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エピローグ


いつの日か終わらせてたのを放置してました……申し訳ありません。

一応新しい書き方に則って『ー』を『─』に変えています。




─メイリーシュ屋敷(レイの部屋)




起きてすぐ、違和感とホールド感が体中に満ちた。

がっしりしっかりと、誰かに引っ付かれてる。


「…………」


俺は確か昨日、1人で寝た……ハズ。……あれ? どうだったっけ……。それはさておきこの男は素っ裸で俺に抱きついていた。おまけに俺も素っ裸。

下半身に違和感を感じるので何かされたのは間違いない。


「おはよう、レイ」


どうやらこの変態は起きていたみたいだ。

無視したけど頭を撫でられたので、顔を少し見て向きを戻した。


「起きたてのレイはいつもより更にもっと静かだね」


布団より暖かいこの変態テリトルのお陰で全然微睡みから目覚めない。

正直、しばらくこうしていたい。だから何も話さずぬくぬくしているんだけど……。テリトルは寂しがりだからちゃんと反応してあげないと死ぬからね(俺が)。そろそろ起きないと。


……でももうちょっと。あと5分だけ。


「……テリトル、あったかい」


「レイは本当に起きるのが苦手だね。でもダメだよ、これ以上は僕が理性を保てなくなる」


人が寝てる内に勝手にシた癖にこの男はなにを言ってるんだ。……でも、一時を楽に走ってこの気だるさが増加するよりは素直に起きた方がいいかも。


…………。…………。


テリトルが俺から離れてベッドを降りたから俺も起き上がろうとしたんだけど…………全然起き上がれない。

俺が思っている以上に昨晩は大変な事になっていたみたい……。


「起き上がれないんだけど」


「あぁ……ごめん。調子に乗りすぎた」


そう言ってテリトルは俺の身体を起こし、ベッドに腰掛けさせるようにさせた。


こんなになる程で俺が途中で目覚めなかったって事は……。


「もしかして俺、昨日の記憶が無い?」


「はぁ、何事も無かったかのような顔してるからもしやとは思ったけどやっぱりね……。昨日のレイは本当に凄かったのに、覚えてないなんて」


「す、凄かった?」


思い出しちゃいけないビジョンが脳をガンガン叩いてきた。

ああああ、だめだめ! 思い出しちゃダメ!


