第45話 二人きりで話を 前編
「ひろーい!」
フラムさんに貰った鍵に書いてあった番号の部屋に行くと、明日香がそう歓声をあげた。
しかし、やはり技の疲れからか走ったりすることは出来ない様子だが。
部屋はベッドが左右の壁際にそれぞれ二つずつあった。
それから化粧台と、入った所にお手洗い……アレ?
「ねぇ、お風呂は?」
私がついそう呟くと、蜜柑が少し間を置いた後で「あぁ」と呟いた。
「一階に、よくある銭湯の扉みたいなのがあったから、多分大浴場じゃないかな」
「へぇー大浴場かぁ。後で皆で入ろうよ!」
明日香が明るい声で言った言葉に、私達は頷いた。
彼女の横で、持っていた鞄二つを下ろした沙織は、自分の鞄からノートを取り出した。
あれは確か……来る時に書いていた。
「葉月。少し二人で話がしたいので、よろしいですか?」
「……? 良いよ」
私の言葉に、沙織は微笑む。
そんな会話が聴こえたのか、蜜柑がこっちを見た。
「葉月ちゃんと沙織ちゃん、どこか行くの?」
「えぇ。少し、話したいことがあるので。……出来れば二人きりで」
「……そうなんだ」
蜜柑はそう呟いて微笑む。
二人きり、という単語を強調されたからか、付いて行こうとはしなかった。
明日香も私達の会話が聴こえたのだろう。
少し間を置いた後で、ベッドから枕を取った。
「じゃあ蜜柑! 僕達は待ってる間、枕投げでも……」
「明日香はまだ技の疲れが取れていないでしょう? 安静にしなさい」
「……ハイ」
沙織の言葉に、明日香は大人しく引き下がる。
枕投げかー。修学旅行とかでは割とあるあるネタだよね。
小学六年生での修学旅行では……あ、人見知りの激しい若菜と部屋の隅でトランプしてたから枕投げしてないや。
過去の記憶を掘り起こしていると、腕を引かれた。
「葉月はこっちに」
「あ、うん」
沙織に先導され、私達は部屋を出る。
私達が泊まる部屋は二階にある。
階段を下りて一階に行くと、私達は食堂に入った。
中は全体的に落ち着いた雰囲気で、照明のようなもので照らされている。
あれも魔法陣を彫ったインテリアのようなものなのだろうか。
この時間は夕食時でも無いし、客は疎らだ。
とはいえ、やはり全体的に大人の客ばかりで、中学生の私達はかなり浮いている。
ひとまず隅の方の席に移動し、私達は腰を下ろした。
「さて……では早速本題に……」
「あ、待って」
私がつい制止すると、沙織は「はい?」と聞き返してきた。
だから私は近くのメニューを取り、沙織に見える形で開いた。
「流石に何も頼まずにここで話すのはいけないでしょ」
「……そういうもの、なのですか?」
「そういうものだと思います」
私の言葉に、沙織の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
あー、彼女の場合はそういう常識とかが欠けている部分があるからなぁ。
彼女の表情に私は苦笑し、メニューを見る。
「晩ご飯も食べないといけないし、適当な飲み物でも飲もうか。……あっ、でもよく考えたら、この世界でのお金持ってないっけ……」
「……あぁ。それでしたら、フラムさんが、この世界で何か買い物をする時はこのアリマンビジュを見せろと言っていました。それから、後で自分に報告するようにと。そうすれば、後で自分が払っておくと」
「なるほど……ビックリしたぁ。てっきり、アリマンビジュを見せたら全部無料になるのかと一瞬思っちゃった」
私が笑いながら言うと、沙織は目を伏せて何も言わなかった。
途端に何か微妙な空気になり、私はメニューに視線を落とす。
しかし、改めて見ると、この世界の料理名だとかそう言うのは一切知らない。
ドリンクというのが飲み物というのは分かるのだが、その下に書かれているメニューは一切分からない。
沙織も同じことを考えたのだろう。しばらくジッと飲み物を見つめていたが、やがて、私の顔を見て首を横に振った。
「サッパリですね」
「あはは……適当に頼んで不味いものだったら嫌だよね」
「……お金の単位自体は、あまり差異はありませんし、店員の方に適当に見繕ってもらいましょうか」
「そうだね」
私の言葉に、沙織は店員を呼ぼうと顔を上げた。
しかし、現在近くにそういう人はおらず、呼ぶにはかなり大声を出さなければならない。
「すみませーん!」
怖気づくのではないかと少し焦ったが、普通に呼んだ。
ここは、流石生徒会長。風格が違う。
「ハイ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「えぇっと……アルコールの入っていない、このお店で一番美味しい飲み物を二つください」
すげぇ注文だな、オイ。
「了解しました」
そして普通に通っちゃったよ。
店員さんが厨房に入っていくのを見ながら、私は小声で尋ねた。
「普通にこういう注文できるんだね」
「えぇ……まさか本当に注文出来るとは思いませんでした」
どうやら沙織も賭けだったらしい。
もし出来なかったらどうするつもりだったのだろうか……いや、何か考えがあるのだろうか。
「……ところで、ここに呼んだ理由ですが……」
その時、沙織がそう言って来た。
私は表情を引き締め、沙織を見る。
彼女は、一度辺りを見渡すと、持って来たノートを差し出してきた。
「これを……」
「……ん?」
差し出されたノートを受け取ると、沙織は目で開くように訴えてくる。
だから私は自分の手元まで引き寄せ、ゆっくりとページを開いた。




