第31話 山吹蜜柑⑥
光が収まり、目を開くと、そこは前と同じ城門前だった。
見ると、近くには沙織と明日香もいる。
「点呼を取ります。明日香」
「ハイ!」
「葉月」
「はい?」
「蜜柑」
「は、はい?」
「よし。欠席は無いですね」
沙織はそう言って微笑む。……いや、何やってんの。
そしてなんで明日香もノリノリなの。二人いつの間に仲良くなった。その経緯詳しく。
私が呆けていると、森の方からガサガサと音がした。
「おっ、今回の敵が来たね」
明日香はそう言って表情を引き締め、胸の前で右拳を左掌にぶつける。
直後、バキバキと音を立てて木をなぎ倒しながら、巨大な牛の化け物が森から出てきた。
今回の敵は巨大牛か……と観察していた時、強い光が瞬き、三人が変身する。
ホントさぁ、これって変身バンク無いの? 見たい。
「葉月は私の後ろに」
「あ、ハイ」
沙織の指示に従い、私は大人しく彼女の後ろに行く。
その間に攻撃するのかと思ったが、三人は動かない。
……あ、そうか。この前の猿の時に想像以上の俊敏さで戦場がゴチャゴチャになっちゃったから。
しかし、巨大牛も動かないので、何も無い時間がしばらく流れる。
「……まずは様子見と行きましょうか」
そう言って弓を引く沙織。
標準を巨大牛に定め、弦から指を離す。
すると魔力によって生成された矢が、真っ直ぐ巨大牛に向かって飛ぶ。
しかし、カキンッという間抜けな音と共に弾かれる。
「……な!?」
「今……矢を……?」
驚きの声をあげる沙織に続けて、明日香がそう言う。
あの矢を弾きやがった……どれだけ防御力高いんだよ……。
呆然としている間に、巨大牛は近くにあった草をモシャモシャと食べ始める。
「……! 舐めやがって!」
明日香はそう漏らし、拳を構えて走り出す。
まだ牛の強さの全容が見えてない今、無理な特攻は危険。
沙織もそう判断したのか、弓を牛に構える。
「はぁぁぁッ!」
叫び、明日香は拳を構える。
強く踏ん張り、巨大牛の横腹に右拳を叩き付ける。
しかし、明日香の渾身の拳ですら、ガギィンッ! という金属音を響かせながら弾かれた。
「っ!? いったぁぁあ!?」
明日香はそう言って右拳を押さえ、呻き声をあげる。
そもそも先ほどの音が、まるで鉄を直接殴ったような音をしていた。
普通に考えれば、全力で素手で鉄を殴ったような感じだろうか。
そう考えると、かなりの痛みが彼女を襲っているハズだ。
涙目で拳を押さえる明日香に、巨大牛は容赦なく頭突きを喰らわせた。
吹き飛んだ明日香は地面を跳ね、咳を漏らす。
「明日香、大丈夫!?」
「え? あぁ、大丈夫、大丈夫。……ちょっと、油断していただけ」
横腹を押さえながらそう言って、不敵な笑みを浮かべる明日香。
巨大牛はそれを一瞥し、再度草を食べ始める。
「……眼中に無い、ってか……」
「……私と明日香の攻撃が効かないとは……」
沙織は弓を構えたまま、そう言った。
私はその言葉を聞きながら、蜜柑に視線を向けた。
「……蜜柑なら、出来るんじゃない?」
「えっ!? 私!?」
自分を指さして素っ頓狂な声をあげる蜜柑に、私は頷いた。
すると彼女は「ふぇぇ……」と言って、大槌を掴む力を少し強くした。
「でも、そんな……明日香ちゃんにも倒せなかったのに……無理だよぉ……」
「そんなの分からないよ! やってみないと分からないって!」
「でも……」
そう言って目を伏せる蜜柑に、私は途方に暮れる。