「昨日を期にオープンになってくれると良かったんだけど、まぁ今の君も尊いレイだからいいか」


危ない、俺じゃない俺を思い出すところだった。俺がそんな……自分から大変な事をしたなんて分かったら色々辛い。

……事実が事実なら手遅れだけど。


「さて、動けないだろうレイ? 僕が服を着せてあげよう」


「え? う、うん」


いつの間にか身支度を終えていたテリトルに、俺はされるがまま服を着せられた。

里親に育てられていた時のような、子供感というか妙な敗北感みたいなものを感じてなんとも言えなくなった。


着せられた服は簡素だけどサラサラスベスベで妙な肌触りの真っ白なワンピースだ。肩が出てるせいで良く言えば華奢、悪く言えば凄く弱そうな身体が全然隠せてない。

パンツは穿いてない。テリトルがガンガン破くから底をついていたみたい。買い足すようにさせないと。


「レイ、覚えてないのは昨晩の事かい? 昨日の事かい?」


テリトルは意地悪な質問をしてくる。

昨晩の事はまぁ記憶が飛んでしまったが、寝るより以前ならちゃんと憶えている。


「憶えてないならもう一度やりなおそうか? お嬢様♪」


「お、憶えてるっ! それやめて!」


特別な日とか言ってお嬢様と執事ごっこをさせられたのは昨日の事。それはただのお膳立てで、昨日は本当に特別な日になった。

ここに住み始めて2年は経っただろうかという昨日のこと、俺とテリトルは本当の意味で男女の仲になった。


今でもちょっと現実味が沸かない。

でも、確かにテリトルは俺を好きと言ってくれて、俺もテリトルを好きと認めた。ここに来た時ではまず考えられなかったような未来を俺は今歩んでいる。


「本当に? じゃあレイからキスしてよ。そしたら認めてあげる」


「…………! ……テリーきらい」


「ふふ、昨日のレイは僕の事を嫌いって言った後何て言ったっけ」


昨日の事を思い出して体中に熱いものが沸いてきた。恥ずかしすぎて死にそうだ。


「レイって話さなくても何考えてるか伝えてくれるから便利だな」


「キライ! ……んむぅっ!?」


照れ隠し。そんなの自分でも分かってる。

そう思いながら嫌いと突っぱねたら口を口で塞がれた。


軽めのキスが終わってテリトルの唇が俺から離れる頃には、俺は体中が硬直して動けなくなってしまった。


「……テリー、ごめんなさい」


自然と口が動いた。

俺はもうテリトルが好きと認めているのに、行動で示せない。それがとても申し訳なかった。テリトルはいつもなんだかんだ許してくれるから尚更申し訳なかった。。


「……レイのそういうところが、僕を寛大にさせるんだ」


「……?」


優しいけど……寛大……? かなぁ?

いや、本来奴隷の如く扱われてもおかしくない俺に寵愛を与えてくれるだけでも凄く寛大なのかもしれない。……ちょっと扱いが性処理奴隷じみてるけど。


「自分でいうのもなんだけど、僕は昔からそこそこモテるんだ」


「うん」


テリトルは俺を連れて色んな所へ行ってくれた。


魔界は真っ暗な所だと勘違いしてたけど、単にテリトルが暗闇が好きだから屋敷の明かりを点けないだけで魔界の住民は普通に明かりを使う。

ただでさえ真っ暗な魔界だから街は遠くから見たらキラキラしてて、実際に街中に入ってもキラキラしていた。


テリトルは街中では自慢するように俺を人形みたいに抱いて、魔界のデートスポットでは俺を抱き寄せるようにして練り歩く。

女性からの人を殺せそうな目線が飛んでくるものだから、異性交友に疎い俺だってテリトルが誰かのターゲットだということは察せた。


こうやって賞賛するのも変だけど、テリトルはカッコいい。カッコいいし屋敷持ち。モテない訳が無い。

あぁ、未発達な女の子を性的に虐める酷い欠点があった。でも女性はそういうケモノに惚れるんだよね。……俺の勝手な偏見だけど。


「素直に認められても困るよ。嫉妬してくれなきゃ」


たまに、テリトルもこうやって可愛いことを言う。

そんな事を言われると俺も不思議と嬉しくなる。結構毒されててヤバいよね、俺。


「嫉妬なんてしない。…………」


信じてるから。そう喉元まで出てきて押し込んだ。

さっきは謝ったけど、やっぱり好きとか信用とか、そういうのはまだ前面に出せないみたい。


「ふふっ、レイが心の準備を済ませるまで僕は待ってるよ」


テリトルは読心術でも持ってるかのように俺の考えを簡単に見透かしてくる。

そんなんだから、なけなしのプライドなんかどこかに捨てて思いっ切りテリトルに飛びつきたい。でも我慢しなきゃ。

我慢というより怖いだけだけど……。前へ進むって凄く大変な事だから……。


なんでこんなんなんだろう、俺。


「食事と身清めを済ませたら今日は出掛けようか」


そうだ! パンツ!


「テリー、パンツ」


「僕のパンツが欲しいのかい? 穿きたてだからレイの望む匂いは…」

「違う、そうじゃない」


「冗談だよ」


油断も隙も無い。フツー女の子にそんなエッチな会話しますかね?

