第46話 記憶を取り戻す方法
「ふぅ……やっと一息ついた」
アルトームの部屋だった場所を整理していたママは、そう言ってソファに腰を下ろした。
すると、一緒に整理をしていたお母さんが「お疲れ様」と笑った。
「神様になったと言っても、基本的には普通に人間だった時と変わらなさそうだね」
「そうだねぇ……あぁぁ、これから他の神様の所にお詫びに行かないと……」
両手で顔を覆いながら言うママに、お母さんは苦笑する。
二人の会話を聞きながら、私は「あのさ」と言いつつ、テーブルに手を付いて身を乗り出す。
すると、ママは顔を覆っていた手を離し、私を見た。
「ギン……? どうかした?」
「や……その……蜜柑達って、どうなったのかと思って……」
私の言葉に、ママは「あぁ」と言いつつ、ソファの背凭れに体重を預けた。
それから足を組み、続ける。
「蜜柑達……明日香と、沙織と、蜜柑は……元いた世界に帰ったよ」
「……元いた世界って……」
「ギンが生まれた世界は……私達が生まれた世界とは違うから……。文化も、価値観も……何もかも違う世界」
そこに帰っただけだよ、と言いながら、ママは足を組みなおす。
彼女の言葉に、私は「じゃあ……!」と口を開く。
「蜜柑達は……いきなり元いた世界に戻されて、混乱とか、してるんじゃ……」
「それに関しては大丈夫。……三人の記憶は消したから」
「……え……?」
目を逸らしながら言うママの言葉に、私は聞き返す。
すると、ママは少し間を置いてから、私を見て続けた。
「三人の……この世界に来てからの記憶と、私達に関する記憶は全部消したよ。……日本で、今まで生きた時の記憶しかない」
「なッ……なんでッ……」
ママの言葉に、私は反射的にそう言う。
……三人に……蜜柑に忘れられた……。
その事実が、私の胸を締め付ける。
すると、ママは口を開く。
「私達はもう神様になってしまったんだし、もう普通の生活には戻れない。……もういない人間のことを覚えていても仕方が無いでしょ」
「でも……!」
「異世界のことだって……覚えてない方が良いよ」
暗い声で呟くママに、私は何も言えなくなる。
……だからって、記憶を消す必要まで無かったんじゃ……。
ムッとしていると、気付けば私の隣まで来ていたお母さんが、優しく私の背中を撫でた。
「……お母さん……」
「ギン……はーちゃんの言うことも分かってあげて? はーちゃんだって、凄く悩んで決めたことだと思うから」
その言葉に、私は口を噤む。
……私は子供だから、難しいことなんて、良く分からない。
だから、ママがどんなことを考えて、友達三人の記憶を消すという決断に至ったのかも分からない。
分からないから……これ以上、強く言えない。
「……じゃあ……記憶を取り戻す方法って無いの?」
代わりに、そんなことを聞く。
記憶を消してしまったのは、もう済んだこと。
だったら、せめて……思い出させることは出来ないのだろうか。
「それは……分からない」
しかし、ママの返答は、思っていたよりも歯切れの悪いものだった。
てっきり、無理だと即答されると思っていたので、拍子抜けする。
「……え……?」
「分からない。私の神様としての力は未熟だし……色々なことを一度にやったから、どこかに粗があるかもしれない。記憶なんて、多分……何か強い衝撃でも加えれば、簡単に蘇るんじゃないかな」
「強い衝撃……って……」
「例えばキスとか?」
「キッ……!?」
ママの言葉に、私はつい反応してしまう。
すると、ママはケラケラと笑いながら「物の例えだって」と言う。
心臓に悪い……。
「まぁ……明日香と沙織は、案外すぐに思い出したりするかもね。二人は異世界にいた頃もよくキスしてたし、二人がキスしたらその経験が蘇って思い出したり……とか」
「……へぇ……」
「蜜柑は……まぁ、異世界で誰かとキスしたことがあったら、その人とキスでもしたら思い出すかもね」
続くママの言葉に、私は声を詰まらせた。
……私……蜜柑と、キスしたことある……。
じゃあ……私が蜜柑とキスをしたら……蜜柑の記憶が、蘇るかもしれない……?
「……ギンもしかして……明日香や沙織の記憶でも蘇らせたいの?」
しかし、突然、ママがそんなことを聞いて来た。
彼女の言葉に、私は顔を上げて「え……?」と聞き返す。
すると、ママは首を傾げて続けた。
「え、って……違うの?」
「いや……なんで、明日香……とかが……」
「そりゃあ、ここまで食い下がるなんて、三人の内の誰かの記憶を取り戻したいってことでしょ?」
「それは……まぁ……」
「で、ギンは蜜柑のことが嫌いだから、少なくとも蜜柑は違うっと」
「へ……?」
当たり前のように言うママに、私はまた聞き返す。
すると、ママは「え?」と不思議そうに私を見てきた。
だから、反射的に私は顔を上げ、続けた。
「なんで……蜜柑は違うって……」
「……? だってギン、蜜柑のこと嫌いでしょ?」
まるで当然のことのように言うママに、私は固まった。
……私が……蜜柑のことを、嫌い……?
なんで、そんなことを……。
固まっている間に、ママは続ける。
「いや、だってさ、ずーっとあんな冷たい態度を取ってたじゃん。ギンは蜜柑のことを嫌いなんだろうなぁって……なんとなく分かるよ」
「……」
ママの言葉に、私は自分の胸が痛くなるのが分かった。
……私……そんな風に思われてたんだ……。
傍から見たらそう感じるくらいってことは……蜜柑からも……そういう風に思われていたのかな……。
確かに蜜柑のことは、初めは嫌いだった。
でも、今は好きだ。大好きだ。
けど……本人は、私が嫌っていると思っているのかな……。
いや……当たり前か……。
自分のことを嫌いな相手を……好きになるはずがない……。
「……ちょっと出かけてくる……」
フラフラと立ち上がりながら、私は呟いた。
それから、ママやお母さんの言葉を待たずに、神の空間から出た。
……難しいことは分からない。
ただ、今は……一目、蜜柑の姿が見たかった。




