胃痛の王子
グレゴリオは小さなため息を尽きながら、婚約者から差し入れられた胃に優しいという茶を飲んで少しばかり物思いに耽っていた。
(ロメリィ嬢は、常識では測れない。しかし正義感の強い人柄だ。盗賊を許しはしないだろう)
当時は平民であったリヒトを処分しようとしていた貴族に対し、怒りをあらわにしたロメリィの姿を思い出す。手にしていたグラスを割り、大理石も割り、竜の子としての存在感をむき出しにして威圧していたあの姿。……思い出すだけで胃が痛い。
彼女にとっては平民も貴族も貴賤なき命だ。罪のない人々を襲う盗賊のことも許しはしないと確信し、その処分に関してはすべての権限を与えてある。あのあたり一帯を彼女の私有地とすることで、かなり自由な裁量を下せるようにした。
(ロメリィ嬢は竜の子孫たるジリアーズ。あの竜眼を見れば、貴族ですらない平民はすくみ上る。……流血沙汰には、ならないはずだ)
貴族ですら彼女の威圧には気圧される。魔力を持たない平民ならなおの事。あの威圧感に平然としていられるのは、彼女が番と定めたリヒトくらいのものだった。
「グレゴリオ殿下、かの御方がお戻りになりました」
「そうか。……おそらく今回の件で訪ねてくるだろうから、支度を」
「はい」
どうやら盗賊の処分が終わってロメリィが戻ってきたらしい。全員捕獲したか、あるいは――。
(いや、ロメリィ嬢なら死なせることは……ないとは思うが……)
正しさを教えると言っていたのでせいぜい軽く痛めつけて教育を施した程度だろう。オーガたちの常識に、こういう卑劣な輩を死刑とする習慣があったなら、そうなっているかもしれない。だがそれでもロメリィが罪に問われることはない。私有地で犯罪行為に走った平民が悪いのだ。
(最悪は全員を死刑にしていることだが、ロメリィ嬢の性格を考えるとそれはないはず。だから気楽に構えろ、グレゴリオ。すでに胃を痛めてどうする……)
しかし何故か嫌な予感がしてならないのだ。ロメリィは常にグレゴリオの予想を超えてきた。そんなことはないと思いつつもやらかさないという確信は持てない。おそらく最悪な結果は起こらないはずだと何度も自分に言い聞かせ、ロメリィが訪れるまでの時間を気が気でない状態で過ごした。
「グレゴリオ殿下、ただいま戻りました。……顔色がお悪いようですが、お休みになられた方がよろしいのでは?」
「いえ、大したことはございません。よろしければ一服いかがでしょうか」
「では、お言葉に甘えて」
私有地での出来事について尋ねるべく、部屋を訪れたロメリィを用意していた席に座らせる。貴婦人らしい優雅な所作でカップを傾ける姿は生粋の貴族に見えるが、彼女はただ見た目を完璧に真似できるようになっただけで、その中身は依然として変わらずオーガの常識に生きている。
むしろもう、諦めて人間側が彼女に合わせるべきだというのが婚約者からのアドバイスだったが、貴族として王子としてガチガチの固定観念の中に生きてきたグレゴリオにはまだ難しいのだ。
「……その、視察はどうでしたか?」
「はい、盗賊たちはすべて捕らえました」
「……全員無事ですか」
「ええ、傷一つつけておりません」
ひとまずその返答にほっとした。やはり最悪の結果は招かなかったのだと安心して微笑む。全員無傷でとらえたのは、さすがジリアーズだ。リヒト以外の供はつけていなかったので二人で協力して――いや、ロメリィのことだから単独でやっていそうだが、とりあえずその言葉には疑いの余地はない。ロメリィならそれくらいできて当然だとグレゴリオですら思う。
(牢獄送り、のちに罪の重さによってそれぞれに処分を下すのが正しい。さすがのロメリィ嬢もこのあたりは理解しているはずだ)
だから全員捕えてきたのだろう。その盗賊たちをいまどこで管理しているかを尋ねることにした。
「して、その盗賊たちは今どこに?」
「私の村で教育しなおしているところです」
「……はい……?」
『私の村で教育しなおしている』とはいったい。言葉の意味が理解できずにしばし固まる。私の村というのだから、私有地の中に村を作るつもりなのだろう。
捕えた盗賊たちをその村の住人にするつもり、なのだろうか。だとすれば犯罪者に対し、そこまで甘い判断をするとは思わなかった。罰を受けさせず、住居を与える。それでは褒美も同然ではないか。
「ロメリィ嬢、相手は盗賊、犯罪集団です。それを住人として迎え入れるおつもりですか……? 罪は罰しなければなりません」
「ええ。けれど盗賊は皆年若い子供たちで、私たちよりも幼い者ばかりでした。そういう子供は更生施設に入るのでしょう?」
「……子供の盗賊団、でしたか。それは……はい、そうなりますね」
子供の目撃情報はあったが、大人が子供を危険な実行役にしているのだと考えられていた。まさか子供のみで構成された盗賊団だったとは――治安が悪くなっている証だ。行政を改める必要がある。それも頭の痛い話だが別の話で、グレゴリオの考えることではない。自分がやらなくてはならないのはロメリィの対応である。
「では、その子供たちを更生施設に入れずに住人として迎えたと……いえ待ってください、教育しなおしていると言いましたか?」
「ええ。更生施設に入っても、出てきた子供たちは犯罪を繰り返すのでしょう? ならば本当に正しく生きられるように、ちゃんと面倒を見なくてはならないと考えまして」
「なるほど……それは一理ありますね。教育係を現地で見つけ、任せてきたということでしょうか」
子供の犯罪者を更生させる難しさはグレゴリオも理解していた。環境が悪いから罪を犯す彼らは、生きるためにやっている。貧困や魔物の発生など原因はさまざまで、国が取りこぼしてしまったような者たちなのだ。
ロメリィはそれを拾い上げたいと考えたのだろう。……やはり心根が真っすぐで優しい人柄だ。これに関しては疑いようがない。
更生施設では足りないと、独自の更生教育法を実施しようと試みている。私有地での出来事なので、そのあたりの裁量はロメリィの自由だ。これならば問題はなさそうだった。
「教育係は信用できる者ですか? こちらでもその身元を調査した方が」
「信頼のおける方ですわ。親父殿……いえ、お父様を筆頭にオーガの皆に協力していただくことになりました」
「……父……オ……は……?」
「あの子たちを正しく導いてくださるはずです。きっと私のように、強い戦士になるでしょう」
屈強なオーガたちに囲まれて暮らすことになった盗賊団の少年たちの姿を想像し、グレゴリオは乾いた笑いをこぼした。更生施設の方がよほど精神的にも楽なはずだ。
……最悪ではなかったが、頭も胃も痛い。誰がこんな斜め上の発想をすると予想できただろうか。
(ああ、本当に…………婚約が解消されていてよかった……)
自分ではロメリィ=ジリアーズという人間についていけない。それをはっきりと自覚して笑うグレゴリオに合わせて、ロメリィも貴婦人らしくたおやかに笑う。
軽やかで空虚な笑い声がその場に響き、状況を知らない使用人が楽しそうな茶会だなとでも言いたげにこちらを見ていた。
グレゴリオじゃロメリィの婚約者は務まらないでしょうね、胃に穴があきます。
本日はコミカライズ更新日です。
よろしくお願いします!




