第47話 二人きりで話を 後編
<蜜柑視点>
葉月ちゃんは、今頃沙織ちゃんと何の話をしているのだろう……。
気が付くと、そんなことを考えてしまう。
ソワソワと落ち着かなくなり、部屋の扉をチラチラと確認してしまう。
外で足音がする度に、あの二人なのではと、少し期待をしてしまう。
「……蜜柑どうしたの? 葉月のおのぼりさんが移った?」
その時、明日香ちゃんにそんな風に声を掛けられた。
私はそれにビクッと自分でも分かるくらい大きく肩を震わせ、明日香ちゃんを見た。
彼女はベッドに腰かけ、引きつったような笑みを浮かべて私を見ていた。
「えーっと……その……」
「あははっ、心配しなくても、沙織は葉月のことはそういう目で見てないよ。むしろ二人のことは応援してる」
「……へっ?」
明日香ちゃんが続けた言葉に、私は素っ頓狂な声でそう聞き返した。
そんな私の反応に、明日香ちゃんは「うん?」と言って首を傾げた。
「あれ、もしかしてバレてないつもりだった?」
「えっ? えっ?」
「蜜柑が思っているよりも結構バレバレだよ? ……当の本人には気付かれていないみたいだけど」
その言葉に、私の顔は一気に熱くなる。
恥ずかしくなって、私は枕を手に取り、それに顔を埋めた。
女の子を好きになるなんて変だから、周りには隠しておくつもりだった。
しかし、まさか知られているなんて気付かなかった。
「……いつ気付いたの?」
「僕は朝ご飯に二人が手を繋いで来た時。沙織は、初日でずっと葉月の隣を死守している辺りから察してはいたみたい」
割とこの世界に来たばかりの頃から知られていたなんて……。
そう考えると、同じクラスの人にも知られていたのだろうか。
突然湧いた可能性に、私の顔がカァッと熱くなった。
「……まぁ、葉月に一切知られてないんだけどね」
明日香ちゃんが目を逸らしながら呟いた言葉に、私は一気に悲しくなる。
「……一応ね、仲良くなった時に自分のこと好きなのかって聞かれたの」
「え、マジで!?」
「……でも違うって言っちゃった……」
「何やってんの……」
私の言葉に、明日香ちゃんは呆れたような言い方でそう言った。
それに私は惨めな気持ちになり、さらに強く枕に顔を埋めた。
しかし、徐々にあの時の状況が脳裏に浮かび、私は顔を上げた。
「だって、急に聞かれたんだもん!」
「急に?」
「大体葉月ちゃんは卑怯なんだよ! 頑張って告白しようとしたら遮って友達になろうとか言うし、それで私も友達ってことで納得しようとしたら、急に自分のこと好きなのかとか聞いてくるし……」
「それで混乱して違うって言っちゃった?」
「うん」
「んー……蜜柑は好きになる相手が悪かったね」
苦笑いを浮かべながら言う明日香ちゃんの言葉に、私は無言で枕を強く抱きしめた。
葉月ちゃんは卑怯だし鈍感だし……でも、優しくて、カッコよくて……。
自分が好きになった人の難易度も、そもそも同性愛という物が世の中で認知されていないことも理解している。
「でも……好きなんだ」
「……だろうね」
私の言葉に、明日香ちゃんはそう言って笑った。
彼女の言葉に私は抱きしめている枕に顎を乗せ、彼女を見た。
「……ところで、明日香ちゃんには好きな人とかいないの?」
「え、僕!?」
「うん。……私にばっかり恋バナさせるのは卑怯だよ?」
私の言葉に、明日香ちゃんは「んー……」と言って視線を逸らす。
逃げさせはしない。お菓子作りで鍛えた腕力を舐めるな。
ベッドの上で膝立ちになり枕を振り上げると、明日香ちゃんは「分かった! 分かったから!」と言って両手を挙げた。
よし。
「それで? 明日香ちゃんの好きな人は?」
