第43話 特別勉強会
「さ、沙織に……勉強ッ!?」
「うん。だってさ、考えても見なよ」
驚く僕に対して、今日子はあくまで平常通りで、冷静に諭すように語り始める。
彼女はトントンと僕の机を指で叩きながら続けた。
「まずさ、学年内で中の上くらいの成績を取っている私と、毎回学年一位をキープしている風間さん。……どっちが頭良いでしょうか?」
「……沙織?」
「そう。じゃあ、どっちに勉強を教わる方が確実に成績上がると思う?」
「……沙織」
「でしょ? そして、明日香はさっき、風間さんとデート出来ていないって言ってたじゃない? つまり、風間さんにテスト勉強を教われば、明日香の成績も上がるし、デートも出来て一石二鳥じゃん!」
「ちょっ、ちょっと待って」
ノリノリで続ける今日子の言葉を、僕は慌てて止めた。
すると、彼女はキョトンとした表情を浮かべて「なーにー?」なんて聞いて来る。
それに、僕は一度深呼吸をして、ゆっくりと続けた。
「それってさ……沙織の邪魔にはならないかな?」
「……なんで?」
「いや、だってさ……僕に勉強教えてたら、沙織の勉強出来なさそうだし……僕のせいで沙織の勉強の邪魔になったら、悪いじゃん?」
そう。確かに今日子の言うことには僕も大賛成なのだが、沙織の邪魔にはなりたくない。
だから、僕は少し賛成できなかった。
すると、今日子はハァーと溜息をついた。
「分かってないなぁ。人に教えるのも、充分勉強になるんだよ?」
「え、そうなの?」
「うんうん。だから明日香が気にする必要は無いよ」
「うーん……」
今日子の言葉に、僕は唸る。
とはいえ、本音を言えば沙織と勉強したい。
この機会を逃したらテスト期間が終わるまでデートなんて出来そうにないし……文化祭の準備があることも考えると、下手したら文化祭が終わってしばらく経つまで無理そうだもの。
最終的には沙織の意思を尊重するつもりだけど……僕自身は、したい。
「……後で聞いてみる」
「フフッ、そうこなくちゃ」
僕の言葉に、今日子は笑顔でそう言った。
うーん……自信無いんだよなぁ……。
とはいえ、一度やってみよう。断られたら大人しく引き下がろう。
心の中で強く決め、僕は息をついた。
それから沙織に勉強会のことを聞くチャンスが訪れたのは、昼休憩の時だった。
廊下を歩いていると、偶然にも何か書類を持って歩いている沙織を見かけたのだ。
彼女は僕を見ると、パッと明るい笑みを浮かべた。
「明日香。こんにちは」
「こんにちは、沙織。……その書類は、生徒会の?」
「はい。文化祭の準備に関する書類を纏めたので、今から職員室に持っていくところだったんです」
そう言いながら、沙織は書類を顔の前まで持ち上げる。
僕に向いている紙面は、文字が小さくてほとんど読めない。
でも、見出しらしき少し大きな文字で書かれた文章の中に、『文化祭』という単語を見つけた。
まだ文化祭まで一ヶ月以上あるのに……準備が早いなぁ。
「あー……じゃあ、邪魔しちゃったかな?」
「いえいえ。明日香と話せて嬉しいですよ」
僕の言葉に、沙織はそう言って、赤らんだ顔を緩めた。
あぁ~……可愛い。
口に手を当てて心の中で悶えていた時、沙織が片手で僕の制服の裾を掴んで来た。
……?
「沙織?」
「あ、えっと……もし今から暇なら、職員室まで付いて来てくれませんか? ……まだまだ明日香と一緒にいたいので」
「……そんなの、僕からお願いしたいくらいだよ」
僕の言葉に、沙織は嬉しそうに笑って、隣に並んでくれる。
歩きながら、僕は続けて口を開いた。
「にしても大変だねぇ……文化祭なんてまだまだ先なのに、今から準備するんだ」
「生徒会長として、生徒の皆が楽しむ為には、万全を期しておきたいのです。テスト期間に入ったら生徒会役員も忙しくなりますし、今から少しずつ準備をしておきたくて」
そう言いながら胸に書類を抱きしめて、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる沙織。
なるほどねぇ……真面目な彼女らしいというか、流石と言うか。
そこで、僕はふと気付く。
……これ、上手くテストの話に繋げて、勉強会に誘えるんじゃないか!?
