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番外編 七夕

1時間遅れましたが、番外編の七夕のお話です。

「ああ今日は七夕か」


 ぽつりと呟く庵の視線の先は、カラフルな短冊が飾られた笹。


 七夕とあってショッピングモールの吹き抜けのセンターコートには笹を数本設置した会場があり、イベントが催されているらしい。

 主に家族連れやカップルが立ち寄って、コーナーで短冊に願い事を書いている姿が多く見られた。


「みたいですねぇ。ちょっと寄って行きますか?」

「あれ子供のやつじゃないのか?」

「カップルもいますし、大丈夫ですよ」

「まあ、たまにはこういうのも有りか」


 七夕に願い事とか明澄はそういったメルヘンチックな話にあまり興味が無いと思っていたのだが、珍しく目を向けていた。


 繋いでいた手をくいと、引っ張られてコーナーに向かっていく。


 長机の前に二人で並び、ペンと短冊を手に取ると明澄から「庵くんはなにか願い事とかあります?」と尋ねられるが庵は首を振った。


「ない。一番叶えたい夢は叶えたし、欲しいものは手に入れてるからなあ。明澄は?」

「私もあまり……」

「じゃあ、なんでここに寄ったんだ……」


 苦笑と共にそう返してきた明澄へ素直な疑問が口に出た。

 戸惑う顔を見せた庵と明澄のペンは止まっている。


 お互い緩く穏やかな生活が好みなのだろう。望みという望みがささやか過ぎるのかもしれない。


「なんか良いなぁと思ってしまって」

「明澄ってたまに衝動的になるよな」

「そうでしょうか」

「そうだよ。なんか織姫と彦星に申し訳ないな。こっちは気軽に恋人連れて七夕のイベントに寄って来てさ。あっちは年一だもんな」

「確かに申し訳なくなりますね。せっかく家族になったばかりの旦那さんに会えるのが年に一度だなんて私ならおかしくなりますもん」


 願い事が無いせいで、段々と話がおかしな方に転がり出してきた。

 あまりにもペンが進まない。


 平日でも意外と人が多く、順番待ちもいるようで子連れの家族に譲るため「ちょっとだけ避けようか」と、明澄と隅に移動した。


「ねぇ。庵くんは私が織姫さんだとして年に一度しか会えないってなったらどうします?」

「確か伝説では天帝が二人を分かったんだよな。俺なら間違いなくそいつを処す」


 こちらを見上げた明澄の表情はどこかロマンのある回答を期待していたが、庵の口から告げられたのは殺伐とした解決策だった。


 庵にとって優先すべきものを取り上げればそれは当然の帰結だろう。

 寧ろ、そうなった時の明澄のやる事の方が怖いまである。逆の方は聞かない方がいいかもしれない。


「過激すぎませんか」

「愛にうつつを抜かして仕事しなくなっただけでその仕打ちもやり過ぎだろう?」

「そう言われると確かに。まぁ、でも仕事はしなくてはなりませんからね。では、短冊には仕事が上手くいくように、とかにしておきますか?」

「そうだな。それくらいにしておこうか」


 無理矢理に着地点を探したような気もするが、気負うものでもない。

 そのあたりの願い事を記した短冊を手に列に並ぶ。


「みんな沢山願い事があるんでしょうね」

「俺らが質素な考え方に振り切れてるのかもしれんな」

「さっき場所を譲ったご家族も、もう飾り付けてますもんね。ふふ。微笑ましいです」


 多くの子供たちやその親が短冊を吊るしていて、眼前に広がる光景はとても平和で和やかだ。


 以前、迷子になった子と再会した家族を見た時の明澄は、どこか寂しそうで羨ましそうな顔をしていたが、今は綺麗な顔のまま微笑を携えていた。


 そして、庵は少しだけ悔みを胸に溜める。

 仕事じゃなくて、そういう願いにすれば良かったかなと。


 そう思っているうちに順番がやってきたので短冊を吊るそうとしたのだが。


「庵くん。先に外で待っていて貰えますか」


 と、なにやら明澄が思い残しを拾いに机の方に戻って行ってしまった。

 はてな、と首を傾げながらも庵は短冊と睨めっこしつつ少し思案したあと、短冊を吊るしペンを返すと会場の外に出た。


 それから数分もしない内に明澄が会場から姿を現した。


「何書き足したんだ?」

「あ、えっと……」


 戻ったということは書き足りない事があったのだろうと分かる。

 何気なしに聞いてみれば、明澄はもじっとしながら言葉に詰まって、躊躇った。


「まだ秘密にしていてはいけませんか」


 明澄は恥ずかしげに笑う。

 その赤らんだ頬に答えが書いてある訳でもなく、庵は「左様で」と追求はしない事にした。


 ただ、明澄からきゅっと手を握られて腕を絡められる。

 夏だというのに色々押し付けられて、そうすればまぁ、必然と明澄が何を書いたのかも何となく想像がつく。


(俺も書き足しといて良かったな)


 明澄が短冊に願い事を足しに行ったのは分かったので、あの思案した時、ペンを返す前だったから手のひらの上で拙くも庵も短冊に願い事を足していたのだ。


 欲が小さい分、考える事は大抵似通っているのだろう。

 まだ、と言ったその先を庵は待つ事にして、腕に抱きついた明澄を連れて笹を後にした。

たまにはこういうイベントストーリー的なのも悪くないですね。

二人が何を書いたかはご想像にお任せします、というのはあまり好きではないので下に書いておきます。


明澄さん↓

『お仕事が上手くいきますように

 織姫と彦星が毎日会えますように』


庵くん↓

『仕事に困らないように

 好きな人の願い事が叶いますように』


明澄さんが比喩的で、直接的なのが庵くんみたいですね。

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