第56話 それぞれの強さ
<明日香視点>
薪にするための木の枝を拾いながら、僕は先ほどの戦闘を思い出す。
沙織の言うことは尤もな話だ。
あの時、僕が油断せずにすぐに身構え、巨大イノシシの突進を止めていたなら、葉月が無理をする必要は無かった。
アルス車が故障することも、今日野宿をする必要も無かった。
……僕は、今まで、自分が三人を守らないといけないと思っていた。
僕が前に立ち、敵を倒す。
そうすることが最善策だと考えていた。
しかし、現実はどうだ。
蜜柑は僕より強いし、沙織の援護が無ければ危うい時もある。
葉月には支えられるし、彼女は魔法少女限定であれば、四人の中で一番知識が豊富だ。
……僕は、あの中にいて良いのか?
一人になると、そんなことを考えてしまう。
考えても仕方が無いし、もしいたらダメだとしてもいるしかないのだが。
「……トップスリー……か……」
なんとなく、そう呟く。
葉月から聞いた、同じ学年内での僕達に付けられた異名。
……そんなもの、名ばかりの名声だ。
そもそも僕には、運動以外の長所なんて無い。
勉強はいつも赤点ギリギリ。家事なんて一切出来ないし、音楽や美術の成績も酷い。
だから、戦いでは僕が頑張らないといけないハズなんだ。
でも……上手くいかない。
「はぁッ!」
その時、前方から声がした。
顔を上げた時、赤い髪が揺れ、剣が鹿のような見た目の化け物の首を切り裂いた。
首から血を噴出させながら、鹿の体は大きく揺らぎ、地面に伏せた。
見た目は鹿に似ているが、ツノがかなり大きくて、足は筋肉質で屈強だ。
その鹿以外にも、三体の化け物が転がっている。
「ふぅ……」
息を吐き、フラム・シュヴァリエさんは剣を鞘に納める。
僕はそれに見惚れ、ポカンと口を開けた。
「……む? 明日香殿?」
呆けていると、フラムさんがこちらに気付いた。
それに僕はハッと我に返り、「フラムさん」と彼女の名前を呼ぶ。
「それ、今日の夕食ですか?」
「あぁ。魔物の肉は不味いが、贅沢は言えない」
「……魔物、とは?」
なんとなく興味があったので、僕は続けてそう聞いてみた。
すると、フラムさんは魔物の体を纏めて植物の蔦で縛る作業をしながら、説明してくれた。
魔物とは、森の動物が異様に魔力を摂取して突然変異した存在らしい。
敵とは違って、この世界の人々にも倒せる。
異様に魔力を摂取する状況というのがよく分からないが、フラムさん曰く、そういうスポットがあるらしい。
ちなみに、そういうスポットは大抵洞窟の奥とかにあり、その洞窟がそのまま魔物の巣窟になり、ダンジョンと呼ばれる迷宮になるんだって。
ただの洞窟だった場所が、その魔力が異様に出るスポットの影響で変異し、迷宮になってしまうのだとか。
「でも、魔物も強いんですよね? それをこの短時間で三体も倒せるなんて、凄いですね」
「……さぁな」
僕の言葉に、フラムさんは呟くような声でそう言った。
……彼女はきっと、凄く強い人だ。
そして、その強さに驕らないところも、凄いと思う。
「明日香殿の薪集めも、もう充分そうだな」
「あ、ハイ」
「なら、一緒に戻ろうか」
そう言って魔物を肩に担ぐフラムさん。
彼女の言葉に僕は頷き、両手に抱えていた木の枝を一度抱え直す。
歩きながら、僕は口を開いた。
「あの、フラムさん」
「うん? 何だ?」
「……どうやったら、強くなれますか?」
僕の言葉に、フラムさんは不思議そうな顔で僕を見た。
だから僕は木の枝を強く抱きしめ、続けた。
「僕は、強くなりたいんです。……フラムさんみたいに。そうしたら、三人を守れるんじゃないかって」
「……明日香殿は、あの三人を守りたいのか?」
フラムさんの言葉に、僕は頷いた。
すると彼女は少し間を置いて、前を見た。