いっそ私が変身をするという手段もあるが、変身したところで、あの牛の防御力を上回る攻撃力を手に入れられるかどうか。
しかし、可能性はゼロではない。
……もう、それしか方法は無い。
覚悟を決めてポケットから針を取り出そうとした時、牛がこちらに顔を向けているのが見えた。
どうしたのだろうかと思っていた時だった。
「ゲェェェェェェェッ!」
汚らしい音と共に、ゲップをした。
そのゲップの風圧がかなりのもので、私達の体は吹き飛ばされて城門に背中を打ち付ける。
「ゲホッ!」
変身している魔法少女ならいざ知らず、生身の私じゃそれだけでかなりのダメージだ。
私は前のめりに倒れ、何度も咳をする。
咳のし過ぎで目に涙が滲み、喉が痛む。
「は、葉月大丈夫!?」
「だ……大丈夫」
心配する明日香に、私はそう返した。
これならもう少し早く変身していれば良かったか、と、少し後悔した時だった。
「……葉月ちゃん……」
震えた声がして、私は顔を上げる。
そこでは、蜜柑が大槌を強く握り締めて、私をジッと見ていた。
「蜜柑……?」
「……私、誰かを傷つけたりはしたくない……」
そう言いながら蜜柑は私に背を向け、巨大牛を睨む。
足を強く踏ん張り、彼女は続けた。
「でも……大切な友達を……葉月ちゃんを傷つけられるのは、もっと嫌!」
叫び、彼女は一気に巨大牛との距離を詰めた。
巨大牛は、その巨体で俊敏に動けないのか、もしくは防御力に絶対の自信があるからか、少しも動かない。
「でりゃぁぁぁぁぁぁッ!」
その間に蜜柑は大槌を振りかぶり、その助走と遠心力を利用して、全力で大槌を巨大牛に叩き付けた。
すると、今まで金属音と共に弾かれるのとは一転。
大槌は巨大牛の体にめり込み、骨が折れるような音を響かせる。
「まだ……まだぁ!」
蜜柑はそう叫びながら、大槌を振り切る。
巨大牛の体が揺らいでいる間に、体を捻って一回転し、その遠心力を利用して再度大槌を巨大牛にぶつけた。
すると巨大牛の体は吹き飛び、地面を何度もバウンドして遠くまで行く。
「ハァッ……ハァッ……」
肩で息をする蜜柑。
正直、これでも充分巨大牛にはダメージを与えているとは思う。
しかし、これではダメだ。技を使って、浄化しないと。
「……はぁぁぁぁッ!」
叫びながら、蜜柑は大槌を振り上げる。
すると大槌に何か不思議な力のようなものが集まり、徐々に巨大化していく。
やがて、巨大牛なんて比較にならないくらいの巨大な大槌になる。
私達はそれを見上げ、口を開けて固まった。
「でりゃぁッ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、巨大な大槌は振り下ろされる。
そして、巨大牛の体を、跡形も残らないくらいに潰した。
あまりにあっさり潰れたものだから、しばらく、自分達の勝利を確信出来なかった。
しばらくして、徐々に熱が引くように、状況を理解し始める。
「勝っ……た……」
蜜柑はそう呟くと同時に、その場に膝をつく。
変身を解き、前に倒れた。
「蜜柑!」
私はすぐに名前を呼び、蜜柑の元に駆ける。
倒れた蜜柑を仰向けにして、抱き起こす。
「ぁ……葉月、ちゃん……」
「蜜柑……」
私が名前を呼ぶと、蜜柑は微かに笑って、私の顔に手を伸ばした。
そして私の頬に手を当て、嬉しそうに目を細めた。
「葉月ちゃん……私、勝ったよ……」
「……うん。見てたよ。凄かったね、蜜柑」
私がそう答えながら、自分の頬に当てられた手を握ると、蜜柑は「えへへ」と嬉しそうにはにかんだ。




