第31話 頭から離れない言葉
今日一日の練習が終わり、僕達は帰宅した。
体育祭準備の間は、部活は休みだ。その分、放課後に残って練習したりする。
練習の間も、家に帰ってから弟の相手をしたり、食事をしたり、風呂に入ったり、風呂上がりのストレッチをしている間も、僕の頭の中ではずっと、同じ言葉が延々とループしていた。
『……いつ、風間さんに告白すんの?』
休憩の間に、今日子の口から出た、あの言葉。
彼女の言葉は僕の胸に突き刺さり、深く根を張る。
……僕はいつ、沙織ちゃんに告白するのだろう。
そもそも、告白するという思考すら、僕は持っていなかった気がする。
沙織ちゃんを見て、脳内で可愛い可愛いと愛でて、片思いし続けて……その生活をずっと続けるつもりだった気がする。
いつかこの恋心は止むものだと、だからそれまでの間の、ちょっとした気の迷いだと……心のどこかで、思っていた気がする。
あくまで、気がするだけ。
本心は、自分でも分からない。
しかし、恋心は止むどころか、沙織ちゃんを見る度に膨れ上がっていく。
彼女を見て、触れて、話す度に大きくなっていく。
止むどころか、その心はどんどん大きくなって、僕の心を蝕む一種の毒になっていく。
もし恋心が止むことがあるのなら、それはきっと、沙織ちゃんと一切関わらなくなった時だろう。
しかし、彼女と交友を続ける限り、この気持ちが消えることは無い。
そしてきっと、僕達は交友関係を続けるのだろう。
沙織ちゃんにとっての友達は、僕一人。僕から連絡を絶たない限り、友達としての関係は続く。
それじゃあ沙織ちゃんと話すのをやめれば良いじゃないか。
僕の中にいる、もう一人の自分が言う。
どうせ告白する勇気も無いんだ。このまま片思いを続けるくらいなら、彼女との関係を無かったことにすれば良い。
確かに、そうかもしれない。
しかし、僕の気持ちは、そう簡単に割り切れるほど生易しいものじゃなかった。
沙織ちゃんと一緒にいることは、すごく楽しい。
今更彼女との関係を絶つことなんて……出来ない。
「はぁ……」
溜息をついて、僕はベッドに寝転ぶ。
見慣れた天井が、目の前に広がっていた。
……僕はこれから、どうすれば良いんだろうか。
ブーッ……ブーッ……。
その時、どこからかバイブの音がした。
体を起こしてみると、机の上に置いたままのスマホが画面を光らせて震えていた。
慌てて体を起こして近付いてみると、今日子の名前が表示されていた。
「……?」
不思議に思いつつ、僕はスマホを手にとって、応答ボタンを押す。
それからスマホを耳に当て、口を開いた。
「もしもし?」
『あっ、明日香?』
スマホから聴こえた声は、やけに暢気な感じがした。
こっちは誰のせいでこんなに悩んでいるんだ……と呆れていた時、彼女は続けた。
『今何してる?』
「何って……部屋でボーッとしてたけど」
『ちょうどいいや。ちょっとベランダ出てきてよ』
「はぁ? なんで……」
『良いから、ホラ。カモン!』
電話から聴こえた声に、僕は溜息をつき、部屋のガラス戸を開けた。
ベランダに出ると、夜風が服を貫いて肌を刺激する。
「『よっ』」
スマホの声と、実際の声が重なって聴こえた。
隣の家のベランダを見てみれば、そこには、スマホを耳に当てながらこちらを見ている今日子がいた。
僕はスマホの電話を切り、今日子に視線を向けた。
「何? 何の用?」
「フフッ、そう焦るんじゃないよ。……ホラ」
そう言って、今日子は手元に置いてあったスポーツドリンクの缶を一つ取り、こちらに放ってくる。
突然投げられた缶に驚きつつも、なんとか両手でキャッチする。
僕がキャッチ出来たのを見て、今日子はニカッと笑った。
「ナイスキャッチ! 明日香!」
「……急に危ないな……もし落ちたらどうするつもりだったのさ」
「そこは……ホラ、伊勢中学校キャッチャーの送球力を信じなさいな」
「僕が取り損ねたら? 怪我したかもしれないのに」
「何年私が明日香とキャッチボールしてきたと思ってんの? ……明日香が取れないボールを投げるわけないじゃん」
当たり前のことのように言いながらニヒッと笑う今日子に、僕は苦笑した。
相変わらずだな……と、思った。
どこか飄々としてて、掴めなくて……憎めなくて。
彼女の明るさに、今までどれだけ救われてきただろうか。
僕はベランダの囲いに肘をつき、受け取ったスポーツドリンクの缶を開ける。
プシュッと音を立て、スポーツドリンク特有の甘酸っぱいニオイが発生する。
数口飲むと、甘酸っぱい液体で口の中が潤っていくのが分かった。
「ぷはっ」と息を吐き、僕は唇の端から零れたスポーツドリンクを拭う。
「美味しいでしょ? それ。私のお気に入り」
今日子はそう言って、自分の分を飲み始める。
彼女の喉が小刻みに動くのを見つめながら、僕は口を開いた。
「知ってるよ。昔からこのメーカーのしか飲まないじゃん」
「他のメーカーのはどうにも舌に合わなくてねぇ」
「何だそれ」
「明日香は色んなメーカーの奴飲むよね。お気に入りとか無いの?」
「特に無いけど……僕もここのが一番好きかも」
「あははっ、一緒じゃん」
無邪気に笑う今日子に、僕も釣られて笑う。
十四年間繰り返してきた、他愛の無い会話。
でも……今回は、いつもと違う。
わざわざこんな時間に呼び出したのだ。
この他愛の無い雑談の先に……本題がある。
「……あのさ……」
しばらく笑っていた今日子は、ふと真顔になり、僕から視線を逸らしながら口を開く。
彼女の言葉の続きを、僕は無言で待つ。
今日子はしばらくスポーツドリンクの缶を手の中で弄びながら、ゆっくりと、口を開いた。
「私、さ……明日香のこと、好きだったんだ」