……慣れたけど。慣れたくはなかったけど。


「それもあるから出掛けた時に買おうと思ってるんだ。それまでは……まぁ我慢してくれ」


「ズボンは無い?」


「今までレイにズボンを穿かせた事はあったかい?」


「……わかった、我慢する」


スカートの方が色々手っ取り早いからって理由でズボン系のは出された事なんてなかったからね。予想はしてた。

テリトル曰く『ズボンは脱がすものであり破くものではない』らしい。スカートは脱がす必要が無いから良いとも言ってた。……結局脱がす癖に。

思い返すと、なんでパンツなら破いていいのか今の俺には分からない。


「心もとないなら魔法の衣を応用してレイ専用の即席パンツでも作ろうか?」


「そんなことが出来るの?」


「出来るよ。下着に使う者は少ないから見られたら特殊プレイか何かだと勘違いされるけどね」


「……穿かないよりいい」


「そうか、じゃあ出かける前には着けてあげよう」


「ありがとう」


「元は僕が悪いんだ、レイがお礼を言うことはないよ」


そう言ってテリトルは俺の頭を撫で、そのまま俺の身体を抱き上げた。


「ご飯にしよう。動けないだろうから運ぶよ」


「……ありがとう」


「前からだけど……なんというかレイって凄く良い子だね。全部本性かい?」


「……うーん、多分?」


自分の心が変化した自覚はない。……ということは今までの俺の行動はだいたい素だったと思う。


「そこがレイの良いところなんだけど……なんだかお外に出すのが不安になる欠点でもあるなぁ」


あぁ……テリトルが子供を心配する大人の顔をしてる……。


「今はテリーが守ってくれてるから大丈夫」


「うん、そうだね」


ホントの気持ちなんだけど、ちょっと臭いかな? なんて考えていると、テリトルは俺を優しくベッドに降ろした。


「テリー、ご飯」


やりすぎた。

諦め半分期待半分のご飯催促も虚しく、テリトルの目はさっきまでとは打って変わってギラギラとしていた。


「罪作りなレイ、可愛いのが悪いんだからね……」


今日はいよいよテリトルに運ばれての移動になりそうだなぁ……なんて思ってしまうくらいに今日の俺は諦めが良かった。


やっぱり……好きなんだもん。

好きと認めた次の日なんだもん。

ちょっとくらい身を任せて、身を許してもいいよね?


「好きだから……テリーが好きだから、いいよ……」


両腕を差し出してOKのサイン。

それは、好きとか愛とかを貪る淫らな営みの開始の合図だった。





─魔界の街メルカ




魔界も人間界と同じでコミュニティを一括りには出来ない。要するに街がいくつかある。ここはその内の一つのメルカ。

魔界はとても不思議な所で、街は造ったのではなく『あった』らしい。点在する街は伝承の中の街に似ている事から魔界は世界の中でも極めて特別な所だと魔界の学者は考えているらしいけど、真相は定かではない。


メルカは光を放つ魔法の石を利用した『街灯』なるものが街の色んな所にあり、空は暗くても街中は人間界の昼と変わらず常に明るい。俺が人間であることを知っているテリトルは気を遣ってよくここに連れてきてくれる。


結局、屋敷を出るのは昼過ぎになってしまった。

俺はもはや立つ事さえ難しい程に足腰がおかしくなっていて、今はテリトルにおぶさって運送されている。

端から見れば微笑ましいものかもしれない。


「テリーは何で歩けるの?」


昨日の今日と身体の負担は凄いだろうに、テリトルは平気な顔で俺をおんぶして歩いていたので、気になってそんな質問をしてみた。


「僕は全くもって平気だからね。レイが弱いだけさ」


「そうなの……」


朝ご飯も食べず昼前までずーっとしてたというのに……。魔族凄い……。


「レイ、本屋には寄ってくかい?」


「あ、うん」


街の中道にある本屋さん。テリトルが興味本位で俺を連れたのが切っ掛けで、たまに寄るようになった。

本というのは中々に高価で、冒険者時代は興味はあってもほとんど触れなかった。それを買ってくれるというのだから、遠慮するほど大人ではない俺はありがたくその行為に甘えている。


人間界の本、魔界の本、そのどちらか分からない本。魔族の保護者がいる身としては客観的もとい他人事のように見て取れる価値観や考えの違いがよく見えてとても面白いものが多い。

なんだか俺に似たような境遇の子を描いた物語もあったりして、世の中広いなぁと関心したりと飽きがこない。


なんだかんだテリトルと居ない時間というのは割とよくあるので最高の暇つぶしアイテムとなっている。




今日はテリトルが本を選んだ。

タイトルは『人形戦争』。一体の人形に狂わされたかのように欲求する人々が争いあうという、魔界にまつわる訳の分からない神話の1つを大げさに取り上げた内容の本だそうだ。