「……別に、明日香殿が無理して守る必要は無いのでは?」
「えっ……でも……」
「四人共強いし、戦い方だって分かれる。得意不得意だってあるだろう。だから、明日香殿が守るのではなく、四人で支え合って戦えば良いじゃないか」
フラムさんの言葉に、僕は口を噤む。
……確かにそうだ。
でも、僕は……。
「……それに、私は強くなりたくてなったわけじゃない」
続いた言葉に、僕は顔を上げた。
フラムさんは前を見ていて、こちらからでは表情が伺えない。
彼女はさらに、続ける。
「私は独りだったから。自分が強くなるしかなかった」
「……」
「でも、明日香殿は違う。明日香殿には、仲間がいる。……四人で強くなれば良いだけの話だ」
「……ありがとうございます。少し、気持ちが楽になりました」
「それは良かった」
そんな話をしながら林を抜けてアルス車の元に戻る。
すると、そこでは蜜柑が葉月を抱きしめて耳を咥えていた。
あー……なんかもう日常風景。
「みか……やめ……」
「葉月ちゃん可愛い……」
否定気味な反応をする葉月に対し、蜜柑は微笑みながら葉月の耳を責める。
まぁ、この二人はスルーで良いだろう。
葉月が助けを求めるような目で見てくるけど、気にしない気にしない。
「明日香、お疲れ様です」
薪を下ろす場所を探していると、沙織がそう声を掛けてきた。
あれ? 普通に歩いてる?
葉月が蜜柑に全然抵抗出来てないから、まだ技の後遺症が残っているもんだと思っていたんだけど……。
「ありがとう、沙織。技の疲れはもう取れたの?」
「え? あぁ、えっと、トネールさんに回復魔法をかけてもらったんです」
「へー。それで治るものなんだ」
「トネールさん曰く、技は魔力を大量に消費するから、回復魔法で魔力の自動生成を活性化させると、治るみたいですよ」
そう言って軽く腕を振る沙織。
回復魔法の仕組みはよく分からないが、事実、技の疲れは本当に取れているみたいだ。
僕は先に蜜柑が持ち帰った薪がある場所を見つけたので、そこに拾って来た薪を置き、蜜柑と葉月の方を指さした。
「じゃあ、葉月は疲れてない状態であんな風に抵抗出来てないの?」
「……あぁ。葉月には回復魔法を掛けないように蜜柑に言われましたから。技の疲れが無ければ、もう少し抵抗出来ているのでは?」
「なるほど……」
葉月……なんかもう、ドンマイ。
そう心の中で同情していた時、沙織が服の裾を掴んで来た。
「沙織?」
「あの……なんで、フラムさんと一緒に戻ってきたのですか?」
「え?」
突然の質問に、つい、僕は呆けてしまった。
それから視線を向けると、そこでは、魔物を縛っている植物の蔦を剣で切っているフラムさんの姿があった。
「なんでって……たまたま会ったから、一緒に戻ってきたんだよ」
「……本当ですか?」
「他に何があるのさ」
そう言いながら笑って見せると、沙織は「いえ、少し気になっただけです」と言って嬉しそうに笑った。
まぁそれだけなら良いけど、なんか、今のヤキモチみたいだったな。
……って、流石にそれは無いか。
「……あら? これも見たことない道具ですね」
薪を組んでいたトネールさんが使おうとしていた道具を見て、沙織はそう言いながらトネールさんの隣にしゃがむ。
するとトネールさんは微笑みながら、その道具についての説明をした。
どうやらそれは、刻まれている魔法陣に魔力を流すと、特定の物に火をつけることが出来る物らしい。
ライターのようなものだ。
「見た目はただの石なのに……不思議ですね」
興味津々と言った様子でそう言いながら石を観察する沙織に、トネールさんはクスクスと笑う。
楽しそうに談笑している二人を見ていると、なんか、モヤッとした感じがした。
……今のは、一体、何なんだろう?




