ジリアーズ領の現状
グレゴリオに呼び出された私は、難しい顔をしている彼から話を切り出された。
「ロメリィ嬢。……貴女に受け取ってほしい土地があります。現在のフェルガル領にあり、貴女の卒業後にはジリアーズ領となる予定の土地の一部なのですが……」
「それは構いませんが、何かありましたの? 殿下は顔色が悪いようですが……」
「まあ、その……色々ありましてね……」
胃のあたりを押さえているグレゴリオ曰く、ホロニャ山の付近に盗賊団が住み着いてから、治安は悪化する一方だ、という。
オーガが住んでいるという噂(事実だが)のために住民が逃げ出し空っぽになった村は盗賊の住処となってしまった。
ホロニャ一帯を含む土地の領主であるフェルガル伯爵は討伐隊を出しているものの、その盗賊は手練れであり、旗色が悪くなるとホロニャ山へと逃げ込んでしまう。騎士団が山に入り込むとオーガを刺激してしまいそうで捜索に二の足を踏み、手をこまねいている状態が続いている。
付近には大きな道があり、隊商や旅人も利用する。そこを盗賊に狙われるため、嘆願書も多く届いているが現在の気弱な領主では今以上のことができないのだという。
「説明をすればオーガたちも協力してくれると思うのですけれど……」
「……オーガと交渉をする勇気のあるものはそうそういませんよ」
「そうなのですか? ……いえ、そうでしょうね。今なら殿下がオーガの集落を訪れたことが、どれほど特殊だったのかと理解できます」
私を保護する交渉のためにグレゴリオはオーガの集落まで訪れた。多くの護衛を引き連れていたとはいえ、王族がそこまでするのは珍しいことである。……と、今なら理解ができる。
王族ですらない貴族が山に入るのもオーガと対面するのも嫌がるのだから、本当に異例だったのだろう。彼は貴族の中でもまだ思考が柔軟な方だ。
「盗賊、というのは……たしか、他者の財を奪って生計を立てるという者でしたか?」
「ええ、そうです。……犯罪者ですね。法から外れているため、法に守られることもありません」
オーガは盗みを働かないため、こういう存在にはなじみが薄い。食料を盗んでいく動物や魔物はいるけれど、同胞が誰かの物を盗むと言う感覚はいまいち理解できなかった。
食料が欲しければ狩りに出ればいいし、装飾品が欲しければ自分で材料を探して作ればいい。人間の国には金貨というものがあり、それは働けば手に入るし、それを集めればほしいものと交換もできる。奪う必要性が見当たらないし、何故誰かが努力して集めた財を奪うのかが分からなかった。
「何故そのようなことをするのでしょうか?」
「何故、といわれましても……彼らには教養がないのでしょう。奪うことしか知らないのです」
「そのような者がいるのですか……人間は数が多いために教育が行き届かないのですね」
なんと彼らは奪う以外の糧を得る方法を知らないらしい。それはいけない。知らないならば、教えてあげなくてはいけない。
私の領地になる場所に住んでいるというのなら、つまり私を長とした村の住人の中に正しい道理を知らない者がいるということだ。それならば導く立場である長として、教育をする必要がある。しかし私はまだ学生であり、爵位を授けられてもいないので領主となることができない。
そこでホロニャ山を含む一部地域をフェルガル領から切り離し、私有地として私に与えるという方法が提案された。
(私有地というのはつまり……庭を含む自分の家のこと。家の中の出来事は、家主の裁量で決まるものだ)
私を卒業前に領主にするのも、学業と領主業の両立も難しいからほんの一部。ホロニャ山とその麓をロメリィ=ジリアーズの所有地としてしまい、その地域だけであれば私の一存で何でもしていいという許可を出し、私有地内にいる盗賊の始末もつけてくれないかという話である。
「ロメリィ嬢。盗賊には討伐令が下されています。私有地内にいるなら捕まえて牢に入れ処罰することも――他の処分を下すことも可能です。」
「ああ、法律というものですね。学んだことは覚えています」
「ええ。……今回は私有地でのこと。どのような処罰が下されたとしても、誰も口を出せないでしょう」
どのような行為が罪となるのか、その罪に対しての罰を決めるのは本来なら領地を治める者の裁量による。場所によっては非常に重い刑を与えられたり、逆に軽微な刑で済んだりすることもあるのだ。それを決めるのは領主の仕事の一つであり、領地の治安はその仕事の成果である。
今回のことはその練習と思えばいい。誰の治める領地でもなく、私の持っている庭での出来事。多少の失敗があっても問題ないとのお墨付きも貰っているため、自由にやっていいというわけだ。
「私が処理してみましょう。彼らに正しさというものを教えてさしあげます」
「ええ、それがいいでしょう。騎士が必要な場合はいくらでも要請ください」
「必要ございません。足手まといになりますし、私一人で充分ですわ」
「…………あ、はい。そうですね……では私有地の手続きを進めておきます」
最近のグレゴリオは何か力が抜けたような笑顔で私の提案を肯定してくれる。以前はもっと令嬢として修正するべき点を述べられていた気がするが、最近それが減ったということは私が完璧な令嬢に近づいたということなのだろう。
「ジリアーズ家は本来、広い領地を治めていました。しかしジリアーズ家が不在となり、その土地はすべて他の貴族に分配され、治められています。それを経験のない貴女にすべてお返しするのは難しく……」
「私はかまいません。常識の違う場所で育った私が、人間にとって正しい指導者であるとは限りませんから。ひとまずは……頂いた家を、整えてみますわ」
広い土地を治めることに興味はない。しかし、此度は故郷であるホロニャ山一帯の土地を与えられたのだ。ということは、その範囲であれば私が何をどうしても責められることはない。
オーガと人間がともに暮らせるような集落を作ったとしても誰も文句は言えない、というわけだ。
(ふむ、やりがいがあるな!)
準備が整ったら早速出かけよう。盗賊をやっている人間たちを教育し、そして――オーガ村の村人第一号となってもらえばいい。
私のやる気に満ちた笑顔に、グレゴリオも白い顔で微笑みを返してくれた。
ロメリィが正しさを教えてくれます。そう、正しさを…。
本日はコミカライズ配信日です。よろしくお願いします!