端から見た俺が何かをじっと見つめてる時の姿がまるで良くできた人形の様だったからという理由で買ったらしい。

業の深い神話もあるもんだなぁ。と思いつつちょっと読むのが楽しみだったりする。


「僕が昔読んだことのある物語なんだ。今思い返すと案外実話だったのかもね」


「どういうこと?」


「レイを見てたら思ったんだ。人形も良いよねって。そういうことさ」


な、なんだそれ……。


「もしレイが人形だったとしても僕は全力で愛してたと思う。そういうことなんだよ」


俺はあのハードな夜の被害者となった人形を想像して寒気がした。


「可哀相に……」


「僕も昔はそう思ってたんだけどね。先人というのは中々に業が深くて良い趣味を持ってると最近は思うようになったんだ。……遠出用に1つレイの人形でも作っておこうかな」


「やめて」


……というか遠出用って何に使うつもりなんだ。


「大丈夫だよ。もう1日でもレイに会えないのは辛いから、ちゃんとレイを持ってって使うよ」


ああやっぱりソウイウこと……。

あ、でもテリトルにソウイウ人形を持たせておけば俺の負担が減って街中をおんぶされる介護生活も少しは良くなるかも。


なんて考えていると、煌びやかな衣装に身を包んだ紅い髪の女性が現れた。

身体が強ばってしまったのは恐らくテリトルにも伝わってしまっているだろう。あまり弱みは見せたくないんだけど……。


「あら、ごきげんよう。テリトル様」


挨拶しながらチラチラとこっちを見てくる女性。その目線はあまりにもの鋭さで、なんかの魔法かと思えるくらいにギラリとしていて俺を強ばらせた。


この人に限らずテリトルに話しかける女性は大抵、この殺人的な視線を向けてくる。

隙あらば取って食われそうな恐怖が身体をざわつかせ、結果テリトルに隠れてしまうのであって…………断じてテリトルに甘えている訳ではない。


「ごきげんようヴァスグ嬢。貴女に冥界王の祝福のあらんことを。それでは失礼」


ヴァスグ嬢……まぁ魔界のヴァスグ家という貴族階級の娘だからヴァスグ嬢。敬意があるのか余所余所しいのかと聞かれると、テリトル的には後者らしい。


テリトルは短すぎる定型文を述べるとそのままヴァスグ嬢を通り過ぎようとした。


「あっ、ヴァスグ嬢だなんて家名で呼ばないで欲しいですわっ。フェイルと呼んで欲しいですわ」


片手だけ挙げて返事もせず立ち去るテリトル。あんた何者だよっていつも思う。わざわざ人間界まで来て人攫いするくらいだからただの変わった魔族ってだけだろうけど。


聞いて驚いたんだけど、テリトルは女性を名前で読んだ事はほとんど無いとか。貴族の女性に言い寄られても別にって感じだから遠回しに突き放してるんだってさ。


〈そこの白いの!!〉


頭に言葉が流れてくる。これはテレパシーだ。

この人と会ったら毎回去り際に色んなお言葉を頂くんだけど、その……恐い。


〈安定は長く続きませんわ! 今に見てなさい。その座は他の誰でもない……私が頂きますわ! 覚えてらっしゃい!〉


毎度毎度の事なのに身体が震えた。


なんで被害者の俺がこんな告げ口を毎回聞かなきゃいけないの……って最初は思ってたけど、テリトルは女性人気が凄いから仕方ないと思うようになった。

テリトルの近くに居るだけでテリトルが好きな女性からしたら罪なのに、身体を付けて街中を練り歩かれたらそれはもう一大事だ。下手したら文字通りの殺人光線が飛んでくる。


「罪作り。最低」


「なんだいレイ? それは僕に言ったのかい?」


「どちらかと言うと……自分に」


「なるほど……そうかもね。早く素直になっちゃいなよ」


……見抜かれてる。