「へぇ……中間テストもあるのに、大変だね」
僕の言葉に、沙織は少し僕を見て「そうですねぇ」と言いながら前を見る。
「でもご安心を。生徒会役員の方々と協力し、平日の放課後に特別勉強会を開くことにしましたので」
……ナンダッテ?
「……特別勉強会?」
「はいっ! 全学年の生徒会役員を集め、合同の勉強会を行うのです。上級生は下級生の勉強を教えられますし、下級生に教えることで上級生の復習にもなります。上級生達が分からない箇所は私がサポートする予定です」
うおッ、なんかすごく熱いな。
目をキラキラと輝かせながら饒舌に語る沙織に、僕はつい気圧される。
あー、これ絶対沙織が企画したんだろうなー。一目で分かるよ。
「生徒の先頭に立ち、生徒達を引っ張る存在であるべき生徒会。その為にも大事なのは、全体的な成績の上昇。今回の生徒会特別勉強会では、全員各学年の中で二十位以内に入ることを目標に勉強をする予定です」
楽しそうに語る沙織に、僕は頬を引きつらせて固まる。
どうしよう……今日の放課後に早速勉強会を開いてもらう予定だったけど……これじゃあ誘えないな。
生徒会特別勉強会とか、予想してないよ……。
「はぁ……」
「……? 明日香、どうかしましたか?」
つい溜息をつくと、沙織がヒョコッと顔を覗き込みながらそう聞いてくる。
彼女の言葉に、僕は顔を上げてから、首を横に振った。
「ううん、何でも無いよ。……最近生徒会の子達と仲良いみたいだし、特別勉強会、凄く良いと思う。頑張って」
「……なんだか元気無いですよ?」
不思議そうに尋ねて来る沙織に、僕は「大丈夫だよ」と苦笑を浮かべることしか出来ない。
あーあ……ダサいなぁ……。
仕方が無い。デートは文化祭が終わるまでのお預けか。
大丈夫。我慢くらい出来るさ。
「……あっ、もしかして……一緒に勉強したかった……ですか?」
しかし、突然沙織はそんな爆弾を落としてきた。
彼女の言葉に、僕は「へっ!?」と素っ頓狂な声で返事をした。
「な、なんで……」
「いえ……会った時からどこかソワソワしていましたし、特別勉強会の話をしてから落ち込んだので……そうなのかなぁ、と……」
よく観察しておられる。
無理だということが分かった上で言うのもアレだが、嘘をつく必要性も無い。
仕方が無く、僕は頷いた。
「うん……僕、かなり馬鹿でさ……沙織に勉強を教えてもらったら、成績上がるかなぁって」
「ほう……」
「後は……あの……付き合ってから、デートとか全然出来て無いし……これを機に、学校の外でも二人で会ったりしたいなぁ、と、思って……」
ほとんど尻すぼみな言い方になりながら、僕は言う。
すると、沙織は困ったように小さく笑って、口を開いた。
「なるほど。……でも、流石に平日は無理ですね」
「うん。だから、諦めるしか……」
「では、こうしましょうか」
そう言いながら、沙織は胸の前で軽く手を叩く。
こうするとは? と思い視線を向けてみると、彼女は僕を見てニコッと笑った。
「今度の土日に……明日香の家に行っても良いですか?」
「……えっ? 僕の家?」
「はい。前々から、明日香の家に行ってみたいとはずっと思っていたので……」
そう言いながら、沙織は手に持った書類を、顔を隠すように持つ。
しばらく何やら口ごもってから、彼女は続けて口を開いた。
「だから……明日香の家で、勉強会をしても良いですか?」




