第49話 本気だよ?
「ほー……」
浴室に入った私は、つい大きく息をついた。
やはり宿屋の大浴場というだけあって、そこはかなりの広さがあった。
とはいえ、シャワーが魔法陣に変わっていたり、備え付けのシャンプーなどが少し変わっている程度で、基本的な構造は小学六年生の時の修学旅行で行った旅館とそこまで変わらない。
「シャンプーはこれですか?」
「いや、それはリンス」
声がした方を見ると、そこでは裸眼で景色が全く見えていない沙織と、彼女に付き添ってまるで介護のように色々教えている明日香がいた。
なんていうか、抱き合って頭ナデナデというイチャイチャを見せられたからか、そこまで興奮しない……と思ったけど、やっぱこの二人組大好き。
私は心の中で拝みながら、一番端っこの席に向かった。
「は、葉月ちゃん……隣、良い?」
一番隅の席でシャンプーを手で掬っていた時、蜜柑がそう声を掛けてきた。
なんでわざわざ、と思ったけど、あの二人はすでに二人の世界に入っちゃってるし、流石に誰かと一緒にいないと不安なのかもしれない。
女子ってよくトイレとかも一緒に行くからねー。一人じゃ不安なのだろう。
「良いよ」
「えへへ、ありがとう」
私の応答に、蜜柑は嬉しそうに笑って椅子に座る。
それを横目に、私はシャンプーを泡立てる。
しばらく泡立ててから、それを頭に押し当てた。
「……あの……さ……」
「うん?」
「……今日、沙織ちゃんと……何の話をしていたの?」
沙織と何の話をしていたか、か……。
そう言われて思い出すのは、魔法少女の代償について。
……正直、あの話はあまりしない方が良い気がする。
というか、話したくない。
彼女を不安にさせたくないし、私自身、あまりそのことに関しては考えたくないから。
「……ちょっと、魔法少女の今後について語っていただけだよ」
「本当?」
「うん。あー、あとは沙織が興味あるから、魔法少女アニメについて語った」
そのせいで今ほとんど口聞いてもらえないけどな!
でも、まさか首を食いちぎるシーンでギブアップされるとは思わなかった。
まだ序の口の範疇だったのに……。
「……本当にそれだけ?」
蜜柑は、なぜか執拗に確認を取って来る。
私がそれに頷くと、途端に安心した様子で、脱力した。
「良かったぁ……」
「……?」
一体何が良かったんだ?
そんな風に考えつつ、私はワシャワシャと髪を洗う。
しばらく洗っていたところで、私はとあることを思い出し、蜜柑に視線を向ける。
「じゃあ、私からも聞きたいことがあるんだけど、良い?」
「え? うん」
「……私がボーッとしてる間の晩ご飯って、どんな感じだった?」
私の質問に、蜜柑の髪を洗う手が止まる。
徐々にその顔は赤く染まり、小さく震え始める。
「蜜柑?」
「言わないと……ダメ……?」
「……まぁ、知りたい」
私の言葉に、蜜柑は潤んだ目で私を見上げてくる。
その顔は熟れたリンゴのように真っ赤だ。
「あのね……その……葉月ちゃんがボーッとしていたから、その……最初は、食べ零しとか口に付いたソースを拭いたりしてあげていたの……」
「……ほう」
「そしたら沙織ちゃんが、もう蜜柑が食べさせれば良いんじゃないかとか言うから……その……アーン、とか……しちゃって……」
「……」
「流石に葉月ちゃんも断るんじゃないかと思ったんだけど、その……凄く無抵抗で……」
蜜柑の言葉に、私は徐々に恥ずかしさと罪悪感が湧き上がって来る。
恥ずかしさを誤魔化すように、私は、自分の髪を洗う力を強くする。
「そ、そっか……ありがとう。おかげでお腹いっぱいだよ」
「う、うん……」
恐らく、今私の顔は、蜜柑と同じくらい赤くなっていることだろう。
気恥ずかしさを誤魔化すように、私はシャワーでシャンプーを流す。
魔法陣でのシャワーも、もう大分慣れた。
いつものようにシャンプーを流し、リンスも終える。
「ひぁあ!?」
ボディソープで体を洗っていた時、沙織の叫びがした。
まさか敵襲!? と視線を向けると、そこでは、明日香が沙織の背中を洗おうとしているのが見えた。
「沙織、そんな変な声出さないで」
「だ、だってくすぐったかったから……」
「はぁ……大丈夫だから。変なことしないから」
明日香の言葉に、沙織は無言で口を噤んだ。
それに明日香は小さく笑い、沙織の背中に手を這わせた。
ボディソープを纏った指が、彼女の白い肌を這う。
沙織は、明日香の指が自分の体をなぞる度に、くすぐったそうに僅かに体をビクつかせる。
「……」
最早何も言うことは無い。
私は心の中で合掌し、深々と頭を下げる。
もう思い残したことは無い。
「は……葉月、ちゃん……」
この世の全ての百合に感謝していた時、蜜柑がオズオズと声を掛けていた。
しまった。いつも間にか自分の世界に没頭してしまっていた。
私はあくまで平静を保ちながら「何?」と聞いてみる。
「あの、その……良かったら、私達も……背中の流し合い……しない?」
……通報されそう。
真っ先に思った言葉はそれだった。
いや、一応同い年ですけども! その……見た目的な問題がね?