俺がもっとはっきりしてれば、もっと自信を持ってテリトルを好きだと思えれば……色々辛い思いをしなくてもいいのに。

そう考えながら口に漏らせばテリトルはあっさり見抜く。


そんなテリトルに、恐らく許してくれるであろうテリトルに更に甘えてしまう。


「テリー……ごめんなさい。意気地なしで……」


「気にしないで。ゆっくりでいいから、僕は待ってる」


テリトルの優しさに負けるのか、テリトルへの罪悪感に負けるのか……最近そんなことばかり考えてる気がする。


「…………」


「テリトル様っ! お会いできて嬉しいですっ!」


「やぁアプロリア嬢、良いドレスだね」



「て、テリトル様……。今日はお暇な時間はありますか……?」


「ネイヴァー嬢、ごめんね。今日は空いてないよ」




「…………」


こうして街を歩いていると、次から次へとテリトル大好きな女性が湧いては話しにやってくる。


俺は黙りを決めてテリトルにへばりつく抱きつき人形的な無機物と化する事でトラブルを避けていた。

なのにテリトルときたら俺の太ももを街中ずーっと愛撫していた。反応すら許されない状況下で俺を弄んでるんだろう。


際どいエリアをねちねちやられ続けたものだから、街を出る頃には買ってもらったばかりの黒い下着も少しジメジメしてる……気がする。

昨日の今朝で散々したのに。……案外、俺の身体も魔族級におかしいのかもしれない。


それにしてもあの女性方……なんであんな容易く好きを表現できるのかな……。好きって言ってなくても表に溢れてるって凄い。


「……女の子の心、知りたい」


ボソッと声が漏れた。


「レイ、愛は直球。僕を前に遠回りなんてしなくていいんだよ。遠慮する事は何一つない」


「…………」


なんでこんなに耳が良いのかなテリトルは……。


「今日のテリトル、色んな人から『好き』を貰った」


「嫉妬かい?」


「ち、ちがう」


テリトルはモテて当たり前。だから嫉妬もなにもない。だから違うと言ったものの……絶対に嫉妬してはいないとは言い切れない。

嫉妬してないし、してる。矛盾してるけど、どちらも嘘ではない。


『テリトルは俺が好き』という明確な証拠のない自信と『テリトルが他の子を好きだったらどうしよう』という不安が共存してるから生まれた矛盾だと俺は思う。


……なんて、変なこと考えてないとテリトルに見透かされる。見透かされた上で弄ばれる。

俺も酷いけど、やっぱりテリトルも大概だな、うん。……そう思わないとやってけないよ。



★ ★ ★



街を出た。ふと後ろを見れば、宝石のように輝いてる街が小さくなっているのが分かる。

帰り際にはつい後ろをチラチラ見る癖があるので、街の見え方から今進んでいる方角が屋敷へ向かってない事に気付いた。


「どこ行くの?」


「んー、内緒」


「……意地悪」


「意地悪じゃないさ。ほらレイ、前を見て。ちょっと見上げてごらん」


テリトルに言われるままちょっと顔を上げた。

何もない暗い空に一本の光の筋が上がっていく。筋は空高く登ると纏まりだし、一つの輝く珠になった。

その現象が沢山起こり、ここら一体の空がまるで……


「星空みたい……」


思わず声に出るくらい見とれてしまった。

真っ暗で何もない魔界の空で作った輝きの集会。とにかく綺麗だった。


「人間界で育った者にその台詞を言われると職人達も喜ぶだろうね」


「……これ、作ってるの?」


「そうさ。魔界人にとって、人間界の空は憧れなんだ。変わるのに変わらない、誰のモノでもなく皆のモノである。そこには色々なものが詰まってるんだ。だから魔界人達は立ち上がり、似せたものを作った。結構前からある魔界の文化だよ。彼らはよくこの辺で練習してるんだ」


