第52話 二日目出発前
昨夜は中々寝付けなかった。
いや、だってさ、ルームメイトの一人が自分のことをそういう目で見てくるんだよ?
寝たら夜這いされるんじゃないかって思うと、正直かなり怖かった。
おかげで今朝は寝不足だ。
「昨日はよく眠れたか?」
一階のロビーに行くと、すでに待っていたフラムさんがそう聞いてきた。
彼女の隣では、トネールが微笑んでいる。
私は答えようとして口を開いたが、言葉より先に欠伸が出た。
「ふわぁ……」
「フフッ、目の下に隈があるよ?」
微笑みながら言うトネールに、私は目を擦りながら呻く。
「まぁ、ちょっとね。……それよりトネールは、昨夜はフラムさんとお楽しみでしたか?」
「お楽しみ……? あぁ、うん。フラム様から冒険者時代の話や騎士団に入団した頃の話をしてもらって、すごく楽しかった」
明るい笑顔で言うトネールに、私はガクッとずっこけた。
違う。そうじゃない。
こういうネタは確かに通用しなさそうではあるけど、そうじゃなくてだなぁ。
フラムさんとトネール。騎士と姫の禁断の恋をだなぁ。
どこぞの蜜柑のように互いの裸を見てしまい、欲情を抑えきれなくなった二人は、部屋に戻った瞬間ベッドで互いを求め合い……。
「いや、そういうのじゃなくて……」
「葉月ちゃん!」
勘違いを訂正して事実確認をしようとした瞬間、背後から名前を呼ばれた。
振り向こうとした時には、蜜柑が私に抱きついてきていた。
かなり助走したのだろう。強い衝撃が私を襲った。
「ぐはぁ!?」
「もう、先に行くならそう言ってよ。心配したじゃん」
そう言って頬を膨らませる蜜柑に、私は「ごめんごめん」と笑いながら謝る。
先にロビーに来たのは、単純に荷造りが早く終わったからだ。
断じて蜜柑に襲われる可能性を減らすためとかじゃない。
ないったらない。
「葉月ちゃんと一緒に行きたかったのに……」
そう言って頬を膨らませる蜜柑。
お前絶対隙あらば密着してくるだろ。今みたいに。
「ごめんって。私そういうの鈍いからさ」
「……まぁ、そういうところも好きだけど」
自分で言って若干顔を赤くしながら、さらに強く私を抱きしめる蜜柑。
んー……こういうのは普通に可愛いんだよねぇ。
ただ、恋人よりは観賞用動物ってイメージが強い。夜に押し倒されなければ。
昼間は可愛らしい小動物だけど、夜は狼ってか?
「あの……二人はいつからそういう関係に?」
その時、トネールが笑顔でそう聞いてくる。
口元は笑っているけど、目が笑っていない。怖い。
「そういう関係……いや、昨日蜜柑には告白されたけど付き合っては無いよ」
「……では、蜜柑様にはそういう感情があると?」
「……」
トネールに指摘され、蜜柑は顔を真っ赤にして私の腕に顔を埋めた。
照れても離さないんかい。むしろ今までよく隠せていたな……って、私が気づかなかっただけか。
オープンになった今、何をされるか分からない。
「……そうですか……」
蜜柑のその態度に、トネールは無表情でそう続けた。
何だろう。空気が鋭くなったような……。
助けを求めるようにフラムさんを見ると、彼女は現実逃避をするように遠くを見つめていた。
フラムさーん!
「遅れてゴメン」
その時、二階に行く階段の方から声がした。
振り向くとそこには、階段を下りてくる明日香と沙織がいた。
「明日香。沙織」
「ゴメン。準備に手間取っちゃって」
明日香がそう笑いながら階段を下り切る。
それから、続く沙織に振り向き、彼女の手を取った。
「ホラ、段差気を付けて」
「……」
明日香のエスコートに、沙織は特に目立ったリアクションをしなかった。
まるで当然のようにそのエスコートを受け入れ、階段を下りた。
んんっ? 沙織にとってはそのエスコートを受けることは当たり前になっているのか?
つまりそれだけ日常的にあすさおが行われているのか?
最高かよ。
「さて、それじゃあ、そろそろ出るぞ。すでにアルス車は来ているから」
フラムさんの言葉に、私は頷いて歩こうとした。
腰に抱きついている蜜柑がどうなるかと思ったが、彼女は案外すぐに私の腰から手を離した。
が、片手で鞄を持ち、もう片方で私の服の裾を掴んで来た。
うん?
「蜜柑?」
「葉月、ちゃん……その……良かったら、席、隣に座らない?」
「……」
顔を真っ赤にしながら言われた言葉に、私はしばし考える。
まず、蜜柑と隣に座って、何もされないか?
いやぁ、流石に私達以外に四人くらいいるし、それは無いか。
しかし、問題は……と、私はトネールを見た。
「……? 葉月。どうしたの?」
私の視線に気付いたのか、トネールは笑顔でそう言う。
それに私は頬を掻き、口を開いた。
「トネールってさ、一応、いつ体調が悪くなるか分からないじゃない? だから、来た時みたいに、私とフラムさんと挟むべきなんじゃないかなぁって」
「……? なんで?」
「やっぱりフラムさんがすぐに守れる位置にいるべきだし、他の魔法少女の隣だと負担になるかなぁって」
「……では、私と明日香が分かれて、トネールさんを端にすれば、負担にはならないのでは?」
沙織の言葉に、私は自分でも分かるくらいの大きな声で「ダメッ!」と叫んだ。
ダメだ。あすさおの崩壊は認めない。そしてフラトネも諦めたくない。
そうなると、やはり来た時のように私と蜜柑が分かれるのが一番得策……。
「……葉月ちゃん……」
私の考えていることが分かったのか、蜜柑は不安そうに私の服を強く掴む。
うぅ、なんか小動物を相手にしている気分。
この提案をしたら傷つけそう。
でもじゃあどうすれば良いんだ。
「……私も葉月の隣の席が良い」
悩んでいる時に、まさかのトネールの発言。
彼女の言葉に、蜜柑が目を大きく見開いた。
まさか、嘘でしょトネール。貴方まで私のこと好きとか言いませんよね?
やめてください。私はフラトネ推しなんです。はづトネは地雷だ。
まぁ、流石にそんなわけは無いだろうけど。
「……別に、隣にいなくても、私はどこにいても守ることは出来る。私とトネール殿のことは考慮しなくて良い」
フラムさんの言葉に、なんていうか、席順が一瞬で決まった気がした。
えー……まぁでも、フラムさんの言葉は、『どこにいてもトネール殿を守る』って意味にも捉えられなくも無い。
うん。そうしよう。
少しの不安を抱きつつも、少し変わった人間関係の中で、私達はソラーレ国に入国した。




