第44話 オリゾンの町と宿屋
動けなくなった明日香は、横に寝かせて休ませなければならない。
床に寝かせるというわけにもいかないし、そうなると必然的に椅子の上で寝かせることになる。
しかし当然他の魔法少女も休まないといけないし、フラムさんはともかく、トネールを立たせるのは健康面を考えると得策ではない。
そうなると、どういう風に寝かせることになるのか。
「沙織。私の顔は机じゃないよ?」
「今まで机にしていたものの上に貴方がいるから仕方がないです」
そう。膝枕である。
現在、私達の向かい側の席では、沙織が明日香に膝枕をしていた。
やはり照れたりとかの百合反応はあまり無いし、沙織は相変わらずノートに何かを書いており、明日香の顔を机代わりにし始めているが。
しかし、膝枕であることに変わりはない。尊い。
ちなみにもう片方の席では、私が真ん中になる形で、蜜柑とトネールが座っている。
フラムさんには悪いが、立ってもらっている。
そして、フラムさんがすぐにトネールの介護を出来るように、彼女はフラムさんが立っている方に寄ってもらい、私が真ん中に行った。その隣に蜜柑だ。
いやぁ……やっぱり百合って良いですねぇ。
私は腕を組みながら、沙織と明日香を見る。
ボーイッシュな明日香と清楚系美少女の沙織は、やはりパッと見絵になる。
ピンク(赤?)と青っていう色合いも、カップリングでは割と王道行ってると思う。
後は……と、私はフラムさんとトネールに視線を向けてみる。
この二人もアリだと思うんだよねぇ。
騎士と姫ってポジションがかなり良い。
しかし、なんていうか、この二人が話しているところはあまり見ない。
トネールはこの中だとやはり私とばかり話しているし、フラムさんは基本無口だからあまり喋らない。
もう少し絡みがあっても良いと思うのだけれど。
「……てかさぁ、沙織はずっと何を真剣に書いているの?」
その時、明日香がそう口を開いた。
確かに、ずっとスルーしていたが、それは気になる。
沙織は明日香の言葉に、なぜかフラムさんを見た。
「……いえ、何でも無いです」
そう言うと静かにノートを閉じた。
彼女の言葉に何か裏があるように感じ、私は不審に思う。
しかしそれ以上言及するなと言う態度で沙織はノートと鉛筆を脇に置き、明日香に視線を落とす。
「ところで、明日香はどうですか? 体、まだ動きますか?」
「ん? あー……うん。もうそろそろ大分楽になったかも」
そう言って腕を顔の高さまで上げ、グーパーと手を閉じたり開いたりする。
彼女のその素振りに、沙織は「それなら良かったです」と言って小さく微笑んだ。
……大分動くならどけとか言わない辺り、まんざらでもないのかい?
「……ん? そろそろか……」
突然、扉に凭れ掛かっていたフラムさんがそう呟いた。
そろそろ……?
不思議に思っていた時、突然アルス車が停止した。
「え?」
「着いたな」
フラムさんの言葉に、私は首を傾げる。
少しすると、アルス車がまたもや動き出した。
数メートルほど走ると、アルス車の窓から見える景色が、森から建物に変わった。
あぁ、なるほど。着いたというのは、町に着いたという意味だったのか。
「ここはドゥンケルハルト王国とソラーレ国との国境線沿いに存在する、オリゾンという町です」
「ここが国を渡るための関所のような役割をしている。国を渡る者はここで色々と受付を行ったりする。アルスの体力のこともあるし、今日はここで一晩泊まるぞ」
フラムさんの言葉に、私達は了承する。
しかし、もう国境線まで着いたのか……速くない?
トネールに聞いたところ、ドゥンケルハルト王国の中で、私達がいた首都ドゥンケルハルトは王国内で中心辺りにあるらしい。
そこから舗装された道を使ってずっと来たのと、アルスの走力で、国境線沿いのこの町まで一日で着いたのだ。
アルスってすごいんだな。あんな可愛い見た目して。
このオリゾンという町には、巨大な関所がある。
そこで国を渡る人の受付を行ったりするのだが、旅行客ならまだしも、私達は神を守る魔法少女や王族がいる状態だ。
当然色々なやり取りは複雑化するし、アルスだって休ませなければならない。
というわけで、このオリゾンにある宿屋の一つで休むことになる。
等々の説明を受けていると、宿屋に着いたらしい。
荷物を持って下りると、それは、結構大きな宿屋だった。
「大きい……」
私の隣で宿屋を見上げていた蜜柑がそう呟いた。
……なんか使えそうだな。さっきの言葉。
そんな風に考えながら、宿泊の荷物が入った鞄を持って、私達は中に入る。
一階は受付のカウンターとロビー。それから、右手に食堂。左手にお手洗いと……風呂、かな?
観察していると、後頭部をガシッと掴まれた。
「んなッ!?」
慌てて振り返ると、そこにはケラケラと笑っている明日香がいた。
歩けるくらいには回復した様子だが、荷物を持つのは無理そうで、隣で明日香の分も鞄を持っている沙織が目に入った。
んんっ? 夫婦かな?
「葉月、傍から見たらおのぼりさんみたいですよ」
沙織にそう諭され、私は掴まれた後頭部を押さえながら大人しくする。
しかし、その時視界に銀色の毛が広がる。
「んぐぁ!?」
「キュイー!」
「ギン!」
トネールの声がするのを聴きながら、私は顔面に貼り付いたギンを離した。
するとギンは私を見て「キュイ!」と可愛らしく鳴いた。
可愛いけど突然人の顔面に飛びついて来るというのはどうかと思う。
ひとまずギンを肩に乗せると、こちらに小走りで来るトネールが見えた。
「葉月ごめんね。多分、ギンの行動範囲を越えちゃったみたいで」
「あぁ、大丈夫だよ」
私がそう答えた時、トネールが何かに躓いた。
「ひゃ……!?」
「危ない!」
咄嗟に私は鞄を投げ捨て、トネールを庇う。
とはいえ、身構える余裕など無かったから、結局私はその力を逃がすように後ろに倒れ、尻餅をつく。
しかし、トネールが転ぶことにはならず、私に抱きつく形でなんとかなった。
「ふぅ……大丈夫?」
「う、うん……大丈夫」
私が声を掛けると、トネールは恥ずかしさから顔を赤らめて頷いた。
冷静になると、トネールの顔がかなり間近にある。
その事実に私はつい緊張してしまい、心臓がドキッと大きな音を立てた。
「そ、それなら良かった……」
「……ん……」
私の言葉に、トネールは小さく頷く。
すぐに私は立ちあがり、トネールを立たせた。
「取り込み中のところ悪いが……」
その時、声を掛けられた。
振り向くとそこには、困惑したような表情でこちらを見ているフラムさんがいた。
彼女は私達の顔を一人ずつ見て、全員揃っていることを確認する。
それから、鍵を二つ取り出す。
「この宿の迷惑にならないように、部屋は二つ借りた。私とトネール殿で二人部屋を一室。そして……魔法少女の皆で、四人部屋を一室だ」
「ありがとうございます」
代表して沙織がそう答え、フラムさんから鍵を受け取る。
それを尻目に、私はトネールに視線を向ける。
つまりトネールとは別の部屋になるのか……。
当たり前のことだが、なぜかそれが、少し残念だなって感じた。




