第40話 その涙の意味は
夜。
部屋で布団を敷いていると、お風呂を上がったギンちゃんが入ってきた。
「ギンちゃん。ちゃんと髪乾かしてきた?」
「もちろん! 触って確かめる?」
彼女の言葉に、私は顔を上げ、彼女の髪を見つめた。
銀色の綺麗な髪はフサフサしていて、彼女の一挙一動に合わせてサラサラと揺れる。
一目で、ちゃんと乾いていることが分かった。
それに、私は立ち上がり、「ん」と頷いた。
「ちゃんと乾いてるね」
「えへへっ……あっ、布団敷いといてくれたんだぁ。ありがと」
そう言いながら、ギンちゃんは布団に倒れる。
彼女の様子に笑いつつ、私はベッドに腰かけた。
すると、ギンちゃんは仰向けになり、天井を見つめながら口を開いた。
「いやぁ……誕生日パーティ、成功して良かったね」
「うん。……ほとんどお姉ちゃんのおかげだけど」
「でも、蜜柑が作ったケーキ美味しかったよ。私はホントに何もしてない」
「それを言ったら、ギンちゃんの手書きのチョコレートプレートも、檸檬凄く喜んでたじゃない。……ま、それ以外は全部お姉ちゃんが作ってたけど……」
「柚子の行動力は凄いなぁ」
ギンちゃんのぼやきに、私は苦笑する。
まぁ、結局はお姉ちゃんには敵わないってことだ。
改めてお姉ちゃんの偉大さを感じていた時、ギンちゃんは寝返りを打ち、私の方に顔を向けてきた。
「……蜜柑の誕生日も……今日くらい大きいパーティが良い?」
「……どうだろ……」
ギンちゃんの言葉に、私はそう答えて苦笑する。
と言うか、こんな風に聞くなんて、私の誕生日にもパーティをしようと考えているってことじゃないか。
そんなの、少なくともサプライズパーティーにはならない。
私は「そうだなぁ」と呟きながら少し伸びをして、目を伏せる。
床の一点を見つめながら、私は続けた。
「流石に頻繁にこれくらいのパーティーをするのは、お金のこととか考えると厳しいんじゃないかな」
「お……お金のことじゃなくて……! 蜜柑の気持ちが知りたいんだけど……」
ギンちゃんの言葉に、私は少しだけ驚いた。
……お金は関係無く……か……。
まさか、ここまで私のことを考えてくれているとは思っていなかったので、ちょっと嬉しい。
私は「んー……」としばし呻き、口を開いた。
「私は、別にここまでのパーティーじゃなくても……ギンちゃんが、お誕生日おめでとうって言ってくれるだけで、充分嬉しいよ?」
「……たったそれだけで?」
「うん。だって……」
そこまで言って、私は声を詰まらせた。
……晩ご飯の後の、檸檬の言葉が、脳裏を過る。
嫌われたくない。このまま内緒のままでいたい。今の距離感を壊したくない。
そんな感情が、胸中を支配する。
でも、ずっとこのままでいたら……いつか、私は後悔すると思う。
だから……私は……。
「……だって……ギンちゃんのことが、好きだから」
私の言葉に、ギンちゃんは目を丸くした。
キョトン……とした顔で、私の顔をジッと見つめて来る。
……まぁ、こんな反応になるよね。
私は汗が滲む手を何度も握ったり開いたりを繰り返しながら、続けた。
「家族としてでもなく、友達としてでもなく……一人の女の子として、ギンちゃんのことが……好きです」
「……ちょ、ちょっと……」
「こんな年上から言われたら、気持ち悪いだろうけど……言っておきたくて……」
「なっ……ちょ、ちょっと待って!」
私の告白を、ギンちゃんは慌てた様子で遮る。
彼女の言葉に、私は咄嗟に口を噤んだ。
すると、彼女は顔を上げ、続けた。
「なんで……私のこと……」
「……分からない」
ポツリと、私は呟く。
それに、ギンちゃんは「え……?」と聞き返した。
私は指を組み、目を伏せて続けた。
「分かんないよ、そんなこと。ただ……気付いた時には好きだった」
「……そんなの……」
「……ごめんね」
ポツリと、私は謝る。
すると、ギンちゃんは「へ?」と聞き返してくる。
私はそれに俯き、続けた。
「好きになって……ごめん。気持ち悪いだろうし、ギンちゃんを困らせることは分かってるけど……伝えずに後悔はしたくなくて。本当に、伝えたかっただけだから、これからも家族として……」
「蜜柑ッ」
名前を呼ばれ、私は顔を上げた。
直後、ギンちゃんが飛びかかってきた。
……否、抱きついてきた。
視界に銀色の髪が舞い、風呂上がりだからか、シャンプーの良い匂いが鼻孔をくすぐる。
少女の華奢な体に飛びつかれ、私の体は後ろに倒れる。
バフッ……と音を立てて、私の体はベッドに沈んだ。
……えっと……?
「ギン……ちゃん……?」
「気持ち悪いとか、嫌いとか、嫌だとか……一言も言ってないし……!」
彼女の言葉に、私は息を呑む。
すると、彼女は体を起こし、馬乗りになる形で私を見下ろした。
「わ……私だって……蜜柑のこと、好きだし……」
そう言うギンちゃんの顔は……真っ赤に赤らんでいた。
耳まで真っ赤に染まり、青くて綺麗な目は潤んでいる。
赤く染まった顔に、青い目は良く映える。
「……ギンちゃん……」
「……もう無理……」
そう呟くと同時に、ギンちゃんの体は揺らぎ、私の体の上に倒れる。
まるで、赤くなった顔を隠すように、私の首筋に顔を埋める。
「……好き過ぎて……好き過ぎて……頭、おかしくなる……」
そう言いながら、彼女は私の体を抱きしめてきた。
細い腕を私の体に回し、ギュッと力を込める。
ギンちゃんの言葉に、私は何も言わずに抱きしめ返した。
心臓が高鳴り、甘い鼓動の音が頭の中に響いてくる。
お互いが両想いだと分かって、幸せな瞬間。
……肩が湿る。
ギンちゃんが……泣いている。
彼女が流す涙は、嬉し涙なのだろうか。
……それとも……――。




