第152話 お知らせ配信
「あ、駄目だ。繋がらないです」
呼び出し音を案内音声がかかるまで聞いた明澄はスマホを耳から離し、発信を止め庵に向くと、そう言いながら首を振った。
澪璃が重大な報告を匂わせるライブ配信の告知をしたが、これまでに重要な話は明澄に通っていたのと、活動に関しては特に相談してくるので心配で急いで帰ってきたところだ。
それで彼女と連絡を取ろうとしても、メッセージアプリの通話、チャット、電話番号に直接かけても反応がない。
明澄のマネージャーである瑠々に聞いても、知りませんとだけ返ってきた。
「まだ配信まで数時間あるし寝てるのか?」
「その可能性はありそうなのがなんとも」
「ならあんまり重要でもないとかもありそうだな」
「けど、いくら彼女がいい加減な性格をしてるとはいえ、重大でもないのにこんな大仰なタイトルと黒背景白文字のサムネにしたりしないと思います。切り抜きや文字起こしも禁止してますし」
興味を引きたくて大袈裟な告知とかサムネにするのは配信者界隈ではよくある。ただ、そういった事例が増えてきているのもあって、荒れたり批判的な意見が飛び交うようにもなってきているので、彼女が所属するぷろぐれすのライバーは控えている印象だ。
だからこそ、活動に関する重大な報告などは曲解や拡大解釈、悪意のある切り取りなどされないように禁止事項を設ける場合は本当に重大だと推測出来てしまう。
そうもあって明澄は心配しているのだ。
「そうだな。あいつはめちゃくちゃしたりするけど、ファンの心配を煽るようなやつではないもんな」
「私たちにもなんにも言わないから、心配させてますけどね」
庵も明澄も澪璃が不特定多数へ迷惑をかけるような人間ではないとそれだけは同意見だった。
それでも、長く一緒にやってきた自分には話を通して欲しかったのか、明澄はチクリと不満げに口にする。
「本人の意向なら仕方ないよなあ」
「それでも何か一言あって欲しいものです。大事な幼馴染みですから心配してしまいます」
不満はあっても怒るよりも心配が先に来るのだろう。
明澄は、彼女の電話番号が映された発信画面やメッセージアプリのホームを行ったり来たりと、憂色を浮かべてスマホの画面を眺めていた。
「気持ちは分かるよ。でももう二人では活動してないし、明澄に何も言わないのなら現時点で干渉はしない方がいいんじゃないか?」
「確かにチャンネルは分けましたが、同期のユニットですし公式イベントや案件は彼女とよくやっています。庵くんも含めて三人の企画もありますし、活動に関する事なら今後のスケジュールに繋がりますので、話はしてくれないと困ります」
明澄は優しく、特に親しい相手には気にかけるし意外と踏み込んでくる。
きっとそれは幼馴染みで親友の澪璃と恋人である庵くらいだろうが、少ないからこそ大切にしたいし失くしたくなくて大事にしたい気持ちがあるのが、常日頃の明澄から感じ取れる。
だから彼女はきちんと関わるという選択肢を取るが、逆に庵は信頼して待つという判断で個人を尊重してあげたいと考えている。
別に反対意見の明澄の気持ちを蔑ろにしたい訳でないから、愁眉を寄せているカノジョに「それ含めてなんじゃないか? だから、とりあえずは待ってやろう」と隣に座り肩を寄せて宥めにかかった。
そうすると明澄は一先ずは納得したのか「そう、……ですね。庵くんの言う通りですよね」と気遣ってくれた庵にちょっとだけ無理はありそうにも笑って頷く。
最終的には十八時からの配信を待つと決めたようで、明澄は庵の肩に身を預けた。
# # #
『はい、こんばんわ。ぷろぐれす所属の九重零七です』
:こんのえ
:こんのえ
:こわい
:引退か
:きた
:普段とテンション違うの怖すぎる
:ソロ配信の開幕敬語とかいつぶりだよ
:こんのえ
リビングのテーブルにノートパソコンを広げて、澪璃のライブ配信を待っていると、BGMも待機アニメもなく初っ端から静かな雰囲気の挨拶でそれは始まった。
立ち絵の2Dモデルも、最近は最新の衣装であるパーカー付きで露出多めな部屋着スタイルを多用していのに、今日は初期の薄青のミディアムヘアと首にかけたヘッドフォン、緩いTシャツに合わせた足を丸出しのショートパンツ姿。
明らかにいつもとは違う出だしをしたとあって、視聴者は身構えているようだ。また庵の隣に座る明澄も配信が始まると、お腹に置いて組んでいる手は見るからに力が入ってたのが分かるように、固唾飲んで見守っていた。
『よし、始めようか。まー、こういうお知らせってぷろぐれすに入る前の報告以来かな。で、心配させてごめんね。あと、概要欄とかタイトルにも書いてるけど、この配信は切り抜きと文字起こしとかは一切禁止ね』
:了解!
:いいから早く言え
:おけ
:わかりました
:了解です
『はい、本題入るね。もったいぶっても仕方ないから、もう言うけど。わたくし、九重零七は再来月の九月一日の配信をもちまして、本チャンネルでの活動を停止いたします』
:は?
:停止?
