第50話 文化祭開始
文化祭の準備は、順調に進んだ。
僕のクラスには服を作るのが得意な子がいて、その子のおかげで、安価でメイド服や執事服を入手することが出来た。
その他にもメニューや装飾の準備も順調に進み、本番の前日には余裕を持って準備が完了した。
生徒会の方も、忙しさはあるものの、順調に事は進んでいるらしい。
体育祭の時のように無理をしている様子も無く、上手く生徒会役員とコミュニケーションを取って、スムーズに準備が出来ているみたいだ。
それからは特に何の問題も無く、文化祭の日を迎えた。
「はい、出来上がりっ」
「……」
得意げに言う今日子にげんなりしながら、僕は近くにある姿見に映った自分の姿を見た。
男性物の執事の服に身を包み、髪をセットされた僕の姿が、そこには映っていた。
元々男によく間違われる方だけど、これでは完全に男にしか見えないじゃないか。
「すっご……男にしか見えない」
「しかもかなりのイケメンの、ね。ま、私の手に掛かればこんなもんよ」
そう言いながら、今日子はニカッと笑う。
彼女も男装しており、短髪のウィッグに執事の服を着ている。
机の上に置いてあったチラシの束を手に取り、彼女は僕に差し出してきた。
「ホラ、明日香は一番イケメンなんだし、客引きしてきて」
「……はいはい」
最早諦めの境地に達していたので、今日子のパシリを素直に受け入れる。
まぁ、ビラ配りくらいは素直にやるさ。
僕はチラシの束を片手に、早速教室を出て客寄せを開始する。
……あっ、二人の女の子が歩いてる。
「すみません」
早速、僕は声を掛ける。
ひとまずチラシを一枚摘まみ、二人に差し出した。
「これ、僕のクラスの出し物なんですけど、良かったら来て下さい」
「……あっ、はい……」
僕の言葉に、一人の少女はそう答えながらビラを受け取る。
その頬は赤く染まっており、どこか熱の籠った目で僕を見ている……気がする……。
あ、なんかやらかした気がする。
「あの……私も貰って良いですか?」
すると、隣にいた少女も、どこか顔を赤らめながらそう言ってくる。
……まぁ、チラシはまだまだ大量にあることだし、構わないけど……。
二人で来ているなら、一枚あれば見れるんじゃないか?
「もちろん。どうぞ。是非来て下さいね」
ひとまず顔に営業スマイルを貼りつけながら、僕はもう一枚のチラシを差し出した。
すると、少女はカァァァと顔を赤らめながらチラシを受け取り、「ありがとうございますっ」と答える。
……正直に男装ですって言った方が良いんだろうか……。
いや、でもそれくらいはチラシを見たら分かるはずだし……。
一人で悩んでいる間に、二人はチラシを持ってどこかに行ってしまった。
うーん……幸せならオーケイです。
さて、そこからのチラシの減り具合は凄かった。
気付けば僕は数多くの老若問わずの女性に囲まれ、チラシをせがまれた。
かなりの量あったはずのチラシは気付けば無くなっており、あっという間に手持ち無沙汰になってしまった。
それでも女性達に連絡先を聞かれたり等の逆ナン責めに遭い、命からがら人ごみから抜け出た時には、すっかり疲弊していた。
「はぁぁ……」
「……モテモテですね」
人気の無い階段下の隅で息をついていた時、声を掛けられた。
……沙織か……。
かなり疲れている状態だけど、彼女を雑に扱うなんて以ての外だ。
「あぁ、うん……なんか囲まれちゃって……」
そう言いながら顔を上げた僕は、目の前にいる沙織の格好を見て固まった。
……メイド服をご存知ですか? 僕はご存知です。
動揺のあまり、日本語がおかしくなってしまった。
しかし、言うまでもなく、現在僕の目の前にいる沙織はメイド服だったのだ。
いつもは下ろしているだけの黒い長髪は可愛らしく結われており、いつもの冷酷な印象が大分薄くなっている。
オマケに可愛らしいフリフリのメイド服なんて着ているのだから、なんかもう、誰? ってレベルで可愛い。
「……あまりジロジロ見られると照れるのですが……」
どうやらかなりガン見してしまっていたらしく、沙織は持っていたチラシの束で顔を隠しながら、そんなことを言ってきた。
彼女の言葉に、僕は「ご、ごめん」と咄嗟に謝る。
こ、ここは恋人として、正直に褒めるべきだよね?
よく分からないけど……そんな気がする。
だから、僕は少し考えて口を開いた。
「えっと……凄く似合ってるから……見惚れちゃった……」
「ッ……」
人ってこんなすぐに赤くなるのか、と逆に冷静になってしまうくらい、沙織の顔が赤く染まった。
彼女は赤くなった顔をチラシの束で隠しながら、ヒョコッと目だけ覗かせて僕を見た。
「お、お世辞が上手ですね……?」
「いや、そんなんじゃなくて……本当によく似合ってると思うよ。凄く綺麗だ」
「そんな……こんな可愛い服、似合いませんよ」
そう言いながら、片手でチラシを胸に抱き、もう片方の手でモジモジとスカートの裾を弄る。
いやぁ、そんないじらしい姿見せられたら余計に可愛さが爆発するだけだと思うんですが……。
沙織はしばらく恥ずかしそうにしていた後で、上目遣いで僕を見て、小さく口を開いた。
「あ……ありがとう、ございます……明日香の格好も、凄く、似合ってると思います。……カッコいいです」
「……うん。ありがとう」
カッコつけて平静ぶってそう答えては見るものの、内心は心臓がバクバクだった。
……先程まで僕を囲んでいた女性達にも、散々同じようなことは言われた。
しかし、見知らぬ多数の人に褒められるよりも、大好きな一人に褒められる方が、何倍も緊張して……嬉しいものだ。
お互いに変に意識してしまって、何だか微妙な空気が流れる。
僕は火照った頬をポリポリと掻いてから、「そうだ」と口を開いた。
「沙織ってさ、自由な時間はどれくらいある?」
「え……っと……クラスの出し物以外にも、生徒会の仕事もあるので……自由時間は、取れるとしたら午後からになりますね」
「そっか……」
「……明日香はどうですか?」
おずおずと尋ねてくる沙織に、僕は自分の自由時間を思い出す。
と言っても、沙織に比べれば僕がやることは少ないし、沙織よりも自由時間は多い。
「僕はクラスの出し物だけだから、結構自由だよ。午後からも、割と自由だったはず」
「……では、午後になれば、二人で回れますね」
嬉しそうに言う沙織に、ドキッと心臓が高鳴る。
何より、二人で回りたいと思っていたのが僕だけじゃなかったことが、無性に嬉しかった。
彼女の言葉に、僕は「う、うんっ」と頷いた。
「そうだね。回ろう」
「フフッ……では、私はそろそろ仕事に戻りますね。……明日香も頑張って下さい」
笑顔で言いながら拳を作る沙織に、僕は「そっちこそ頑張りなよ」と言いつつ、軽く手を振った。
すると、沙織ははにかむように笑って、踵を返して人ごみの中に溶け込んでいった。
……やっぱり、僕の彼女は物凄く可愛いと思いました。