「……良いけど?」
一応断る理由は無いので、承諾する。
すると蜜柑はパァッと明るい笑みを浮かべた。
背中の流し合いってそんな楽しいっけなぁ。
若菜とよくやっていたからよく分からない。
「じゃあ私から洗うね」
「うい」
蜜柑の言葉に、私は蜜柑に背を向ける。
すると蜜柑はボディソープを掬い、私の背中に向き直る。
「じゃあ洗うね」
「んー」
そう返事をした時、背中に小さな手が当てられるのが分かった。
あー……確かに、慣れてない沙織からしたら、こういうのはくすぐったいかもしれない。
小さな手は私の背中を這い、汚れを落としてくれる。
「……くすぐったくない?」
「ん? 大丈夫」
「……そう……」
蜜柑はそう言いながら、私の背中を洗う。
ていうか、体を洗うタオルとか無いのかなぁ。
流石に手で背中洗い合うって、やっぱダメだと思うんだよねぇ。
「葉月ちゃんはさ」
「うん?」
「……私に何かされるとか、思わないの?」
「何かって?」
「例えば……エッチなこと、とか……」
そう言いながら、蜜柑は私の横腹をなぞった。
突然のことに私は驚き、少し体を震わせる。
「み、蜜柑……?」
「背中だけじゃなくて……前も、洗っちゃったりして……」
そう言いながら、蜜柑は私の横腹をなぞり、私の体の前に両手を持って来る。
体が密着し、蜜柑の胸が背中に当たる。
彼女の体温が直接伝わって来て、緊張してしまう。
頭に響いて来る心臓の音が、自分の物なのか、彼女の物なのか分からない。
「み……かん……?」
「葉月ちゃん……」
耳元で名前を呼ばれ、それが凄くくすぐったくて、私は言葉を続けられない。
そんな私を見て、蜜柑はクスッと笑った。
笑った吐息ですら私の耳をくすぐり、ゾワゾワした変な感覚が私の体を襲った。
「耳、弱いの?」
「みか……やめぇ!」
混乱した私は、後ろに思い切り頭を振り、後頭部で蜜柑に頭突きをした。
一瞬腰に回された腕の力が緩むのを確認し、私は抜け出す。
湿った床を強く蹴り、私はとにかく蜜柑から距離を取ることを優先する。
数歩駆けたところで私は足を滑らせ、転んでしまう。
「ハァ……ハァ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、私は体を捻って蜜柑を見る。
彼女は自分の額を押さえ、俯いていた。
しまった……。
「蜜柑……大丈夫? 怪我とか……」
私は立ちあがり、蜜柑に声を掛けながら近づく。
しかし蜜柑は額を押さえ俯いたまま、何も言わない。
「ご、めん……私も少し、やり過ぎた……でも、流石にあれは、冗談にしてはやり過ぎたというか……」
「……冗談……?」
蜜柑が呟いた言葉に、私は口を噤む。
すると彼女は額を押さえたまま、私の顔を見上げてくる。
その目は凄く真剣で、私はついたじろいだ。
「本気だよ?」
「……へっ?」
突然放たれた一言に、私は聞き返す。
すると蜜柑は立ち上がり、私に顔を近づけた。
「わ……!?」
驚いている間に蜜柑は私の肩を掴み、さらに顔を近づけてくる。
そして……頬に唇を当てられた。
「ぅぇ……?」
情けない声を発しながら、私はその場にへたり込む。
すると蜜柑は顔を真っ赤にして、魔法陣からシャワーを出して体に付いたボディソープを流す。
未だに先ほど起こったことが理解できず、私はキスされた頬を押さえてその様子を眺めた。
彼女はボディソープを流し終えると、シャワーを止め、バスタオルを手に取った。
「その、あの……先上がるから!」
そう言って、脱衣所の方に走っていく蜜柑。
彼女の後ろ姿を見つめながら、私はため息をついた。
「本気って……何なんだよ……」
一人、小さく呟いた。
普段脳内で魔法少女達を呼ぶ時は基本的に名前にちゃん付けなのですが、この話を書いてから山吹さんをちゃん付けで呼ぶことが出来なくなりました。




