第39話 忙しない体育祭⑥
昼休憩が終わると、各団の応援合戦と言う名目でのダンスが行われる。
団は全部で四つ。その内、僕の所属する団は最後に踊ることになる。
ちなみに、沙織ちゃんはまだ少し貧血でしんどかったのか、ダンスは休んでいるみたいだった。
彼女の団はハチマキをリボンのように巻いたり、小さなポンポンを持ったりしていて可愛いダンスをしていたので、是非見たかったのだが。
「……ふぅ……」
観客席から離れた木陰に腰を下ろした僕は、息をつきながらタオルで汗を拭う。
いやぁ……流石にあれは予想外。
まさかダンスが終わった後で、僕のファンの女の子達が押し掛けてくるなんて思わなかった。
主に今日子が人を裁いてくれたおかげで、こうして逃げて来ることが出来た。
今日子……ありがとう……。
観客席から持って来た水筒から水分補給をしながら、僕は午後からのプログラムを思い出す。
午後からは確か、ムカデリレーと全員リレーがあったはずだ。
全員リレーは全種目の中での締めなので、一番最後に行う。
ひとまずは、ムカデリレーが始まるまではここで休んでいようかな。
「……不知火さん?」
その時、名前を呼ばれた。
顔を上げるとそこには、不思議そうにこちらを見下ろす沙織ちゃんがいた。
「さッ……おり、ちゃん……!? 貧血は、もう大丈夫なの?」
「えぇ。しばらく休んだら、すっかり回復しました。……と言っても、生徒会の皆様からはまた倒れたら困るからと、戦力外通告を受けましたが」
そう言いながら、拗ねたように目を逸らす沙織ちゃん。
彼女の言葉に、僕は小さく笑った。
「あははっ……でも、そうだろうねぇ。倒れたんだから」
「……もう大丈夫です」
「無理したらダメだって。今まで頑張り過ぎたんだし、後は他の生徒会の人達に任せて、ゆっくり休まなくちゃ」
「……そうですね」
僕の言葉に、沙織ちゃんはボソッとそう言って……僕の隣に腰かけて来る。
えっ?
「……沙織ちゃん?」
「はい?」
「えっと……なんで、ここに……?」
「……やることも無いですし……ダメ、ですか?」
「いや、ダメってわけじゃないけど……」
僕はそう言いながら、顔を背ける。
突然接近したものだから、凄く緊張する。
汗の匂いがフワリと香って、僕の心をざわつかせる。
ヤバい……まともに顔を見ることすら出来ない。
ドキドキと心臓が高鳴るのをなんとか隠していた時、何かが手に触れる。
「へッ!?」
「……」
驚く僕を無視して、沙織ちゃんは僕の手を取る。
指を絡め、強く握る。
「沙織ちゃん……何を……」
「な、何って……これくらい、当たり前じゃないんですか?」
「当たり前って……」
「だって、私達……こ、恋人同士、なんですから」
……。
……。
……?
……ほへ?
しばらく、思考が停止した。
え? ちょっと待って? 沙織ちゃん、君今なんて言った?
「……恋人……?」
「だ、だって……保健室で……好きって……」
沙織ちゃんの言葉に、僕はあの時のことを思い出す。
そりゃあ、確かに好きって言ったよ。LOVEの意味での好きを言って来たさ。
でも……まさか、沙織ちゃんも……?
「……あの時の好きって……そういう意味での、好きだったの?」
「はい……そうですが? ……あっ、もしかして、違ったんですか?」
沙織ちゃんはそう言いながら、僕の手を握る力を弱め、手を引こうとする。
だから、僕は咄嗟に彼女の手を握り返し「違う!」と声を上げた。
「違う、って……」
「……あっ、違うって言うのは、好きの意味が違ったってことじゃなくて……」
僕はそう言いながら、沙織ちゃんの手を握り締める。
ダメだ。色々な感情が綯い交ぜになって、上手く言葉が出てこない。
一度深呼吸をして、僕は沙織ちゃんの目を見て、口を開いた。
「……僕は……沙織ちゃんが、好きです」
「……はい」
「友達として、じゃなくて……一人の女の子として……好きです」
「……保健室で聞きましたよ」
僕の告白に、沙織ちゃんはそう言って微笑みながら、僕の手を握り返す。
それに、僕はなぜか泣きそうになる。
「……沙織ちゃんは……僕のこと、好き?」
「……さっきも言いましたが……」
言いながら、沙織ちゃんは握り締めた僕の手を、自分の手ごと胸に当てる。
それから僕の目を見て、ニッコリと微笑んだ。
「……大好きですよ、不知火さん」
「……そっか」
溜息に混じったような声で、僕は呟く。
安心すると、体から力が抜けた気がした。
僕は「はは……」と笑って、空いている手で頬を掻く。
「ごめんね。……てっきり、沙織ちゃんの好きは、友達としてのものかと思っちゃって。……好きな人と両想いだなんて……実感が湧かなくて」
「……そんなものじゃないですか? 正直、私だって、まだ夢を見ているような気持ちなんですから」
「そうなの?」
つい聞き返すと、沙織ちゃんはコクッと頷く。
それから、彼女は僕の手をもう片方の手も使って両手で包み込み、続けた。
「不知火さんは、優しくて……本当に、素敵な人ですから。そんな人が、私のことを好きって言ってくれたことが、未だに信じられないんです」
「……そっくりそのまま返すよ」
恥ずかし気も無く言う沙織ちゃんに、僕は若干苦笑気味にそう言った。
すると、沙織ちゃんは少し目を丸くした後で、頬を赤らめて微笑んだ。
「では、改めて……これからよろしくお願いしますね。不知火さん」
「……うん。沙織ちゃん」
笑顔で言う沙織ちゃんに、僕はそう返した。
繋がれたままの手が、今では心地良く感じ始めていた。




