第38話 林原葉月⑤
本日二本目投稿。
光が止むと、そこは、城門の前だった。
手を繋いだままだったトネールは、一緒に転移されてしまい、目の前にいる。
「キュイ!」
そして、なぜか召喚獣の銀色のドラゴンも一緒に転移された。
なぜだ……と呆れていた時、背後に殺気を感じた。
「葉月ちゃん……その子は誰……?」
恐る恐る振り向くと、そこには、こちらを笑顔で見ている蜜柑がいた。
笑顔だけど怖いよ! なんか影があるよ!
謎の殺気に負けた私は慌ててトネールの手を離し、立ち上がる。
「えっと、彼女はトネールさん。この国の第二王女……だっけ?」
「あ、ハイ。私はこのドゥンケルハルト王国の第二王女。トネール・ビアン・ドゥンケルハルトです。どうか、お見知りおきを」
そう言って上品にお辞儀をするトネールに、蜜柑はたじろぐ。
……あるぇ? 私の時より普通じゃないっすか。
私の時は初対面の時に滅茶苦茶慌てていたというのに。
……もしかして、私って怖い?
「ねぇ、明日香」
「ん? どしたの?」
「私って怖い?」
「え?」
「急にどうしたのですか?」
私の疑問に、明日香はキョトンとした表情を浮かべ、近くにいた沙織は首を傾げながら訪ねた。
だから小声で手短にトネールとの出来事について語ると、明日香は「んー」と言って腕を組む。
「別に怖くはないと思うけどなぁ。葉月を見て怖いって思ったことは無いし」
「右に同じです。だから、あまり深く悩む必要は無いと思いますよ」
「……だと良いけど」
二人の言葉に、私はそう返す。
すると、召喚獣のドラゴンが慰めるように私の肩に乗り、頬をスリスリしてくる。
なんか悲しくなってくるから、やめて……。
虚しくなってきた時、沙織は「それより」と言ってトネールを見た。
「なぜ、その彼女がこの場にいるのですか? あと、その生物は?」
「あ、えっと……」
トネールとドラゴンについて説明しようとした時、森からガサガサと音がした。
少しして、巨大虎がノッソリと森から出てくるのが見えた。
あれは、この世界に来た時の……!
「葉月はトネールさんと一緒に後ろに!」
沙織の指示に、私はすぐにトネールの手を取り、後ろに下がる。
その間に三人は変身し、それぞれ武器を持つ。
巨大虎は、この世界に来たばかりの時に一度戦っている。
あの時はこの世界に来たばかりで、精神的に切羽詰まっていた。
しかし、それでも明日香と沙織の二人で、巨大虎相手に善戦出来ていた。
今は三人共戦いには大分慣れてきた。
正直……負ける戦いではないハズだ。
「今回の敵は、一度戦ったから楽勝だね!」
「油断大敵です。ひとまず、明日香と蜜柑で攻撃を。援護は私が」
「了解!」
「わ、分かった!」
沙織の指示に従い、二人は早速巨大虎に攻撃を仕掛ける。
その様子を眺めていた時、トネールが私の手を握った。
……不安、なのかな……。
彼女の不安を和らげるように、私は彼女の手を握り返す。
「大丈夫だよ。あの三人、滅茶苦茶強いから」
「……」
私の言葉に、彼女は答えない。
ただ握っていただけの手を一度離し、私の腕を静かに抱きしめた。
まるで、私をどこにも行かせないようにするかのように。
服越しに、彼女の心臓の音が伝わってくる。
……やっぱり、怖いよね。
私はもう見慣れているけれど、あんなデカい化け物、最初は私だって怖かった。
病気がちでずっと城にいたトネールからすれば、恐怖以外の何者でもない。
「大丈夫……大丈夫……」
私は安心させるように、空いている手で彼女の頭を撫でた。
すると、トネールは静かに目を伏せ、さらに強く私の腕を抱きしめた。
「でりゃあ!」
その時、可愛らしい掛け声がした。
見るとそこでは、蜜柑が巨大虎に向かって大槌を振り下ろしていた。
巨大虎はそれを躱し、前足を蜜柑に向かって振るう。
「はぁッ!」
しかし、明日香が間に入り巨大虎の前足を蹴る。
巨大虎は横から前足を弾かれ、不快さを露わにしながら明日香を睨む。
そこで、蜜柑が巨大虎に大槌を再度振り上げるが、巨大虎はそれを察知して、後ろに素早く跳ぶ。
素早さは巨大猿ほどでは無いし、攻撃を警戒している辺り、巨大牛ほどの防御力は無いだろう。
これなら、前線の二人だけでも、充分勝機はある。
そう思っていた時、殺気を感じた。
背筋に寒気が走り、冷や汗が頬を伝う。
「葉月! 屈んで!」
沙織の指示に、私はすぐにトネールを押し倒してその場に伏せる。
次の瞬間、何かが高速で私達の頭上を通り過ぎ、沙織に攻撃を仕掛ける。
顔を上げると、そこには、不思議な生物がいた。
顔は明らかにウサギなんだけど、体は屈強なカンガルーだ。
その体は白いフワフワした毛で覆われており、尻尾は小さくて丸いフワフワしたものだ。
「ピョーン!」
高らかに謎生物はそう叫び、沙織に蹴りを放つ。
……って、鳴き声ピョーン!?
