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お狐さま、働かない。  作者: きー子
千年因果録
70/94

七十話/一同の進退

 翌日――ユエラ邸の居間。

 攻略部隊の四人が〈封印の迷宮〉から帰還したあと、彼女らは奇しくもユエラ邸に集められた。

 そこで彼女らは右肘から先がないユエラを見ることになるのだが、それはともかく。


 ユエラは集められた彼女らに、自らの計画を語って聞かせた。


「――と、まあ、これが成功すれば厄介な敵はいなくなるというわけだのぅ。攻略速度で追いつくよりかは可能性があると思うのじゃが……どうかえ?」


 計画の内容は次のようなもの。

 まず、イブリス教団の攻略部隊が〈封印の迷宮〉を出入りしているというのが大前提。

 敵の首魁と思しい相手が地上に帰還したタイミングを見計らい、四人は迷宮内に侵入。通常通り攻略を進め、適当な場所で待機する。

 つまり、最深到達階層の如何に関わらず、一時的に相手より先行するのである。


 後は迷宮内部で待機を続け、教団側の攻略部隊と鉢合わせする時を待つ。そして相手をのきなみ潰してしまえば、相手方の攻略速度にやきもきさせられることはない。

 攻略を急ぐ必要もなくなり、結果的に安全に攻略を進められるというわけだ。


「ユエラ、そういう話はもうちょっと早く――ってえわけにも行かないかい」

「うむ。まあのう」


 これまでは教団側の情報が少なく、その動向を伺うのは難しかった。

 しかし近頃はフィセルとクラリスが調査を進め、ユエラの提案も不可能では無くなったのだ。


「……やる価値はあると思いますが、問題も非常に多いかと思われます」

「私も同感だ。特にだが、そもそも我々は数の上で劣っている、という点は致命的と言っても良い」


 クラリスの懸念にレイリィも頷く。

 その点はユエラも同意せざるを得なかった。


 レイリィが指摘する点もそうだが、教団側の攻略部隊は入れ替わりが激しい。危険な迷宮内部で待機しなければならないのも気がかりだ。

 おまけに、待ち伏せするといっても敵方がいつ現れるかは未知数だ。ほとんど不意の遭遇と言うべきだろう。心構えがあるかないかは大きな違いだろうが。


「……場合によっては夜を越す必要もあるよね。正直、私はあまり自信がないかな……」


 リーネは砂色の髪を押さえて呻く。

 通常、迷宮内部で二十四時間以上活動することはまず無いらしい。それが上層ならまだしも、危険な魔物が現れる深層ではほとんど狂気の沙汰である。


「それに、相手の首魁……これまた問題さな。テオのお師匠ってんならさ、要するに……テオよりも強いってことだろう?」

「口惜しくも、そういうことになります」


 テオはそう言いつつも無表情。座っているユエラの右側にそっと寄りそう。

 対するフィセルはあくまで率直に意見を述べた。


「多分だけど、私とテオがおおよそ互角ってとこだろう。優劣は付いてないけどさ」

「テオ殿はエルフィリア殿を下した御仁であられたな。となれば、互角という点に異存はない」

「そうですね。つまりは――そういうことです」


 テオがリグに打ち克つのは困難を極める。

 それはつまり、フィセル――否、四人がかりでも難しい可能性が高いということだ。


「……私の実力はその域に無い、というのが正直なところだ。フィセル殿の活躍を間近に見ればこそと言えるが」

「私もかな。……魔物の対応だけでもいっぱいいっぱいなくらいなんだよ……?」


 レイリィの本領は、堅い守りで的確に相手を足止めすること。

 そしてリーネの本領は、足を止めた敵を取りこぼさずに撃ち抜くこと。


 レイリィの役割が機能しない相手であれば、当然、リーネが活躍することも難しい。

 誰かが機能不全に陥れば、部隊全体が上手く回らなくなってしまうのだ。


 そして、リグという規格外の怪物は、巨大な機能不全を呼び起こして余りある。


「……私は、多少なりの祝福を授けられましょうが……それは絶対的な実力差を覆すほどのものではありません。治癒にしても、一秒を争うような戦いの最中に割り込める性質ではありませんから」


 と、ちいさく頭を振るクラリス。

 これは望み薄かのう、とユエラは目を細める。

 計画の実行こそ容易だが、確かに成功は困難を極めるのだ。


 が、クラリスは華奢なおとがいにそっと触れながら言葉を続けた。


「しかし、状況に行き詰まりを感じているのも事実です。このまま教団の攻略速度に追いつくというのはかなり無理があるでしょう。そう考えるべき段階です」


 クラリスがそう述べると、他の三人もそれぞれに同意を示す。


 彼女らの到達階層は地下九十三層。九十五層の〈攻略拠点〉は作られていないが、それは誰かに先を越されないための計略だろう。

 おそらくだが、イブリス教団はすでに九十五層以降を探索しているに違いない。


 やはりというべきか――

 人的被害を出しながら強引に攻略を進めるイブリス教団普遍主義派。

 人的被害を許容し得ず、あくまで慎重に攻略を進めるクラリスたち。

 両者の違いが如実に表れた格好だ。構造上、クラリスたちはどう足掻いても教団側に先行することはできない。


 ――――ただ一つの例外。

 今まさにユエラが示した手段を除いては。


「ですから、私から言わせていただくならば――ユエラさんの提案は一考に値します。少なくとも、今から彼らに追いつくよりは現実的といえます。……少なくない危険が伴う以上、私のほうから皆さまに強制することはできませんが」