:休止じゃないんだ
:引退じゃなくて良かった
:お休みってことかな
「……っ、なんで……?」
動揺した明澄は口元を抑えつつ吃驚から声をあげた。
澪璃の発表の内容は覚悟していたとはいえ、やはり事前連絡がなかっただけに衝撃的だった。
コメントにあるように引退じゃなかっただけ良かったと捉えるべきなのかもしれない。それでも明澄の動揺は過去に一、二度しか目にしていないもので、庵はそちらの方に驚いたくらいだ。
澪璃からの発信を信じられずにいるのか、明澄はただ愕然と画面を見続けている。幾分でも安心を与えたくて庵は無意識に明澄の肩に手をやり身を寄せてあげた。
『あと一ヶ月での発表でごめんね。理由なんだけど、海外に行くからだね。留学です。来年の三月まで留学予定で、それに合わせて活動も停止します。実はENのマネさんとかライバーさんが現地での配信活動に協力してくれるって言ってくれてたけど、勉強に集中したいのでこの決断になりました』
:留学かー
:学生だもんね
:そういや英語勉強してたな
:ほんとに現役だったんだ
:いい事じゃん
:擬似EN勢になるか
:良かった
:短期ならいい休みになるね
:うわー留学で良かった
停止の理由が留学と判明すると、視聴者たちは一斉に安堵のコメントを流しており、明澄も比例するようにほっとした顔を見せる。
この発表は庵の予想の範囲を越えないから、こちらも一安心といった表情で彼女の配信を見れるようになった。
『また本チャンネルでの活動停止なので、たまにコラボという形で他のチャンネルにはちょくちょく出るかなという感じです。みんなに声を聞かせてあげたいし、案件とか氷菓とかかんきつ先生と色々やってるしね。ま、ライバーさんたちの好意になるから、まだ要相談で決まってはいないです。あと十二月にはうかまるとの周年ライブをやりたい気持ちがあるから、一旦十二月には帰ってきます』
次に澪璃が語った内容は希望を見せるようなものだった。
彼女は自由奔放さがあるものの、優しい少女なのでファンへの気遣いは欠かしたくない判断なのだろう。
たまに休止中でも定期報告としてメッセージを出す配信者もいるのでその形をとったのだろう。庵や明澄の名前も出すあたり、こちらにも向けてのメッセージに思える。
また明澄と澪璃は十二月デビューなので、二人による師走の周年ライブは年末の風物詩であり、そちらもやりたいと言うのだから、前向きな活動停止だと誰しもが捉えたはずだ。
明澄の表情を覗くと、彼女が周年ライブに言及したお陰で大分顔色が良くなっていて、動揺はもう見られない。
このまま配信が終わって欲しそうにはしていたが。
『それで、活動の再開時期ですが、十二月と三月に帰って来ても再開するとは限らないです。正直、配信者を続けるかも分からないし、迷ってるのもあって、休止ではなく停止にした理由はそれです』
だと言うのに、今度は皆の前向きな発表だと一度は抱かせた期待を裏切るように澪璃は切り出した。
若干、声色に震えがあるようで、勇気を絞り出したかのようなトーンに庵は聞こえた。
そして、肩を抱いていた明澄が腕の中で大きく身じろいだ。
期限が設定された活動停止だと思っていたのに、活動再開が未定どころか引退の可能性まで示唆されて、激しく動揺したのだろう。
表情は一気に険しくなり、今すぐにでも立ち上がって彼女の元へ向かってしまいそうだった。それでも配信を最後まで見続けないと何も分からないから、焦燥感と不安に苛まれて少し乱した呼吸音が彼の耳をなぞった。
『理由はもう一つあって、私の病気が関係してるって感じかな』
:まじか
:病気は辛いよな
:いやもう、めっちゃ影響出てたもんな
:おかしい時あったし
:うん
:それ大丈夫なの?
:多分アレかな
『正直に言うと一時期は命に関わってもおかしくはなかったね。病名はうつ病です。一応、お医者さんはまだ軽い方って言ってたけど、ほんと起きれないし生きる気力もなくなるし、でも異常に元気出たりで、なんだかんだサボりながら配信続けてたんだよね。で、それが結構良くなってきたから、留学の許可も出たって流れだね』
「あぁ……」
ばっ、と動いた明澄の両手は顔を覆う。
呻くようにしか声が出せず、その後俯いていて小さく呟いたのは「じゃあ遅刻癖がついたのって……」と彼女の過去行動と病名を照らし合わせて察したものだった。
澪璃の遅刻癖は以前にはなかったらしく、度々明澄が憂いていた。謎にテンションが高かったり、起きれなかったりなど庵もその様子を把握しており、彼女の病の特徴的な症状と合致する。
本人が隠そうしたのかおどけていたので、ただの遅刻と思いいじったりもした経緯もあり、庵は彼女に申し訳なくて、微小だが吐き気を催すほどに心苦しくなった。
『本当にごめんね。活動停止は色々リセットって感じが強いです。将来的にやりたい事もあるし、絶対に海外には行っておきたかったから、学校のプログラムでチャンスがあるなら今って思ってさ』
至って澪璃は前向きに話す。
自分の置かれている状況を現実的に受け止めて、チャレンジしようとする姿は彼女らしいし、報告を聞いている側としては幾分か楽になれるものだろう。
『とりあえず、ざっとこんなもんかなあ? 自分的にはマイナスとは思ってないです。寧ろ、パワーアップして帰ってきたいし、配信から少し離れて自分を見つめ直したいなって。だから、応援してくれると嬉しいです。じゃあ、長く話し続けてもノイズだから、これで終わりにします。集まってくれてありがとうね。おつのえです』
:わかった!
:また待ってるよ
:お話ありがとう
:話してくれてありがとう
:辛かったよね。
:おつのえ
:来月からはゆっくりしてね
視聴者が十万人を超える配信は、十五分ほどで配信が終了した。
「……それはちょっと勝手が過ぎるでしょう……!」
そして、明澄の口から放たれたのは、その心境を偽りなく悲痛混じりに言葉へ変換したものだった。
まだ日も明るい夏の夕方。
ネットには爆速で『九重零七 活動停止』や『のえさま 引退示唆』などがトレンドに急上昇する。
そんな中で明澄は酷く辛そうに唸り、力が抜けるように俯いた。