まさかの鳴き声に、私は口を大きく開けて固まる。
しかし、間の抜けた鳴き声とは逆に、状況は最悪だ。
沙織が背後から不意打ちを受けたことにより、彼女と巨大ウサギの距離はかなり近い。
彼女の武器である弓は、遠距離攻撃を目的に作られたもの。
あんな近距離では、弓の本領が発揮できない。
「沙織!」
沙織の不利を感知したのか、明日香は沙織の加勢に行こうとする。
しかし、一瞬背後を見せた隙を巨大虎は見逃さない。
小回りの利かない蜜柑を振り切り、その背中に前足を振り上げる。
「明日香! 危ない!」
私が叫ぶと、明日香はハッとした表情で体を捻り、巨大虎に体を向けようとする。
しかし、その振り向く動作に出来るタイムロスの間に、巨大虎は前足を振り下ろした。
明日香は前足で殴られ、数メートルほど飛んで地面を跳ねる。
「明日香ちゃん!」
蜜柑が慌てて明日香に駆け寄ろうとするが、巨大虎がそれを阻む。
前足を蜜柑に向かって振るい、彼女を後退させる。
「僕は大丈夫!」
明日香はそう言ってすぐに立ち上がり、蜜柑を助けに行こうとする。
しかし、巨大ウサギと応戦している沙織に視線を向け、どちらの援護に行こうか戸惑った様子を見せる。
分かりやすいくらい、不利な現状。
「……明日香ッ!」
私は、明日香の名前を叫んだ。
すると明日香はハッとした表情で私を見る。
私はトネールの手を振り解き、立ち上がる。
「明日香は、蜜柑の援護に行って!」
「え、でも、沙織は……」
私の言葉に明日香はそこまで言って、ハッとした表情をする。
それに私は頷き、ポケットから針が入った箱を取り出し、顔の高さまで持ち上げる。
「沙織は……私が助ける!」
「ダメ!」
宣言した瞬間、腰辺りを誰かに抱きしめられた。
見ると、それはトネールだった。
彼女は必死な表情で私の腰の辺りを強く抱きしめていた。
そして、涙で滲んだ目で私を見上げている。
「ダメ……お願い。行かないで……」
「……ごめん。そういうわけにはいかないよ」
私はそう答えながら、肩に乗っているドラゴンを優しく掴んで、トネールの頭に置く。
するとドラゴンは「キュイィ……」と切ない声を発した。
だから私はドラゴンの頭を撫で、トネールに視線を落とす。
私の腰に回された腕をゆっくりと離し、彼女に背を向ける。
「それにね、私……この世界で出来た友達を無くしたくないんだ」
そう言ってから、私は箱から金色の針を取り出す。
箱を投げ捨て、左手人差し指に針を突き刺す。
すぐに針を抜くと、赤黒い玉がプックリと出来る。
鋭い痛みに顔をしかめながら、私はアリマンビジュをネックレス状にして、その宝石部分を持ち上げる。
変身するために指を当てようとした瞬間、恐怖が湧き上がってくる。
戦うのは怖い。あんな化け物相手に戦う自信なんて無い。
そして何より……魔法少女に、代償があるかもしれない。
しかし、それよりも……友達を失ってしまう方が、怖かった。
この世界に来たばかりの頃は、トップスリーともほとんど関わらなかったし、自分のことばかり考えていた。だから変身しなかった。
でも……今は違う。
目の前で戦っている三人と……そして、背後で未だに変身するなと叫んでいる少女。
皆、大事な友達だ。その友達を失うくらいなら……いや。
「友達を守るためなら……魔法少女にでも何でも、なってやる!」
恐怖を振り払うように私は叫び、指を宝石に当てた。
すると宝石に、大量の葉を模したような紋様が浮かぶ。
次の瞬間、宝石が強く光り、その光が私の体を包み込んだ。




