第38話 忙しない体育祭⑤
外に出ると、三学年全ての選抜リレーは終わっていた。
今日子に聞いた話だと、僕の代わりにクラスで五番目に足が速い子が出てくれたらしい。
お礼を言いに行くと、その子は顔を赤らめながら別に構わないと言ってくれた。
まぁ、僕が選抜リレーのメンバーの中では足が遅い方だったのは唯一の救いだったかもしれない。
これで一番速かったりしたら、戦力がガタ落ちだ。
「明日香、リレーに出ていなかったじゃないか。どうしたんだ?」
見に来ていた家族の元に行くと、父がそんなことを言ってきた。
すでに皆で大きな弁当箱を開き、昼食の準備を始めていた。
僕は靴を脱いで敷物の上に乗りながら、口を開く。
「友達が貧血で倒れてさ。保健室に連れて行ってたら、終わってた」
「その友達は大丈夫だったの?」
抱いた音をあやしながら、母はそう尋ねて来る。
彼女の言葉に、僕は頷く。
「うん。さっき少し寝て、大分回復したみたいで。目を覚まして話せるくらいにはなってた」
「それは良かったな。しかし、折角の明日香のリレーが見られなくてショックだなぁ」
兄はそう言いながら、紙皿と箸を僕に差し出してくる。
僕はそれを受け取って、弁当の中のオカズを見る。
……おっ、唐揚げだ。母さんの唐揚げは絶品なので、僕は箸で早速摘まむ。
「まぁ、全員リレーもあるし、良いじゃない。それとも、友達を見捨てろと?」
「ははっ……明日香らしいな」
「それでこそ俺の娘だな!」
僕の言葉に、兄と父がそんなことを言う。
すると、横でずっとモグモグとオニギリを頬張っていた朔が、それを飲み込んで口を開いた。
「その友達って今日姉?」
「……? いや、今日子では無いけど?」
「じゃあ、この前俺が彼氏と間違えた方?」
朔はそう言いながらタコさんウインナーを箸で摘まみ、口に運ぶ。
それに、僕は唐揚げを頬張りながら、記憶を探る。
……あぁ、そういえばそんなこともあったな。
僕が沙織ちゃんの家に遊びに行く時に、朔が彼氏とデートだって勘違いしたんだっけ。
咀嚼した唐揚げを飲み込み、僕は頷いた。
「うん。そっち」
「ふーん……ちなみにソイツとは付き合えたのか?」
「……ッ!?」
まさかの質問に、僕は持っていた紙皿を落としそうになった。
コイツ……何言った!?
驚いていると、朔は好きなオカズをヒョイヒョイと紙皿に乗せながら続けた。
「だって、姉ちゃんその友達のこと好きなんだろ?」
「……んなぁッ……にッ、を……!?」
何を、と聞こうとしたが、口から出たのは奇妙な声だった。
すると、朔はジト目で僕を見た後で、溜息をついた。
「バレバレだっての。大体、フツーの友達と出掛けるだけで、あんなに丁寧に服選んだりしねーだろ」
「や、だから……あれは……」
「そうなのか? 明日香」
朔の言葉を受けて、父がそんなことを聞いてくる。
……流石に言い逃れは出来ない、か……。
そもそも、あんな告白をしてしまったし……話しても良いのだろうか。
「……うん……」
渋々頷くと、父さんは大きく目を見開いた。
それから俯き、「そうか」と呟いた。
「まぁ、明日香もそういう年齢だからな……好きな人の一人や二人……いるよなぁ」
「……でも、明日香が保健室に連れて行っていたのって、女の子よね?」
落ち込む父さんを他所に、母さんが音にミルクをあげながらそんなことを言ってきた。
彼女の言葉に、僕は頷いた。
「うん。そうだけど?」
「ということは、明日香は女の子が好きなの?」
「まぁ、そうなるね」
これに関しては違わないので、素直に認める。
すると、僕の言葉に、父が目を見開いて顔を上げた。
「ちょっ……明日香、それは聞いていないぞ」
「……男子とも言っていないけど」
「まぁ……そうだが……」
僕の言葉に、父さんは渋い顔でそう言いながら頭を抱える。
あー……やっぱり言わない方が良かったかな?
でも、前に隠し事をするなって言われてことがあるし……どうせ、バレることだ。
紙皿を置き、僕は姿勢を正して、口を開いた。
「……僕は……女の子が、好きです」
「……少し……時間をくれないか」
父さんはそう言って、紙皿を置く。
彼の言葉に、僕は唇をキュッと噛みしめる。
すると、彼は眉間の辺りを指で摘まんで、しばらく考え込んでから重々しく口を開いた。
「……俺だってな、お前の気持ちは尊重したい」
「……うん」
「だが……すまないな。俺にそういうことへの理解が薄くてな……」
「まぁ、それは私も同意見ね」
そう言って、母さんは音を優しく抱きしめる。
ミルクを飲んでお腹いっぱいになったのか、音はぐっすりと眠り始めていた。
母さんは音を優しく抱いたまま、続ける。
「明日香が思っている以上に、同性愛って言うのは、まだまだ世の中では認められていないものなの。……家族がそうなると……尚更ね」
「……そっか……」
「でも、私は貴方の気持ちを尊重したいと思っているわ。ただ……しばらくは時間が欲しいの。こんな、体育祭の昼食の最中に済ませられる話じゃないわ」
「……」
母さんの話に、僕は俯く。
思っていたよりも、自分の恋が異常なんだと、思い知らされた気持ちだった。
少し気を落としていると、父が「だが」と言ってオニギリを一つ手に取る。
「お前が選んだ相手なら、俺は信じる。だがな……一つだけ、忘れないで欲しいことがある」
「……何?」
「女は守るべき存在。例え何があっても、女は傷つけちゃならん。良いな?」
そう言ってオニギリを頬張る父さんに、僕は「はいっ」と頷いた。




