第28話 甘酸っぱい夏祭り⑤
「それじゃあ、チャンスは七回。この銃に弾を入れて撃つんだよ」
店主のオジサンの説明を聞きながら、ギンちゃんは早速銃にコルクの弾を入れる。
ギュッ、ギュッと詰め込みながら、射的の景品を見つめる。
「……蜜柑は、何か欲しい物とかある?」
「え? ……急にそんなこと言われても……」
そう呟きながら、私は景品に視線を移す。
ギンちゃんが欲しいものを取れば良いのに……あ、でも、あの熊のぬいぐるみ可愛い。
私の視線が固まったのを察したのか、ギンちゃんは私の視線を追って、景品を見た。
「……あの、熊が欲しいの?」
「えっ……あ、いや、ただ可愛いなと思ってただけで……!」
「……絶対取るから」
小さく言いながら、ギンちゃんは銃口を熊のぬいぐるみに向けて構えた。
パンッ! と乾いた音を立てて、コルク弾は熊のぬいぐるみに向かって飛んで行く。
コルク弾は熊のぬいぐるみの頭に当たり、ぬいぐるみの体は大きく後ろに揺れる。
しかし、また前に倒れてきて、体勢を立て直してしまう。
「げッ……倒れないじゃん!」
「……まぁ、こういう屋台の大きな景品は、倒れないように細工とかしてあったりするだろうからね」
「何それー!」
店主のオジサンに聴こえないように小さな声で呟いた私の言葉に、ギンちゃんは不満そうに言う。
とは言え、向こうもお金が掛かってるわけだから、それくらいはするだろう。
「まぁ、そういうことだからさ。私は他の景品でも良いよ? もっと小さい景品でも……」
「……やだ」
私の言葉に、ギンちゃんはそう言いながら、銃を構えた。
彼女の反応に、私は「え?」と聞き返す。
すると、ギンちゃんは銃を構えたまま、続けた。
「あれ取るって……決めたから。それに……蜜柑、欲しそうな目してたし」
「だ、だからって……流石に……」
「うっさい! 私が取るって決めたの!」
そう言いながら、ギンちゃんは引き金を引く。
射出されたコルク弾は、熊のぬいぐるみの腹に当たる。
頭に当たっても倒れなかった熊のぬいぐるみは、腹にコルク弾を喰らった程度じゃ微動だにしない。
その様子に、ギンちゃんはプクーと頬を膨らませながらコルク弾を詰め、銃を構える。
「……肩に力入り過ぎ」
小さくそう言いながら、私は彼女の肩に触れた。
「ひゃぁッ!?」
すると、どうやら驚かせてしまったらしく、ギンちゃんは可愛らしい声を上げた。
かと思えば、ビクゥッ! とその体は震える。
その時に誤って引き金を引いてしまったらしく、パァンッ! と小気味よい音を立てながらコルク弾は上に撃ち上がる。
頭上高くに撃ち上がったコルク弾は、屋台の屋根にぶつかり、そのまま地面に落ちてしまう。
ギンちゃんはそれを見て「あぁ!」と声を漏らした。
「ちょっと! 蜜柑がビックリさせるから変なところ行ったじゃん!」
「ご、ごめん……でも、ギンちゃん凄く肩に力入ってたみたいだから……リラックス、リラックス」
「分かってるし!」
強気な口調で言いながら、ギンちゃんは銃を構える。
今度は肩からも力が抜け、リラックスしている様子だったので、私は黙っておくことにした。
ギンちゃんは銃口を向け、引き金に手を掛け……コルク弾を撃った。
射出されたコルク弾は熊のぬいぐるみの頭に当たり、大きく体が揺れる。
グラリ……と後ろに倒れそうになるが、またすぐに戻りそうになる。
「――ッ!」
その時、ギンちゃんが何やら早口で何かを叫んだ。
一体何を……と思っていた次の瞬間、どこからか強い風が吹いた。
