第16話 不知火明日香④
本日二本目投稿
「うえ……地面が遠かった……空が近かった……絶対三回は死んだ……」
「葉月ちゃん大丈夫?」
不知火さんによるお姫様抱っことジャンプのコンボは、私にかなりのダメージを与えた。
恐らく、私の顔色はかなり酷いことになっているだろう。
吐き気がそれくらいヤバい。
「あはは……ちょっと休憩しよっか」
そう言って不知火さんは変身を解き、地面に腰掛ける。
不思議に思っていると、隣をポンポンと手で叩くので、ひとまず少し距離を置いて隣に腰掛けた。
至る所に化け物がいるだなんて信じられないくらい静かな森。
しかし、その静けさを楽しむ余裕なんて無いくらいの壮絶な吐き気に催されていた。
「うぅ……」
気分が悪く、私は口元を押さえ呻いた。
流石にこれはキツイ……頭痛もするし、胃から何かがこみあげてくるような感覚がする。
ていうか異世界なら魔法とか無いのかなぁ。回復魔法で乗り物酔いって治らないかなぁ。
そんな風に現実逃避をしていた時だった。
突然不知火さんに肩を抱かれたかと思えば、膝枕をされたのは。
「……は!?」
「こうしたら、少しは楽にならないかなー……なんて」
そう言って微笑む不知火さん。
慌てて起き上がろうとするが、肩をあり得ないくらいの力で押さえつけられて出来ない。
乗り物酔いで本調子が出ないのと、単純に、ソフトボール部エースの腕力だろう。
抵抗出来ないことは分かったので、私は仰向けになり、上に見える不知火さんの顔を見た。
「どう? 横になったら、少しは楽になった?」
赤い目を細めて、そう聞いてくる。
彼女の一挙一動に合わせて、短い桃色の髪が揺れる。
することもないので、つい、観察してしまう。
とはいえ、横になったら楽になったのもまた事実。
「……うん。多少は」
「良かった」
安堵の表情を浮かべながら、不知火さんはそう言った。
しかし、次の瞬間にはどちらも会話が続けられず、無言が続いた。
……気まずい。非常に気まずい。
何か、何か話題を……。
「……葉月ちゃんは、何か僕に聞きたいこととかない?」
話題を探していた時、不知火さんがそう言って来た。
突然のことに、私は「え?」と聞き返す。
すると不知火さんは白い歯を見せて微笑んだ。
「ホラ、話すこととか無いし……ていうか、葉月ちゃんと話す機会って今までそんなに無かったしね。何か僕について聞きたいこととか無い?」
不知火さんは気遣いの化身か何かですか?
サラッと会話のネタを作り、しかも質問される役に自分から立候補するとは……。
それはつまり根掘り葉掘り聞いちゃって良いということですか? 風間さんとの夜の営みについて聞いちゃっても良いということですか?
まぁ冗談はさて置き、不知火さんに聞きたいこと、か……。
「……今日不知火さんが取りに行く宝物って……何なの?」
私の質問に、不知火さんは「いきなりそこ行くかー」と言って笑った。
でも、今から取りに行くものだ。
どういう物なのか、とか……どういう経緯で宝物になったのか、とか。
なんとなく、聞いておきたかった。
「……宝物はね、バチグロなんだ」
「……ばちぐろ?」
聞き慣れない単語に、私は首を傾げた。
すると不知火さんは少しキョトンとした後で「あっ」と呟き、恥ずかしそうに笑った。
「ごめんごめん。バチグロってのは、バッティンググローブのこと。略してバチグロ」
「あー……って、バッティンググローブが分からないんだけど」
「えっと……バットを持つ時に滑らないようにする手袋……とでも言おうかな」
不知火さんの説明に、私はなんとなく想像をする。
そういえば、たまに父さんが見ていた甲子園とかプロ野球とかでは、バッターが手にそういうグローブ的なの付けていたな。
特に気にしていなかったけど、あれがバッティンググローブかな。
なんとなく私が理解したのを察したのか、不知火さんは「じゃあ続けるね」と言った。
「葉月ちゃん。多分だけど、なんで宝物なのかも気になってるでしょ?」
「えっ……まぁ……」
「やっぱり。だから、先に答えちゃうね」
そう言って白い歯を見せて笑う不知火さん。
何このイケメン。
「……あのバチグロはね、友達とお揃いなんだ」
「友達?」
「うん。……もっと言うと、幼馴染、かな……」
幼馴染、という単語に、私の脳裏に若菜の顔が浮かんだ。
つまり、私にとっての若菜のような存在ということか……。
そう思っている間に、不知火さんは続ける。
「小さい頃からずっと一緒で……僕って男家族ばかりだから、昔からヤンチャで……よく兄弟や親父なんかとキャッチボールとかやってて、幼馴染とも、遊んでいたんだ」
そう言う不知火さんの視線が、左上に向く。
前に、無料サイトで読んだ小説で、人は嘘をつく時に右上を見ると書いてあった。
本当なのか気になって、その時私はネットで人の視線の向きで分かる心理傾向的なのを見た。
そこで知ったのは、人は嘘をつく時は右上を向いて、何かを思い出す時は左上を向くらしい。
つまり、不知火さんは今、昔の記憶を思い出しているということか。
そんな微かな動きが、膝枕をした状態だとよく見える。
彼女は続けた。
「それで、ソフトボール部に入ってからは、よくキャッチボールにも付き合ってもらった。僕のピッチングって結構上手いみたいでさ、二年生になったらエースに選ばれて。それからは、彼女はキャッチャーをやってくれた」
「……もしかして、昨日の朝の……」
つい口を挟むと、不知火さんは目を丸くした後で、フッと恥ずかしそうに笑った。
「見られてたんだ。朝練」
「うん。たまたま、学校に着いた時だったから」
「そっか……もうすぐ、大会があったんだ」
そう言って、不知火さんは拳を強く握り締めた。
少しだけ悲しそうに目を伏せて、彼女は続ける。
「この大会で勝ったら全国大会だねって。……二人で全国一位のバッテリーになろうね、って……話してたのに……」
「……帰ったら、いっぱい練習しないとだね」
私がそう言ってみせると、不知火さんはキョトンとした顔で私を見た。
だから私は起き上がって、不知火さんの手を握った。
「異世界だからって、怠けたらダメだよ。城に帰ってからも……明日からも、いっぱい練習しないと」
「他人事だからってそんな……でも、そうだね! いっぱい練習だ! 走り込みに筋トレに、キャッチボール……は、無理か。でも、出来ることはいっぱいある!」
途中からは独り言だろう。
決意を決めた不知火さんはその目に強い意志を宿し、熱意の炎をメラメラと燃やしている。
それから私の手を握り返し、私の目を見てニッと笑った。
「葉月ちゃん! もう治ったよね!?」
「え? うん」
「じゃあ早く行こう! すぐ行こう!」
不知火さんはそう言うと私の手を引いて立ち上がる。
そのまま私の手を掴んだまま、歩き出す。
単純だなぁ、と思ったが、その単純さが彼女の良さなのかもしれないと考え直す。
自分の目標に真っ直ぐ進めるその意志の強さと、見返りを求めずに誰にでも優しく出来る心の広さが、トップスリーと呼ばれる由縁なのだろう。




