第39話 後悔しないように
「ぷはぁ……食った食った」
晩ご飯もケーキも食べ終えると、すっかり私達のお腹は膨れていた。
檸檬は自分のお腹を擦りながら、そんな風に言う。
ケーキを今日中に食べなければと四切れにして食べたから、一人の量はかなり多かった。
ご馳走もあったことで、相当腹に来ている。
椅子の背凭れに凭れ掛かって、まるで妊婦のようにお腹を擦る檸檬を見て、お姉ちゃんはクスッと笑った。
「檸檬はゆっくり休んでて良いよ。私達でお皿を片付けておくから」
「おっ、優しい~。誕生日だから?」
「そ。……ホラ、蜜柑、ギンちゃん。手伝って」
「えぇぇ……」
お姉ちゃんの言葉に、私は不満の声を漏らす。
お腹いっぱいで動けないのは檸檬だけじゃないというのに……。
内心でそう愚痴っていると、ギンちゃんが席から立ち上がった。
「私が手伝っておくから、蜜柑も休んでなよ」
「でも、ギンちゃんだけに手伝わせるのは……」
「私は力持ちだからだーいじょーうぶっ!」
言いながら、ギンちゃんは幾つかの皿を重ね、台所へと持っていく。
……ここまで言われたら、手伝えないな。
そう思った私は、椅子に座ったまま、二人が食器を片付けるのを見つめる。
……やっぱり、ギンちゃんだけにやらせるのは、心苦しいものがある。
とはいえ、今から手伝うのもなぁ……と悩んでいた時だった。
「……ね、ね。みぃ姉」
台所にいる二人には聴こえないような、小さな声で、檸檬はそう囁いて来る。
彼女の言葉に、私は「何?」と、同じく小声で聞き返した。
すると、檸檬はチラッと台所を見やってから、また私を見て口を開いた。
「みぃ姉ってさ……ギンちゃんのこと好きなの?」
「……なッ!?」
突然の質問に、私はつい大きな声を出しそうになる。
しかし、これこそギンちゃんに聞かれたらマズイと思い、すぐに声を静めて口を開いた。
「なんで……急に、そんなこと……」
「だって、ここ最近ギンちゃんのことばっかり見てるし……ギンちゃんと話してる時とか、ギンちゃんのこと話してる時とか、すっごい楽しそうだし」
……否定できない……。
何も言えずに黙っていると、檸檬は「楽しそうっていうか……んー」と続けた。
「何て言うんだろう……恋する乙女の顔してるよね」
「……どんな顔……」
「頬赤らめて、まさに純情乙女って感じの顔」
「……そんな顔してるの……?」
「すっごいしてる」
檸檬の言葉に、私はぐッと唇を噛みしめた。
……これはもう、否定もクソも無い。証拠が上がり過ぎている。
黙っていると、檸檬は身を乗り出して「それで?」と続ける。
「結局のところどうなの? 当たってる?」
「……」
檸檬の言葉に、私は無言で頷いた。
すると、彼女は「ほぉー……」と、どこか感心した様子で溜息をついた。
それに、私は小さく口を開いた。
「あの……このことは、あの二人には内緒に……」
「わかってるって。……ま、ゆず姉はこういう話題苦手だし、ギンちゃん本人に言う程、私は鬼じゃないよ」
その言葉に、私はホッと息をつく。
檸檬は、たまに意地悪だったりするけど、基本的には良い子だ。
妹とは言っても、見た目同様、精神年齢も私より上なんじゃないかと思う時がある。
……頼もしい妹を持ったよ。ホントに。
「ま、みぃ姉がギンちゃんに惚れるのは、なんとなく予想してたよ」
「……そうなの?」
「うん。まぁ、命助けてもらったりしてるしね。あとはまぁ、一緒の部屋で寝たりもしてるし、意識しちゃうものなんじゃないかなぁと」
……全部当たってる。ご名答。
多分、今の私の顔は、かなり赤くなっているのではないだろうか。
何も言えずにいると、檸檬はスッと目を細め、口を開いた。
「それで? ……みぃ姉?」
「……?」
「いつ……ギンちゃんに告白すんの?」
檸檬の言葉に、私は「えっ……?」と小さく聞き返した。
すると、彼女はギョッとして続けた。
「まさか……告白しないままでいるつもりだったの?」
「いや……その……えっと……」
檸檬の言葉に、私はどもってしまう。
何と言えば良いのかと言葉を探していた時、彼女はまたもや大きく溜息をつき、頬杖をついて続けた。
「あのさぁ、私は別に否定はしないけどさ……多分それ、一番後悔するの、みぃ姉だと思うよ?」
「うっ……」
檸檬の言葉が、矢となって私の胸に突き刺さる幻が見えた。
胸を押さえて呻いていると、檸檬は身を乗り出して続けた。
「例えば、急にギンちゃんに恋人ができたりしたらどうするの? 告白するまでもなく失恋だよ?」
「そ……れは……」
「大体、いつギンちゃんがいなくなるかも分からないんだよ? あの子の家庭事情とかもサッパリ分からないし、急に親が連れ戻しに来たりするかもしれない」
「えっと……」
「というか、明日には急に事故で死んじゃったりするかもしれないじゃん。……明日何が起こるかなんて、誰にも分からないんだよ?」
檸檬の言葉に、私は言葉を失った。
……彼女の言う通りだ。
ギンちゃんとの出会いも、失った記憶のことも、前日から前もって分かっていたわけじゃない。
もしかしたら明日、急に平和な日常が無くなるかもしれない。
その時……もっと早く告白しておけば良かった、って、後悔することになるかもしれない。
「……後悔は……したくないな……」
ポツリと、私は呟く。
私の言葉に、檸檬は微笑み、続けた。
「だったらさ……答えは決まってるんじゃないの?」
彼女の言葉に、私は拳を握り締めた。
……私の……答えは……――。