「きゃッ……!?」
小さく悲鳴を上げながら、私は髪を抑える。
風は本当に一瞬のことで、割とすぐに止んだ。
そこまで大きな風では無かったし、変わったことは無かった。
あるとすれば、それは……熊のぬいぐるみが倒れていたことくらい。
「や……やったぁ!」
「おやおや、お嬢ちゃんは運が良いねぇ」
困った様子で笑いながら、オジサンは熊のぬいぐるみを取りに向かう。
その間に、ギンちゃんは「やった、やった」と言いながら、ピョンピョンと軽くジャンプした。
彼女の様子に、私は笑う。
「良かったね、ギンちゃん」
「うん! やったよ蜜柑!」
私の言葉に、ギンちゃん嬉しそうに笑いながら答える。
彼女の無邪気な笑顔に、胸がキュンッと高鳴った気がした。
心臓が熱くなるような感覚がして、不思議に思っていた時、オジサンが熊のぬいぐるみを持ってこちらに歩いて来た。
「ホラ、景品だ。大切にするんだよ」
そう言って微笑みながら、ぬいぐるみを差し出してくる。
ギンちゃんはそれに「ん」と小さく頷きながら、受け取った。
小さな彼女の体には大きいぬいぐるみは手に余ってしまうようで、両手で何とか抱えられる大きさだった。
「あはは……私が持っておくから、残ってる弾で他の景品狙ってみたら?」
「んー……蜜柑は、他に欲しい景品とかある?」
「えっ? ……別に無いけど……」
私はそう言いながら、景品棚を見る。
正直、このぬいぐるみだって可愛いなぁくらいにしか思っていなかったし、これと言って欲しい物があるわけじゃない。
あの中でも強いて言うならこのぬいぐるみくらいで、他は特に目ぼしいものがあるわけじゃない。
「……じゃあ、もう帰ろ? これ結構重いし」
「えっと……ギンちゃんは、別に欲しいものは無いの?」
「……うん。無い」
「そっか」
まぁ、別に欲しいものが無いなら、無理して消費する必要も無いか。
そう考えた私達は、残った弾を返却し、屋台を後にした。
「……ギンちゃん、ぬいぐるみ持とうか?」
歩きながら、私はそんな風に声を掛けた。
だって、ギンちゃんがあまりにも重そうにぬいぐるみを持つんだもの。
「……大丈夫」
でも、ギンちゃんは譲らなかった。
彼女の言葉に、私は苦笑した。
「本当に? すごく重そうに見えるけど……」
「本当に大丈夫! 蜜柑より私の方が力持ちだもん」
「……まぁ、そうだね」
ギンちゃんの言葉を否定できなかった。
一緒に住んでいて分かったことだが、彼女はかなり力持ちだ。
というか、全体的に身体能力が高い。
私だって、お菓子作りのおかげで腕力は人並み以上にはある方なのに、ギンちゃんはそんな私でも持てない荷物を平然と持ってしまったりする。
持とうかって言ったのは、腕力よりも体格を考慮してのことなんだけど……彼女が持つって言うなら、任せようかな。
「……今日はありがとうね。私の為に頑張ってくれて」
「……別に……」
私がお礼を言うと、ギンちゃんはどこか顔を赤らめながら、ぬいぐるみの頭に顔を埋めた。
照れ隠しのような彼女の素振りに、私は苦笑する。
……でも、段々と、苦笑以上の笑みが口から零れそうだった。
ギンちゃんが私の欲しい物の為に射的を頑張って、今でも私の為にぬいぐるみを持ってくれているという事実に……すごく、顔がにやけそうになるのだ。
私は口に手を当てて、ソッと彼女から顔を背けた。
やっぱり……こんなの変だ。
普通、ここまで嬉しく感じない。こんなにも、心臓は高鳴らない。
こんなの……まるで、恋じゃないか。