「……と、言われても……僕好きな人いないんだよね」
明日香ちゃんの言葉に、私は彼女の目を見た。
沙織ちゃんが今日葉月ちゃんに、嘘をついている人は右上を見ると言っていた。
だから視線の方向を確認するが、明日香ちゃんは真っ直ぐ私を見ていた。
うーん……でも、意識して真っ直ぐ見てるって可能性もあるよなぁ……。
「……それは本当?」
「本当だよ。なんで嘘つかないといけないのさ」
「……」
「そんな疑いの眼差しを向けないで」
ジッと目を細めて見つめてみると、明日香ちゃんは苦笑いでそう言った。
それから頬をポリポリと掻く。
「僕ってホラ、女子らしくないし。恋愛なんて柄じゃないというか」
「じゃあ女の子を好きになれば良いのに」
「仲間を増やそうとしない」
明日香ちゃんの言葉に、私はつい笑った。
すると彼女はため息をつき、髪の毛先を弄った。
「別に同性愛を差別する気持ちは無いけどね。でも、そういうのは早いというか……」
「……そうなんだ?」
「ん……でも、恋かぁ……いずれはしてみたいね」
遠くを見つめながら言う明日香ちゃんに、私は笑った。
その時、部屋の扉が開いた。
「沙織ホントごめんって。まさかそこまでグロ耐性が低いなんて知らなくて」
「あーもう葉月の話は聞きたくないです!」
ひたすら謝る葉月ちゃんと、明らかに怒った様子で耳を塞ぐ沙織ちゃん。
……葉月ちゃん何やったの……。
「えっと、葉月何したの」
「いや、沙織が、私が見たことある魔法少女アニメの話が聞きたいって言うから話したら怒られた」
「女子中学生の首が化け物に食いちぎられる話をしろとは言っていませんよね!?」
「あのシーンを語らずにあのアニメの話をするなんて不可能だ!」
物凄く自業自得だった。
それに、確かに、沙織ちゃんはあまりそういうアニメとか漫画とか見なさそうだし、そういう話は刺激が強いだろう。
葉月ちゃん。鈍感なのは知っていたけど、結構容赦無いね。
「葉月はしょうがないなぁ。ホラ、沙織おいで」
「え、何を……」
沙織ちゃんは不思議そうにそう聞きながら、明日香ちゃんのベッドに近付いた。
すると明日香ちゃんはその手を素早く取り、強引に引っ張った。
「きゃ!?」
当然の如く沙織ちゃんは転び、明日香ちゃんに抱き止められる。
すると明日香ちゃんはそのままその体を抱きしめ、頭を撫でた。
「……!?」
「よしよし、怖かったねー」
「ちょ、明日香!?」
笑いながら沙織ちゃんの頭を撫でる明日香ちゃん。
沙織ちゃんは顔を真っ赤にして、抗議をする。
しかし、腕はあまり拒絶をしていない辺り、満更では無いのかもしれない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」
二人の様子を観察していた時、葉月ちゃんが突然ベッドにダイブし、枕に顔を埋めて叫んだ。
顔を埋めているにも関わらず、今まで聞いた彼女の声で、加藤さんの名前を呼んでいた時の次くらいに大きな声だったと思う。
「は、葉月ちゃん!?」
「ごめん……ちょっとソッとしておいて……公式が最大手過ぎて……」
最後の方は何を言っているのかよく分からなかったが、とりあえずソッとしておいた方が良さそうだ。
私は目を背け、明日香ちゃんと沙織ちゃんに視線を向ける。
『でも、恋かぁ……いずれはしてみたいね』
なぜかは分からないが、先ほどの明日香ちゃんの言葉が浮かぶ。
目の前では、嫌がる沙織ちゃんを強引に抱き寄せて頭をナデナデしようとしている明日香ちゃんがいた。
「……もうしてるんじゃないかなぁ……」
誰にも聴こえない程度の声で、そう呟いた。
次回、お風呂回です




