第139話 ゴールと聖女様の声援
「よっしゃいったれ!」
土煙が舞うグラウンドに颯人の一際大きな声が響いた。
初戦を突破した庵たちの二回戦。
無難な立ち上がりの後、攻め気を見せた彼らはゴールエリアに侵入し一度サイドを経由。再度エリア内にグラウンダーのクロスが送られて、奏太が決定機を迎えたところだった。
「奏太ーっ! いけーっ!」
「沼倉くーん!!」
「決めろ!」
胡桃の、クラスの女子の、グラウンドの男子からの声援が飛ぶ。
ボールは足元手前にジャスト。三年の守備は間に合っておらず、GKが守るのみ。
PKスポットよりやや後ろ右手に位置する奏太がそのままニアサイドへのダイレクトを選択すると、低弾道の強いシュートが敵ゴールに襲い掛かった。
「っけ! ……、あぁ、くそっ!」
しかし、シュートは外れてしまう。
横っ飛びを見せたGKの指先の横を通り抜け、その先のポストが阻んだのだ。
ボールは転々と転がり「クリアーッ!」と指示が飛び、大きく蹴り出された。
汗と共に悔しさが奏太の顔に滲む。
同時にピッチの外から「あぁ……」と、落胆の声が漏れた。
反面、三年側からは歓声が上がり、GKと選手たちが手を叩いていた。
「ハッハッハッ! 奏太! まだまだよなあ!」
「先輩……上手すぎますって」
バカ笑いというのだろうか、三年GKの少年が得意げな顔で奏太に勝ち誇る。
今のはサッカー部同士の対決で、チームの正GKとエースの一対一は彼に軍配が上がったのだ。
「奏太、あれ触ってた?」
「ああ。多分、指先一本で止めてる」
「ふぁー、えぐ。決まったと思ったんだけどなあ。アレ触ってるの先輩グロいわ」
「ドンマイ。俺も決まったと思ったわ」
外して冷静に悔しがる奏太に、颯人と庵が肩と背中を叩く。
「次は絶対決めるよ」
「おう。任せた」
「けど、あのゴールぶち抜くのは至難だぜ? さっきは上手くいってたけど、四組の先輩方ら本職だから守備固めてるし」
「嫌な雰囲気あるよね」
攻撃的な奏太と中盤を繋ぐ颯人のホットラインで序盤から攻めてはいるものの、ボールの保持に拘らない守備的な選手が多く大人な戦い方をする三年相手では決定力が欠けていた。
未経験と経験者、現役の生徒が入り混じるため高度な試合という訳ではないのだが、確実にサッカー部員による指導が行われている痕跡がある。
奏太と颯人はそこを懸念して焦りを覚えていた。
「庵、お前身長あるしこのまま上がってくれ。ロングスロー放り込むから、上に来たらヘッドな」
「了解。期待はするな」
「ばか。期待してんだから自信持て」
高さはあっても技術は別なので軽く言ったつもりだったが、颯人に背中をばしっと叩かれてエリア内に送り出される。
(ヘッドって言っても中より外だろうなあ)
ロングスローと分かるとゴールエリア内に生徒たちが密集する。
守備の指導がされているからか、マンツーマンで付かれており、ニアサイドの右に寄ったため左サイド側が空いた。それを見て、庵が集団から離れた位置を取ると中を優先したのか庵にはマークが甘くなった。
颯人の指示を無視して悪いと思ったが、その判断が功を奏す。
点が取れない焦りはどこへ行ったのか、颯人のロングスローが放り込まれると集団の中に落ち、そして――
(来た……!?)
攻撃側も守備側も身体がぶつかり合うせいか空振って、ファーサイドに居た庵の元へボールが転がってきた。
「朱鷺坂! パスっ!!」
「庵、打て!」
「シュートしろ」
瞬間、ピッチの内外から多数の声が溢れる。
後方にはフリーが一人、庵の位置からゴールへの角度を見ればそちらへ送るのが正しいのだろう。
ただ、庵にはこの場で冷静にトラップしてアシスト出来る自信がなかった。
(悪い。打つ!)