ロマンがあってとっても素敵、素晴らしく平和的。そんな感想が出てきた。間違いなく俺のエゴのある評価だ。


「魔界が少し好きになったよ」


「僕が求めていた以上の最高の答えだ。レイは本当に良い子だね」


テリトルにそう言われると俺も嬉しい……けど。


「……んっ……テリー、手で台無し」


そんな入念にお尻を揉まれるとその……あの……色々困る。街中での『焦らし』が結構効いてるみたい……。


「輝く空の下でってのも悪くないかもね…………って、そんな嫌そうに嬉しそうな顔されると反応に困るよ」


「えぇっ……?」


嫌そうなのは分かるけど嬉しそうってどういう……あぁダメ、理屈を考えるのは危険だ。俺は今おかしいんだ、そう決め付けよう。


「レイ、真面目な話をしよう」


「う、うん……」


テリトルの出す雰囲気で俺もこれが真面目な話だと感づく。

少しの間を置いて、テリトルは口を開いた。


「僕は君と正式に結ばれたい……結婚しよう」


「…………ぁ……え?」


返す言葉に困って何も言えなかった。あまりにも真っ直ぐな告白に、俺の思考は凄く鈍ってしまった。


妙な合間。テリトルが俺の返答を待っているのに気づいた。


「……上手い言葉が見つからないよ」


心の底からテリトルを好きと言う必要の無い、相思相愛なのは分かってるし行為はしたことあるけど凄く曖昧な今の関係。はっきりとしないむず痒い今の関係。

俺はそれが好きでもあった。俺がテリトルを見なくてもテリトルは俺を見てる。そんな俺だけが楽でいられる、いわば逃げの関係。


結婚してしまえば……俺がテリトルを好きと本格的に認めてしまえば、今までのようには関われなくなってしまうかもしれない。でも、悔しいけど俺もテリトルが好きだから結婚したくないかと聞かれれば当然したい。

でも……でも……わかんないけど怖いんだ。一歩踏み出す事が凄く怖いんだ。


「わかるよ、レイは臆病だから今を守りたいんだね」


俺の意をテリトルはあっさり汲んで言葉にする。俺は頷いて返した。


「……だけどね、僕は怖いんだ。レイを見ていればレイが僕を好きでいてくれているのは何となく分かる。でもそれだけじゃダメなんだ。確証が欲しいんだ。レイが僕を好きだという確証が」


それで結婚か……。

テリトルにもテリトルの不安があるんだね……。


………………。

…………………………。

……………………………………。


分かった、分かったよ。今回は俺が悪い。俺が譲歩しないといけない。

いいじゃないか、テリトルが俺を好きでいてくれればそれで。怖いけど怖くない。きっと大丈夫。


「テリーは俺…を……ずっと好き?」


一瞬、一人称を私と言おうとして止めた。前から変えようと努力はしてるんだけど、こういう局面で『ボク』や『私』と言えないくらいにはまだ変えられそうにはない。


「レイだから好きなんだ。ここまで気を許せる女を僕は君以外に知らないよ。この先君以上の女に出会う事も無いと思う」


……なんか不安な言い方だ。こっちにはテリーしかいないのに。

結局信じ合うしか無い。大丈夫、そう思うしか無い。なら俺はそうしよう。


「テリーを信じる。……もしもこの気持ちを裏切ったら……切る」


「何だか下半身に寒気が……。傷モノをレイに使う訳にはいかないね、ははは」


「……煩悩まみれのエロ魔人」


「そうだね、ここでする?」


「やめて」


「冗談さ。……話は戻るけど、つまりレイは……僕の告白を受け入れてくれるんだね?」


「うん……」


心の中でまでテリーを信じるだなんだと言いながら話をずらしてた事に気づいて自分でショックを受けた。

ホントに俺は……臆病だな。


「テリー……好き」


ボソッと零してテリトルに回している腕の力を強くした。テリトルがちょっと震えるのが面白くて、追加で『大好き』と呟いた。


「これはつまりアレだね。今日を着床記念日にしようって事でいいのかい?」


「ちゃくそー?」


「ふふふ……妊娠しようね」


「……っ!!」


またいつもの悪い癖が出てしまった。でも、テリトルが弱るとそこを突つきたくなるのは仕方ないよね。いつも負けてばっかりだからね。

……また今日も散々弄ばれる。ただ今日はいいかなって思った。妊娠は勘弁してほしいけど。


「お、お手柔らかに」


「心掛けよう」


ああ、これは明日も介護生活っぽいな……。遠慮しないテリトルが悪いんだから沢山甘えなきゃ割に合わないし気にしちゃいけないよね。


俺は片手をテリトルの頭に乗せて、そのまま撫でた。


「明日も要介護」


「最初からそのつもりだよ。任せなさい」


宙に浮かぶ光に背を向けて、テリトルは屋敷へと向かって歩き始めた。




END




響さんの日常が終わってからエピソードを追加して連載し始めるのもいいかなぁって思ってたら、エタりまくりで終わる気配が消え失せ始めてる……。


響さんの日常と星界の光は作者の文章力が最も低かった時期に生まれた作品なので要リメイクの筈なのですが、これじゃなかなかリメイクできませんね。

ノンプラトニック(仮題)の他にもう一作品を控えているのですが、そっちは書き留めも上手くいかずお蔵入りしそうですね。


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