 クラリスは控えめにそう締めくくり、決断を促す。

 少なくとも、彼女自身はユエラの提案に前向きであるようだった。


「クラリス殿がそう仰せられるなら、私としては異存ない」

「同じく。私としても似たようなことを考えないではなかったしね」

「……私は正直、露払いくらいにしかならないと思うけど……もう少し、確実性を高められないのかな」


 レイリィ、フィセル、リーネはそれぞれに反応を示す。

 それぞれに前向きではあるが、リーネはやはり不安が強いようだ。敵部隊の正確な規模も把握しかねる以上、懸念は無理からぬだろう。


「……そうですね。私から掛け合ってみましょう。この一大事ですから、騎士団員に動いてもらうことも考慮に入れます。機密保持上の問題があることは承知のうえですが、先の襲撃のこともあります。……キリエ枢機卿も、おそらくは前向きに考えて下さるかと」

「人員増、となれば多少はおまえたちの負担も減るかのう。荷物運びがおれば野営もこなせるであろうしな」


 護衛が多くいれば仮眠も無理なく取れる。これは魔術師にとって非常に重要だ。

 体力的に不安があるリーネのみならず、クラリスも例外ではないだろう。責任感が強く忍耐力の高い彼女だからこそ、無理にでも休息は取らせねばなるまい。


「それでも、戦力的には不安が残るね。ユエラ、まさかあんたが出張ってくるってわけでも無いだろう?」

「うむ。そういうわけにもいかぬからな――だが、テオ」

「はい」


 テオは如才無く頷く。すでに心得ているというように。


「テオを補充要員にやろうではないか。教団とは因縁浅からぬ仲であるからのぅ――おまえたちが総掛かりで行けば勝ちの目もあるやも知れん」

「――――よろしいのですか?」


 クラリスはにわかに瞑目する。

 ユエラはテオを第一の従者として絶えず傍に置いていた。一時的でも離れさせるなど余程のことと思ったのだろう。


「あいにく、命懸けというわけには行かんがな。おまえたちもそうであろう? ……いや、おまえは別であったかもしれんがな――のぅ、クラリス?」

「――――いえ」


 クラリスは静かに首を横に振るが、果たして真意はいかほどか。

 いずれにせよ、彼女の部隊内の役割はあくまで補助役だ。あまり無茶なことはできないだろう。


「向こうがどう出るかもわからないしね。下手に消耗することを避けて撤退する可能性はある」

「……あるいは、相手をせずに強行突破を試みるかもしれない。相手のほうが多勢なんだから、そんなに難しいことではないかな」


 フィセルとリーネの補足。

 

「やるというのなら足止めは承ろう。が、リグといったか――彼女まではどうにもならない公算が高い。それこそ出方次第になるだろう」

「――その点で言えば、彼女はおそらく積極的に殲滅にかかるであろうと考えます」

「……ふむ?」


 レイリィの意見にテオが応じる。

 かつては教え子だったものの言葉である。必然、彼女らはテオに耳を傾ける。


「一度、街中で彼女と会敵しましたが――私を仕留める必要があるとは言えない状況ながら、彼女は積極的に私を排除する動きを見せました。ユエラ様のおかげで命拾いをしましたが、つまり、私は一度逃した獲物でもあります。再び排除にかかる可能性は高いかと」

「釣り餌、ってことかい」

「有り体にいえばそうです」


 フィセルの率直な言葉に頷くテオ。

 いくらかの修練を経たとはいえ、彼女もリグに匹敵するとは思っていない。これが五人掛かりであればどうか。

 敵うという保証は全くないが――少しは光明も見えようもの。


「幸いがあるとすれば……フィセル、おまえの力量はあやつらにとって未知数ということだのぅ」

「単独では劣る、って認めるのは気に入らないけどね――まぁ、そうなんだろうさ」


 テオの実力はフィセルも認めるところ。しかるに、テオを一蹴するほどの実力者となれば――これは、フィセルの想像の範疇にない。


「なに、必ず仕留めねばならんわけでもあるまい。第一には生き残ること、そして可能であるならば一矢報いること――傷をつけること。さすれば少しはあやつらの攻略速度を緩められるやも知れぬ。どうじゃ?」


