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『書籍化』隣に住んでる聖女様は俺がキャラデザを担当した大人気VTuberでした  作者: 乃中カノン 
第3章

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第153話 答え合わせ

「まぁ、本人には都合がいいか……」


 勝手過ぎると明澄が漏らしたありのままの感情には庵も同意だった。


 個人事業主である以上は自分で決めて自分で責任を取るのは当たり前だし、強く口出しをするのは憚られる。


 ただ、全く誰とも関わらない職業ではないし、明澄の言うように他人のスケジュールにも影響を与えるだろうから、ある程度は相談も必須だろう。

 庵も彼女には言ってくれれば良かったのにとは思っていた。


「本当ですよ! 一言も相談もしてくれなかったのは流石にもやもやします。というか、病気とかもっと早く言ってくれれば、色々してあげられたかもしれないのに……」


 心配、怒り、苦悩、後悔、それからやはり何よりも心配が勝つようで明澄は苦しそうに吐露する。


 庵の心情的には、澪璃の気持ちも明澄の想いも分かってしまうから、どう言葉をかけるか悩んで「……負担を掛けたくなかったんだろうな」としか言えなかった。


「ねぇ? 庵くんはもしかして知ってました?」


 その質問は返ってくる答えによっては絶望してしまうのが感覚的に理解していたからだろうか、庵の顔を見るのを躊躇うように顔を上げながら明澄は問いを投げる。


 苦悶する明澄を見ると知らないフリをしてしまうのが楽なのだろうが、罪悪感を抱いて後まで続く痛みを残す、それは良くないと庵は今だけの痛みにするべく首肯した。


「……知ってたと言えば知ってた。三月に会って、その時に隠し事してるのは気付いてたし、尋ねたらその内明かすって言われた。多分、それが今回の件だと思う」

「そうでしたか。あの子、私にはなんにも言ってくれないんですね」


 庵の返答に明澄は『このストリームは終了しました』と、PCの画面に表示される配信の残滓に視線を戻し、今日のどの時よりも苦しそうに、そして悲しさと寂しさを吐き出した。


 何年も共にやってきた幼馴染みを信頼しているし、大事な事はなんでも話せる仲だと思っていたから、大きなショックだったのだろう。


「俺も全部知ってたって言うよりは、推測の方が近いよ」


 眉をへの字に曲げ唇を震わせ、ぎゅっと膝の上の手を握る明澄をこれ以上は見ていられないが、庵だって殆ど聞かされてはいない。


 ただ今の配信で話した内容を庵は予想出来ていた理由がいくつかある。話せば明澄がきっともっと苦しむと承知していながら、迷う果てに話せばなるまいと「推測?」と真っ直ぐこちらを見てくる彼女に庵は考察を述べ始めた。


「本当に最近気付いたくらいだけどな。澪璃のやつちょっと前から海外勢とよくコラボしてたし、その時は英語のクイズゲームをやってたりしたけど、ENのライバーに聞いてたのは海外の生活についてとか日常会話の基礎とかだったんだよな。あれで海外に行きたいんじゃないかって頭に過ぎった」

「全然知りませんでした。元から好奇心旺盛だったので、それでEN勢と遊んでるのかなと」

「それもあっただろうな。ただ俺的に決め手は、英語は基礎でしかないからって言ってたのがあって、これイギリス以外のヨーロッパとかの第三言語が必要な土地に行くつもりだなって。多分、英語と同じゲルマン語族圏のドイツかオランダだな。あとは北欧。英語の基礎が出来てれば、比較的楽らしいし」


 彼女の配信で行っていた英語の学習内容は実用的で、語学習得に対し真剣に見えていた。


 英語の学習配信はここ一、二ヶ月で始めたようだが、海外勢と頻繁に絡み始めたにしてはそれなりに話せていたから、数ヶ月か年単位で学習していた節があるというのもあった。


 海外旅行への願望にしては、力の入れようが本気に感じていたのだ。


「彼女の病気ですけど、こっちも気付いていましたか?」

「病名までは特定してなかったよ。普段から観てたリスナーは薄々分かってたみたいだけどな」

「でも、庵くんも病があるとは推察してたんですよね?」


 庵への質問のはずなのに、それは自分を責めるような言い方だった。


 しかし無理のない苦しみでもある。澪璃の配信を継続して視聴する程度でリスナーは異変に勘付いていたし、分かり易い部分があったのは事実なのだから。


 澪璃の行動や彼女に繋がる情報から一度脳裏に違和感を浮上させたら、澪璃の配信をあまり見ない庵でも気付いてしまった。自分だけ友人の異常を察せなかった、それが明澄をより苦しめるのだ。


「これもつい最近の話だよ。この間、颯人のやつが幼馴染みとの病院の帰りに、英語を喋ってるバチバチスタイルの金髪女子がいて驚いたって言ってたろ?」

「そういえば森崎さんが言ってましたね」


 庵に情報を与えたのは、先日夏休みに遊ぶ予定を通話していた時に出た話題だった。


「うん。あれの外国人みてぇなって言い方でピンと来た。驚いたのも日本人の顔してたからだろうな。で、明澄の母校……颯人の幼馴染みと澪璃の学校の近くには大病院がある。もし澪璃が病を抱えて通院してるなら辻褄が合うし」

「でも、澪璃さんみたいに目立つ人が同学年にいるのなら、冬霞さんもすれ違えば気付くのでは?」

「彼女は病弱だし学校に通えても保健室登校とか通えても毎日じゃない可能性もあるし、うつ病の澪璃もあまり学校に通ってなかった可能性もあるだろ。だったら知らなくてもおかしくないし、そもそも颯人に嫉妬してそれを言うどころじゃなかったかもしれん」