「庵ーっ!」
「庵くんッ!」
馴染みのある声援の中、庵はシュートを選択して不器用にも左足を振り抜く。
そうすると、ボールはやや左に逸れてポストの内を叩けばガンッ、と鈍い音を鳴らしゴールの内側に吸い込まれてネットを揺らした。
直後、どよめきと一際の歓声が上がる。
「おぉ、入った……」
「よっしゃ!」
「ナイス! 庵ー!」
「朱鷺坂、それはエギぃよ!」
ゴールを決めた庵は逆に動揺していたが、クラスメイトに囲まれ揉みくちゃにされる。
背中を叩かれたり肩を組まれたり、頭を触られたりしてようやく実感した。
左足に感触を残したまま、帰陣していく。
「いおりくーんっ! ナイスシュートです!」
「庵! アンタがナンバーワンよ!」
自陣に戻る最中のピッチサイドには、きゃいきゃいとはしゃぐ明澄と胡桃が居て、手を振る余裕はあるもののふわふわしたままだ。
まさか自分が先制点を取るとは思っておらず、英雄みたいな持て囃され方をしてこそばゆい。
「明澄。今あれやるチャンスよ。教えてあげたでしょ」
「え、えぇ……やるんですか?」
「水瀬さん、彼氏にサービスだよサービス!」
「えっと、庵くん、愛してるーっ……うぅ」
更に何やら女子組は画策していたものがあったらしい。
明澄が乗り気になれないまま、両手をメガホンみたいにしてやや声に力が無いものの、庵に精一杯の声援を送ってきた。
愛してるとか絶対に外では言わないので、庵がそちらに目を配ると、もう恥ずかしさ満点と言った様子で明澄がすぐに顔を逸らしていた。
(なんてことしてくれやがる)
彼女に変な事をやらせた胡桃たちに対し、色んな意味で庵はそう呟く。
明澄があんな声援を送ると、祝福ムードだったピッチ内外に怨嗟が巻き起こり、一気にアウェーと化したのだ。
その影響か、この後すぐに火がついた三年生に一点を返された。
# # #
「厳しいねー」
「やっぱ先輩方硬ぇ。ラッキーパンチじゃないと無理だな」
「耐えてPKの方がいいか?」
「いや、ガチのGKいるからやめといた方がいいね」
「奏太に同意。……よし、庵。サイドに張れ」
「もう警戒されてるだろ」
「敢えてだ。とにかく俺と奏太が右サイ攻めるから、その時こっそり逆サイに行ってくれ」
「分かった」
好調に進んだかと思われた試合も、同点のまま気付けば残り五分を切っていた。
プレーが切れた合間にこそこそと三人で話し合う。
結局取った作戦はワンチャン狙い。
奏太と颯人でイケるならいく。無理そうなら庵、という着地点にして、実際その通りに試合は動いていった。
右サイドで奏太がドリブル突破を図り、意図的に人を集める。更にキープしてキープして、その間に庵は言われた通り逆のサイドへ。
「奏太! 戻せ!」
「りょーかいっ」
「行け! 庵!」
奏太の後方でフォローしていた颯人がボールを受ける取ると、逆へ流れていた庵にパスをする。
その時、まだボールと庵は自陣に居ると言うのに、先程のイメージからかまた大きな歓声が上がる。
(いや、無理だろこれ)
しかし、経験のなさからハーフウェイライン付近を目指すのではなく真横に移動してしまった為、三年の意識は奏太たちに向いていたとはいえ、守備が間に合う距離。
想定より距離が長く、ゴールを目指すのは不可能だと庵は瞬時に悟った。
「走れ!」
「おい! これ無理だ。奏太全力で上がれっ!」
「OK!」
庵が駆け上がるより早く奏太を先に走らせる決断をした。
幸い庵までの守備の到達は時間があるから、前線へ走った奏太に後方からのクロスでなら勝負が出来るだろう。
全速力で走り出した奏太と共に庵も丁寧にボールをコントロールしながら、サイドを駆け上がっていった。





