られた。
服で首が絞めつけられて、呼吸が苦しくなる。
「ふいー……沙織、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です」
どうやら私の首を引っ張ったのは、明日香らしい。
沙織とのんびり会話をする彼女の手を、私は無言で叩いた。
ギブ。ギブ!
「あ、ごめん」
「ケホッ! ケホッ!」
ようやく首を開放され、私は咳き込む。
しばらくしてそれが落ち着くと、やっと呼吸が出来るようになる。
はー、空気が美味し……く、ねぇな。後ろに生首あるわ。血生臭い。
「葉月。慌てたら危ないですよ。……それで、私に何か用ですか?」
「あ、いや、えっと……」
改めて尋ねてくる沙織に、どう説明すれば良いか分からず、私は目を逸らした。
すると彼女は不思議そうな表情で私の後ろにあるギンの食事を見る。
そして、その表情を青ざめさせた。
ヤバ……。
「……あれを見させたかったのですか?」
「ち、違うの! 沙織が見たらいけないと思って、それで……!」
「……まぁ、そういうことにしておきます」
そう言って顔を逸らす沙織。
あーやらかした……。
私はどう弁解すればいいか分からず、その場でオロオロすることしか出来なかった。
その間に沙織はフラフラとその場から離れ、焚火の近くに腰かけた。
「明日香、これ、謝った方が良いかな?」
「あー……いや、大丈夫だと思う。葉月に悪気は無かっただろうし。僕からも説明しておくよ」
「よろしくお願いします」
私がそう言って深々と頭を下げると、明日香は「大丈夫だよ」と言って爽やかな笑顔を浮かべた。
ありがとうございます明日香様。
心の中で合掌し、私は顔を上げる。
「よし。それじゃあ、そろそろ飯にしよう」
すると、魔物の肉を全て捌き終えたフラムさんが、そう言って皿に切り分けた肉を持って来た。