 情報としてはそれだけでも庵にはもう充分だった。

 一致しづらい特徴が複数当て嵌れば、偶然と呼ぶ方が不自然だろう。


 勿論、絶対的な証拠にはなり得ないので不必要に明澄を不安にさせたりしたくなくて黙っていた。


「……なんで、なんで私は気付いてあげられなかったんでしょう」


 明澄は胸の前で爪が食い込む程に手を握りしめ、傷心の叫びから漏れ出た後悔を痛々しく小声で自責する。


 それを目にし耳にした庵は胸が潰れそうになりながらも、気を強く持って傷付いた明澄に寄り添うように抱き締めた。

 そうすれば、今にも泣きそうなのか明澄の震えが身体に伝播するように伝わってくる。


「これは自分を責めるようなことじゃないだろ。澪璃は明澄をよく分かってるからこそ隠せたんじゃないか?」

「でも、庵くんが気付くに至った情報は私も知ってますし同じ条件です。やっぱり、私は庵くんやあの子に敵わないんだ……ほんとに嫌になります。私じゃなんにも役に立てない……」


 自責はやがて明澄のコンプレックスを刺激した。庵にも澪璃にも殆ど聞かせなかった劣等感を発する。


 もういっぱいいっぱいで、庵に聞かせるつもりなんてなかったのに溢れ出していた。


 そう彼女にはそんなコンプレックスがある。


 明澄の成績は文句を付けられないし、運動神経も抜群だ。親しい人間以外の他人とは距離を置くが、優しいし普通に話す分には聖女様スマイルが張り付いている。

 だが、その優秀さを自覚し努力を誇りに思い、そして承認欲求は人並みにある。故に、自身より秀でた身近な人間に劣等感を抱いてしまうのだ。


 良くないと分かっていながらその感情は止められない。特に傍にいる庵のスペックの高さは嫌でも見せ付けられる。

 澪璃も庵も本人が必要だったり好きな事以外には本気でないのもあって隠れがちだが、才能に溢れ、発揮する時は眩いほどに輝く。


 自分に構わなくていいよう親を安心させるためという理由もありながらも、努力家でやるなら上を目指したい明澄にとって、それは憧れであると同時に嫉妬の対象でもある。

 それが今、この自責をきっかけにとめどなく表出しているのだった。


「そんな事言わないでくれ。もしそれ以上自分を卑下するならちょっと怒るぞ」


 苦しくて苦しくて仕方がない。明澄は今まで感じた事のないような押し潰される感覚で目の端に雫を溜め、叱る庵の言葉を聞いていた。


 また庵も本音で語りかける。自分が言ったところでなんて微塵も思わずに、ただ真摯に告げる。


「明澄には明澄のやり方で誰かを助けられてるだろ。現に俺はそうだよ。何度、明澄がいて良かったと思ったか。何回、明澄を凄いと思ったか。こんなに真剣に悩めるのがもう格好良いとさえ思う。明澄は明澄の良さを誇って欲しい」


 劣等感とは向き合わなければならない。憧れはいつか追いつくか決別しないといけない。

 だからこそ、庵はどちらかを迫る。願わくば明澄が前を向けるように。


 明澄は間違いなく庵を助けているのだから。思い出して欲しいとその手で明澄の手を包み込んで。


「…………ごめんなさい。結局、そうじゃないって言って欲しかっただけのかまってちゃんなんですよ、私。だけど、そんな私でもこうして肯定してくれるだけで今は……」


 長く間を置いて明澄の口から出たのは、彼女なりの満足だった。


 正直、人によっては不快感のある言い方だっただろう。明澄が聖女様と崇められるような完璧さを体現した少女ではないともう知っているが、彼女の嫌な部分はあまり表には出てこない。


 故に少しだけ庵はむっとしたが、何より彼女の善悪と良い悪いを全て含めて好きであると言い切れるし、全部を見せてくれるのが嬉しいとさえ思った。


「全てが上手くいくのは神が与えた才能じゃなくて、楽しみを人から奪った結果だよ。そしてそんなやつは居ない。みんな足りていないから認めて欲しいし肯定して欲しいんだ。それで得る充足感を人は糧にする。明澄は正常だよ」

「ごめんなさい。ほんとにそうですよね……それに今は澪璃さんの心配をするべきなのに、自分ばっかりで」

「いいんだ。心が落ち着かない時に正しい判断なんて無理だよ。それにその理由は、明澄がそれだけ澪璃を思ってるからじゃないか。優しさが裏返って間違いが起きるなんてのはよくある。そして、変わりたいなら変わっていけばいい。でも俺はどちらの明澄もずっと好きだからな」


 庵だって明澄より優れているなんて思わないけれど、勝っている部分がないなんて勘違いはしない。


 間違うから正解を選び直せるものだ。明澄がどうするかは本人次第だが、その先の未来の明澄への気持ちもずっと変わらないだろう。


 それを誰がなんと呼ぶかは勝手だが、一片の曇りもなく庵は明澄を愛しく思うのだ。

 抱き締める腕を緩め、その肩に両手を置き、瞳を合わせて最後にそう囁いた。


 今にも消え入りそうだが「……はい」と明澄は噛み締めるように呟いて、一筋分だけ頬を光らせる。


「ま、なんにせよ澪璃には会っとかないとな。あいつも悪い、と言い切れないが互いに言いたいこと言っとかないと後悔する」

「会ってくれますかね」

「会わないつもりならこんなやり方をしないだろう。だから会いに行こう」


 ええ、と頷いた明澄から憂いが消えはしなかったが、彼女と対峙する覚悟は備わったようで、また傷付くと分かっていながらも、瞳は美しい千種色を取り戻した。

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