第149話 彼女という生き物
「――でさ、脛を蹴られた訳」
「それは颯人が悪いでしょ。グーパンじゃなかっただけマシよ」
リビングのテーブルの上に置かれた庵のスマホは、そんな颯人と胡桃のやり取りを流していた。
庵、明澄、奏太、胡桃、颯人で、夏休みのどこかで遊べないかと相談しあっている最中。
どうせなら颯人の想い人も含める提案が奏太から出たのだが、どうやら彼はその彼女の機嫌を損ねたらしく、カップル二組でジャッジを下していたところだった。
「病院行って、外国人みてぇなバチバチスタイルの金髪ガールが通りすがったら誰だってびっくりするだろ?」
「そこで目を追わないのが出来る男なのさ」
「いや冬霞も振り返ってたし、電話しながらめちゃくちゃ外国語喋ってたら、ありゃ誰でも目で追うぞ。無茶言うなよー。なぁ? 庵」
「悪いが彼女がいる身でな。同意しかねる」
正直な感想で言えば、多分反射として瞬間的には目ぐらいは行くだろう。
それでも答えは間違えられない。庵は見えない相手に首を振った。
「お前らおかしいよ。聖女様、フォローしてくれませんかね?」
「まぁ足が出るのは良くないかもしれません」
「だろー?」
「せめて、監k……一週間私のお家に居てもらって自分の魅力を再確認してもらうくらいですよね」
「……聞く相手を間違ったぜ」
四対一の構図に苦しい声がリビングに響く。
しかし、一番苦しかったのは庵だろう。隣で物騒な思想を披露する恋人に顔が引き攣り、同時に全員に沈黙が訪れる。
冗談ですよ、と明澄は一人笑うのだが非常に分かりにくい。彼女なら、と思わせる凄みが時々あるからだ。
「本音は?」
「いやいや、そんな事しませんってば。今の所庵くんは理想の彼氏で居てくれてますし――あら、ごめんなさい。別のお電話が来たので失礼します」
核心を話す直前、ぶるぶると震えたフレアスカートのポケットからスマホを取り出した明澄は、片手でごめんなさいとジェスチャーをしてリビングから離れる。
「庵。一応聞くけど、心も身体も元気だよね?」
「いやいやDVなんかされてないから」
「今電話が来たフリして誤魔化したのかと思ったからね」
「うちの彼女をなんだと思ってんだ」
口が悪い時もあれば、ぺしっとかぽこぽこ叩かれたり、要らないことを言って足を軽く踏まれるとかはあるが、流石に明澄もやり過ぎたりはしない。
怖い時はもの凄く怖いが。
「あの蹴られた俺の心配はないんですかね?」
「小突かれた程度でしょ。それかさっさと付き合って安心させてあげれば良いのよ。ま、明澄も居なくなったし、とりあえず次会うまでに何か進展させておくって事で一旦切るわね」
「あっ、待てよ」
庵も身に覚えのあるお節介を一方的に突き付けられた颯人の声だけが残る。
可哀想だがフォローすると厄介が飛んでくる可能性があるので「じゃあ、俺も」と庵は通話を切った。
# # #
「なんの電話だったんだ?」
「実は母校の恩師からでして。どうやら忘れ物があるらしいんです」
「ほう」
明澄の母校といえば隣市にある中高一貫の女学校だ。今更何の忘れ物だろうかとコーヒーカップを啜った庵が首を捻った。
「どうにも中等部卒業時の返却物にいくつか取り残しがあったみたいですね」
「あぁ、卒業する時に一気に返されるやつな。それで取りに行くのか?」
「はい。校内の話とはいえ賞を貰った美術の展示物が混ざってるので勿体ないですし、恩師に顔を見せて欲しいと言われたら断れませんから」
「賞取ったのか。それは見てみたいな」
「構いませんよ。ただ、その代わりと言ってはなんですが、実は庵くんに荷運びを手伝って欲しいのです」
あっさりと承諾した明澄は胸元で手を合わせて、交換条件としてお願い事をする。続けて「物が多いみたいなので」と明澄は申し訳なさそうに言った。
であれば着払いの郵送では駄目なのかと庵は尋ねるのだが、数が多く梱包も大変なので恩師に顔を見せるついでに直接引き取りに行くつもりらしい。
この出歩くのも憚られる猛暑の中の作業を庵に願い出るくらいだから、返却物はそれなりの点数なのだろう。夏場に大荷物を持って歩かれるのは心配なので、庵は条件の有無は関係なく引き受けることにした。
「全然いいよ。けど、女子校だろ? 俺が行っても問題ないのか?」
「恩師には男性の人手を連れて行くかもと伝えてありますので心配しないでください。ただ、入校許可証を発行するので身分証明の出来るものを当日携帯していただけますか?」
「身分証明は学生証でいいよな?」
「ええ、大丈夫です」
「OK。当日はそれでお供しよう」
「すみません助かります」
(にしても女子校か……そういや澪璃がいるんだっけな)
明澄の母校は澪璃が現在も通っている学校でもある。
最近は海外勢と交流を深めているようで庵たちとは配信時間がずれており、氷菓の3Dライブ以降配信でも会っていない。タイミングが合えば話せるだろうか。
なにせ、彼女は私生活がめちゃくちゃらしいのでそこが気にかかるのだ。あまりにも酷い様なら、暫く食事を届けてやってもいいくらいには心配している。
「あの、庵くん?」
「どうした?」
「いま、他の女の子のこと考えてました?」
「は、はは。ご冗談を」
肩より下、二の腕を優しく叩かれて振り向くと、そう尋ねてくる明澄の瞳のハイライトが消えていた。
再び彼の口端が引き攣る。庵のたまに出るほっとけない所属おかん属性を発揮しただけで、後ろめたくはないはずなのに、どうしてか罪悪感が湧いてくるのだ。
ずももも、と明澄は黒い瘴気が湯気立たせており、彼の太腿には手が伸びて来る。
外はカラッと晴れ、室内も冷房で空気中の水分は低下しているはずなのに、ここだけ湿度が急上昇していた。
それから数時間が甘くて辛い何かに消費されたのは語るまでもないだろう。
しかし、大変だったのは二日後、明澄の母校を訪れた時の方だった。
なにせ、
「水瀬さんが彼氏連れてきたー!」
「え。顔、かっこよくない?」
「一日レンタルさせて?」
「イケメンじゃ、囲え囲え!」
「これ、連絡先。別れたら連絡してね」
と、同世代のみならず中等部と思しき少女たちを含んだ女子生徒らに包囲され、久しぶりに聖女様から特大の嫉妬をされる羽目になるのだから。