 ユエラがそう計画の目的を締めくくる。

 と、クラリスはちいさく頷いて全員に確認を取る。反対するものは一人もいなかった。ただし、補充の人員や物資が得られることを前提とする。

 各方面との交渉・調整を必要とするため、決行は明後日以降。

 ユエラとクレラントが再び会する三日前という、非常に際どい日取りではあったが――


 ともあれ、この時、賽は投げられた。


 ◆


「――対象が〈封印の大神殿〉大魔石への帰還を確認しました」

「了解しました。……それでは、参りましょう」


 テオ、あるいは聖堂騎士団員たちが入れ代わり立ち代わり二十四時間体制で監視を続けていた帰還地点。

 そこにリグの姿が見えたのを皮切りに、公教会の攻略部隊はすれ違うように地下九十層へ転移した。


 人員は全員で二〇名。

 クラリス、フィセル、リーネ、レイリィ、テオの五人――そこに十人以上の聖堂騎士団員や祓魔師が加わった形である。


 クラリスは無事に承諾を取り付け、イブリス教団の戦力を迎撃する許可を得た。

 これは非常に異例の決定だった。原則的に、〈封印の迷宮〉は誰のものでもない――許可さえ取れば誰でも入れる場所である。

 その内部で、ある特定の勢力を排除するために、公教会が肩入れしようというのだ。


 キリエ枢機卿にとっては苦渋の決断だったろう。

 致命的な結末を退けるためのやむを得ない措置。迷宮内部という密室で行われることもあり、キリエ枢機卿は攻略部隊の増員を許可した。


 人員には信頼のおけるものが選抜されている。彼らには、魔王復活の兆しを何としてでも防ぐための任務、という説明がなされた。


 先頭にはクラリス、フィセル。

 殿はテオ、リーネ、レイリィが務める。

 脇を固めるように騎士団員が周囲を警戒、輜重を担当するものは真ん中に入る隊形だ。


「教団の奴ら、かなり派手にやっているようですね」

「ええ。……私共も、このようなものは初めて見ます」


 ちょうど入れ替わりで探索を開始したためだろう。

 教団信徒のしかばねと思しきものが、時折り通路に転がっている。

 それを見て表情をしかめる騎士団員――いたましそうに眉をひそめるクラリス。


「いつもは魔物に食われてたんだろうね。……まぁ、予想通りの使い捨てってわけだ」

「……なんか、みんな、喜んでるように見えなくもないかな……」


 リーネはその死顔を一瞥し、ぞっとしないようにつぶやく。

 あまり見るべきものではなかったというようにすぐ視線を逸らし、ただ前へ進んでいく


「目標は九十二層の下り階段、と仰っていましたが、何か理由でも?」


 目標地点はすでに全員が承知済み。だが、本日探索に加わったばかりのテオは内情を把握していない。

 その質問にはすぐ隣のレイリィが応じた。


「理由はある――階段手前の広間だな。そこは近辺の階層でも一番広い空間になっている。つまり多人数戦闘には都合がいい。階段を背に守りやすい構造でもある。〈攻略拠点〉が近いのも良い点だ。いざとなれば逃げることも可能だ――その時は私が足止めを致そう」


 彼女の言葉に騎士団員たちが呼応する。

 背負わされた役目のためか、彼らの士気は高かった。


「――この度の指揮権と責任は私のほうにございますので、その点、どうかご承知おきを。勝手な行動は謹んで下さいますように。ですが、捨て石のように扱う行為は看過し得ません。いざという時には逃亡を許可します――我々には、一人でも事実を報告する人間が必要なのですから」


 クラリスは彼らに釘を差しつつ、端的に言う。騎士団員らを代表に、麾下の部隊員はそれぞれに頷く。

 もっとも――もしこの一行が全滅するようなことがあれば、もはや打つ手はなにもないだろうが。


「まぁ。私とテオの二人で迎え撃てば、一矢くらいは報いられるさ」

「であれば、良いのでしょうけども」


 テオはそれほど楽観的にはなれなかった。

 修行を積んだ後であれ、彼女はリグの強さ、そして恐ろしさを誰よりも知っている。


 だが、今のフィセルの言葉で勇気づけられたものは少なくないようだ。

 フィセルはアルバートと、テオはエルフィリアを打倒した人物なのだ。そのことは公教会の人々にも知れている。この二人が協力すれば、滅多なことは起こるまい――という見立てに相違ない。


 テオは先日、ユエラから与えられた忠告を思い返す。


『例え一矢を報いれずともそれで良い。あやつの本気を、全力を引き出させるが良い。そしておまえが生きて帰ってこれたらば――――三度目は無い。であろう?』


 初めからそれがユエラの狙いだったのかもしれない。テオは思う。

 テオはおそらく、全力のリグを知らない。にも関わらず、ぶっつけ本番で打ち克とうというのはあまりに無茶である。

 だからユエラは、一度でも全力のリグと相対する機会を作り上げたのではないか。


 ――――ユエラ様の意図を推し量ろうなどおこがましい。


 テオは軽く頭を振り、後方に警戒を巡らせる。

 いずれ来るであろう相手より、まずは目先の危難に目を向けねば、と。


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