第47話 初めての再会
あの神様の空間みたいな場所から日本まで行くのは、思っていたよりも簡単だった。
思いのほかあっさり着いたものだから、拍子抜けしたレベルだ。
「……ここが……日本……」
ビルの屋上に立ちながら、私は辺りを見渡した。
ママや、お母さん……蜜柑達の、故郷。
私は、ママの魔力から生まれた存在だ。
だから、ママの知識等が頭にインプットされている。
その為かは分からないが、初めて来たはずの日本を目の前にしても、初めて来たような感覚がしなかった。
むしろ、久しぶりに来たというか……懐かしいような……そんな感覚がした。
初めて見るはずの物も、なぜか名前が分かる。
これがきっと、ママの魔力による物なんだろうな……と思った。
……蜜柑はどこだろう。
私は意識を集中させ、蜜柑を探す。
そもそも、ここまで来た理由も、蜜柑を一目見る為なんだ。
蜜柑は……彼女は一体、どこにいるんだろう……。
「蜜柑……」
ぽつり、と、小さく名前を呼ぶ。
蜜柑……どこにいるのかな……。
いるなら、返事をして欲しい。
私は神経を集中させ、蜜柑の気配を必死に探る。
ママの魔力の影響で頭の中にある知識や記憶を総動員させて、必死に蜜柑を探す。
確か、ママやお母さん……蜜柑が通っていた学校は、こちらの方向にあるはずだ。
建物の屋根の上を飛び越えながら、私は蜜柑の気配を追う。
蜜柑……会いたいよ。
一目見るだけで良い。それでもう……諦めるから。
だから、お願い……
「……ッ」
しばらく建物の屋根の上を飛び越えて探していた時、私は見覚えのある気配を感じ、その足を止めた。
それから、屋根の縁に手をつき、その気配に意識を集中させる。
黄色かったはずの髪も、オレンジ色だったはずの目も、なぜか黒くなっている。
着ている服も、異世界で着ていたものとは少し違った。
だけど……蜜柑だ。
私の中にある、ママの知識が、そう訴えかけてくる。
あの少女は蜜柑だ……私がずっと探し求めていた少女だ……と。
蜜柑は俯いており、どこか重たい足取りで歩いている。
……元気が無さそうだ。
今すぐにでも駆け寄って、何があったのか問い詰めたい。
けど……彼女は、私のことは覚えていない……。
それなのに、突然私なんかが心配なんてしたら、気味悪いだけだ。
だったら……このまま……見て見ぬふりをしていた方が……。
「……ッ」
思い悩んでいた時、私はとあるものを見つけ、その思考を止めた。
……蜜柑が、横断歩道を渡ろうとしていた。
そこまでは普通だが、その信号は……赤だ。
しかし、蜜柑は俯いたまま、トボトボと歩いている。
そして、そこに……バスが向かっている。
蜜柑に気付いていないのか、猛スピードで迫るバスに、蜜柑は気付かない。
「危ないッ!」
後先考えずに、私は叫んだ。
私の叫びに、蜜柑はハッとした様子で足を止め、ようやく自分に迫り来るバスを見つめた。
しかし、今更気付いたところで、もう逃げられるような距離ではない。
蜜柑も突然のことに驚いて立ち竦んでいるみたいだし、バスは速度を緩める気配が無い。
私はすぐに乗っていた建物の屋根を蹴り、蜜柑に向かって跳ぶ。
「馬鹿ッ……!」
小さく言いながら、私は蜜柑の体を抱きしめ、アスファルトの地面に体を打ち付ける。
そのままゴロゴロと地面を転がり、しばらくして、蜜柑の上にうつ伏せになる形で止まる。
「ハァ……ハァ……」
荒い呼吸を繰り返しながら、私は目の前に入る蜜柑を見つめた。
彼女はしばらく目を瞑っていたが、突然ハッと瞼を開き、私を見つめた。
……良かった……無事みたいだ……。
「あ、ぁあのッ……!」
「……!」
蜜柑に声を掛けられ、私はようやく我に返る。
すぐに体を起こし、自分のしでかしたことを自覚する。
しまった……危なかったとはいえ、蜜柑に関わってしまった……。
難しいことは良く分からないけど、きっと、私は蜜柑とはあまり関わらない方が良いはずだ。
けど、仰向けになったまま、キョトンとした表情でこちらを見ている蜜柑を見ていると、何もかもがどうでもよくなってくる。
蜜柑を救えた。ただそれだけの事実が、私には無性に嬉しかった。
「大丈夫? 怪我してない!?」
私の言葉に、蜜柑は答えない。
不思議そうに私を見つめたまま、まるでフリーズしたかのように何も言わなくなる。
「ねぇ? 聞いてる?」
改めて声を掛けてみると、彼女はようやくハッと我に返り、「あ、えっと……うんっ。聞こえてるよ」と答えた。
……良かった……。
何はともあれ、怪我がないみたいで嬉しい。
私はすぐに立ち上がり、彼女に向かって手を差し出した。
「大丈夫? 立てる?」
「う、うん!」
私の言葉に、蜜柑は頷き、私の手を取って立ち上がる。
しかし、突然「つッ……」と声を漏らし、僅かに膝を押さえようとする。
咄嗟に膝に視線を向けると、そこは擦りむいていて、怪我をしていた。
「ちょっ、怪我してるじゃん!」
「だ、大丈夫だよ。これくらい……」
私の心配に、蜜柑はそう言ってくる。
……大丈夫なはずがない。
さっきだって、立ち上がった時に痛みで顔をしかめていたじゃないか。
まぁ……初対面? の私に頼るのは難しいかもしれないけどさ……。
だからって、少しくらい頼ってくれても良いのに。
不満に思っていると、先程のバスの運転手が心配してバスを下りてきた。
それから色々と話をしていた結果、私が蜜柑を送っていくことになった。
……まぁ、怪我してるし、このまま放っておくつもりは無かったんだけどさ。
それから一緒に帰って、改めて彼女に、異世界での記憶が全くないことを理解した。
彼女にとって、私は初対面の相手。初めて会う相手。
好きな人に忘れられている事実はとても悲しかったけど、同時に……嬉しくもあった。
だって、完全に忘れられているなら……またやり直せば良いから。
今度は、嫌っているなんて思われないように。
蜜柑に優しくして、彼女に好かれるような……そんな人間になるために。
家に着くと、私は蜜柑の姉らしき人物に蜜柑の鞄を押し付けた。
……後は、蜜柑の家族に任せれば良い。
そう思った私は、蜜柑の姉に簡単に説明をして、その場を後にした。
確かに蜜柑との関係はやり直したいけど、それは今じゃない。
また出直そう。そう思って、私はその場を去る。
「……またね……!」
その時、背後からそんな声を掛けられた。
蜜柑の声だ。
またね。
その言葉の真意は……また会いたい、ということ。
きっと……異世界にいた頃の私相手なら、蜜柑はそんなこと考えなかっただろう。
昔より関係が良好な方向へと向かっていることが分かり、私は嬉しくなった。




