第34話 林原葉月①
流石にそろそろ、本気でフラムさんを探そうと思う。
日記のお礼を言えていないし、あまり長引いてもアレだ。
夜に時間を取るということも出来るが、それも中々難しい。
割と昼間に動き回るし、日記を書いてお風呂に入ったらすぐに眠くなってしまうのだ。
昨日なんて、日記書いてる最中に寝落ちするし……。
ていうか、ずっと護衛がフラムさんっていうのはあり得ないでしょ。
そうなると、やはり私から動いた方が良いと思う。
「でも……ここの城でかいよなぁ……」
広い城の廊下を歩きながら、私はぼやく。
この城を闇雲に探しても見つかるわけがない。
そう考えると、いつもみたいに使用人を見つけて聞くスタイルが定番なんだけど……。
「……おや? 葉月様ではないですか」
その時、向かい側から歩いてきた人に、そんな風に声を掛けられた。
振り向くとそこには、ロイヤルブロンドに赤目の男の人がいた。
高そうな服を着ていて、かなりイケメンだ。
ていうかこの人、どこかで見覚えがあるような……?
しばらく自分の記憶を掘り返し、目の前にいるのが、王族の一人であることを思い出す。
「あ、貴方は……!」
「あぁ、一度会っただけですから、覚えていませんよね。私はこのドゥンケルハルト王国の第一王子。グランネル・エンス・ドゥンケルハルトです」
第一王子……!
まさかの王族との出会いに、私は驚きで固まる。
しかしすぐに我に返り、慌てて私も自己紹介をする。
「あ、わ、私は、林原葉月、です!」
「ははっ、存じておりますよ。黒髪の綺麗な方ですから」
そう言って爽やかな笑顔を浮かべるグランネルさん。
白い歯が、照明を反射してキラリと光る。
ていうかこの人、サラッと綺麗とか言いやがったよ。絶対タラシだ。
「ありがとうございます。あの、一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「ふむ? 何でしょうか」
「あの……フラムさんって、どこにいますか?」
「フラム……あぁ、副団長様ですか」
グランネルさんの言葉に、私は頷く。
すると彼は顎に手を当て、しばらく唸る。
「うーん……彼女は今頃訓練中でしょうかね」
「そうですか……行ったら迷惑になりますかね?」
「それは分かりませんが、あまりオススメは出来ませんね」
その言葉に、私は腕を組む。
昼間に会うのは難しいか。
やはり夜に時間を作って会うのが一番手っ取り早いかぁ……いっそ、日記を書くのを翌日に持ち越すとか……。
「何か急ぎの用でも?」
そう言って首を傾げるグランネルさんに、私は「いえっ」と返す。
私の言葉にグランネルさんは「そうですか」と言って、微かに顔を綻ばせた。
しかし、フラムさんの件を夜に持ち越すとして、昼間は何をしようか……。
「まだ何か困ったことでも?」
その時、グランネルさんがそう聞いてきた。
表情に出ていたのか。……私は思いのほか考えていることが表情に出やすいのかもしれない。
「いえ……今日はフラムさんを探すくらいしか予定が無かったので、これからすることがないなって」
「ふむ……では、良い場所に案内しましょう」
グランネルさんの言葉に、私は「良い場所?」と聞き返した。
私の言葉に、グランネルさんは頷いた。
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グランネルさんに先導され、連れて来られたのは、城の中庭のような場所だった。
と言っても、中庭とは名ばかりで、かなり広大な庭だった。
確かに周りは城で囲まれているし、城の中に作られた庭ではある。
しかし、それを抜きにしても、広さはかなりあるし、正直中庭というよりは庭園くらいのレベルだった。
ていうか、これを囲んでる城もかなりの大きさだな。一昨日の私よく一周したよ。
「ほー……」
ついため息が漏れる。
そんな私を見て、グランネルさんがクスッと笑った。
「前に葉月様が城を散策したという話を聞いたので、城の中だけを見てここは見ていないのではないかと思いまして」
確かにそうだ。そもそも、中庭があるなんて思わなかったし。
私はそれに頷き、中庭に踏み入った。
「このドゥンケルハルト王国の中庭は異国の王族の方々からも好評で、是非魔法少女様にも見て欲しいと思っていたのです」
「なるほど……じゃあ、今度他の魔法少女の皆も連れてきてみます」
私の言葉に、グランネルさんは「はい」と頷いた。
「では、私は所用があるので、これにて失礼します」
「え、あ……わざわざありがとうございました。王族の方なのに、こんなことまで……」
「いえいえ。こちらこそ、魔法少女様にはいつも護ってもらっている立場ですので。ギブアンドテイクという奴です」
そう言って微笑み、歩いて行くグランネルさん。
ふーむ……タラシかと思ったけど、単純に良い人なのだろうか……?
とはいえ、これも良い機会だ。この世界の植物がどんなものなのかも気になるところではある。
私は庭園を歩きながら、色々見ていく。
庭園の広さは、テニスコート四個分くらい。
綺麗に四角に狩られた茂みが道を作り、その合間には様々な花が咲いている。
中心には……なんか、外国の庭園とかによくあるような奴がある。
屋根があって、柱で支えられていて……目を凝らすと、中にテーブルとか椅子もある。
あれって名前何て言うんだろう?
「……おっ」
考え事をしながら視線を横に動かした時、百合の花を見つけた。
色は……残念ながら黄色だ。しかし百合には違いない。
私は心の中で両手を合わせ、拝んでおく。
百合の花と、私が好きな方の百合は別物だが、どちらも一応百合だ。
……と、その時、突然強い風が吹いた。
「わ……!?」
「ひゃ……!」
驚いた私の声とは別に、背後から少女の声がした。
聞き覚えの無い声に、私はさらに驚く。
髪を整えつつ振り向くと、そこには、ドレスを着た少女が一人立っていた。
ロイヤルブロンドに紫色の目をした、同い年くらいの少女。首には、空色の宝石が付いたチョーカーを付けている。
この子も確か、王族の……。
「ぁ、えっと、あの……」
私と目が合うと、彼女はオロオロと視線を彷徨わせる。
それに私は自然と頬が綻び、彼女に向き直った。
「えっと……王族の方、ですよね?」
私がそう聞くと、少女はビクッと肩を震わせた。
……コミュニケーションが苦手な子、なのかな。
そう考えた時、私は、日本に残した幼馴染を思い出す。
若菜に出会った時も、最初は怖がられていたな。
当時のことを思い出しながら、私は少女と向き直る。
確かあの時は……出来るだけ威圧感を与えないように……自然体で……。
「私は、林原葉月。貴方の名前は、何ですか?」
優しい口調で言いながら、私は首を傾げて見せた。
すると少女は微かに目を丸くしてから、フッと表情を緩め、口を開いた。
「私は……ドゥンケルハルト王国、第二王女。トネール・ビアン・ドゥンケルハルトです。どうぞ、お見知り置きを」
そう言って、トネールさんはドレスを小さく摘まみ、上品な感じのお辞儀をした。




