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第134話 お説教と約束

「いふぉりふぅん、うりうりしないれくらはい」

「されることしたでしょ」


 うにぃ、と明澄の頬を人差し指で変形させて遊んでから、庵はほんのり声音を落として諭し始めた。


「まずお金は大事にね。びっくりしたんだからな。スパチャはGo●gleさんにも持ってかれちゃうし」

「じゃあ、今度からは直接しましょうか」

「いやいやなんか良くねぇよ。昔俺もそのノリしたけど、絵面が良くないよ。貢がれてるみたいじゃないか」

「庵くんにならいくらでも貢ぎますけど」


 さも当然のような顔をして明澄はとんでもないこと言い出した。

 する訳ないのだが、絶対と言いきれないある意味の信頼と明澄からの好意を感じるのがこの頃だ。

 冗談でも頷けるものではなかった。


「やめてくれ。怖いよ。本気の目しないでくれる?」

「流石に冗談です。そこは弁えてます。それをやったら対等じゃなくなりますからね」


 久しぶりに明澄のトーンが真面目なものに変わった。こちらを振り向いていた顔も、きちんと庵の目を見て伝えてくる。


 いくら仲が良くても、いくら愛していても超えてはいけない一線というものがある。明澄や庵の言動は折り目正しいが欲や隙がある以上、一度品のない遊びを始めたら狂ってしまってもおかしくないのだ。


 戯れと分かってるからエスカレートさせてはいけない。特に付き合いたてで舞い上がっている今は、お金にしろ距離感にしろ両人が線引きを意識しておくべきだと庵は考えているし、明澄にもきっとそのつもりはあるだろう。

 これはその確認だ。


「ん。分かってるなら大丈夫。はい、お説教終わり」


 元より本気で説教をするつもりはなかったし、ちゃんと言質が取れたのでここで終わりにした。


 怒ってはないからな、と柔和に微笑んで明澄の頭を撫でてやる。

 ついでに足が痺れそうだったので、脚の間に明澄を落としてより身体に収めればいつもの落ち着いた雰囲気が戻ってきた。


「早かったですね。お説教って言われた時はもうちょっと言われると思ってました。庵くんそういう所容赦ない気がして」

「んー、本気で叱るとかはないしな。叱るのは教師と親くらいで良いと思ってるし。パートナーは改善の為に話し合うくらいでちょうどいいもんだよ」

「怒るのは疲れますもんね。だから庵くんに言わせてしまったの悪かったです」


 ごめんなさい、と明澄は目を閉じこくりと小さくだけ頭を下げる。


「大丈夫だよ。今日のはお遊びの範囲のつもりだったんだもんな。というか、この間夏の新作がどうとか服の話してたじゃん。説教とか以前にさ、あんなにスパチャ貰ったしプレゼントさせて欲しい気持ちがあるんだけど?」

「ノリもありましたけどあれは御祝儀ですから。それに自分で買うからこそ活動も頑張れますし」

「遠慮しなくてもいいぞ。そもそも、財布はどうせ一緒になるs……」

「えっ」


 言いかけたところで「ん"んっ」と遮ったが、膝上の明澄が身じろいだのが分かった。

 無意識に最近思っていたことを唇が紡いでいた。


 説教しておいて結局自分も浮かれてるし、距離感の取り方が悪かったなと口の端に後悔が滲む。


 明澄は何も言わなかったが、正面に顔を逸らした銀髪の隙間から覗く耳が微かに熱を帯びているようだった。


「ごめん。言い方が悪かった。財布の件は、イラストの報酬とか振込みじゃなくて直接でもいいんじゃないかなって。共有の貯金箱作ってそれに貯めてどっか遊びに行こうぜ的な」


 誤魔化しにしては苦しいものだったが、以前より考えていたのは事実だ。そう提案を披露すると、明澄は「……そうですねぇ」と一考しつつ、庵の誤魔化しに付き合ってくれた。


「あ、それデートのお誘いってことですか?」


 ぱっと振り返った明澄は、嬉しそうな顔をしていた。


「そう。忙しくて中々行けてないから、今のうちに誘っとくよ。ちょっと遠出したり、どこか美味しいお店に行こうか」

「デートでそういう贅沢をするのも悪くありませんね」


 首肯した庵に明澄がはにかみ、そっと手の甲を彼女の指が這う。握ったり絡めたりくすぐったりと手つきから愛おしさが伝わってくる。


 庵も応えるようにひとしきり手遊びしてから指を交互に組んで握りあった。


「だろ。俺、明澄のこと好きだし、そっちにいっぱいお金使いたいからな。明澄の自由ではあるけど、一緒に楽しめることにお金を使おっか」

「そうですね。そうしましょう」


 無駄遣いとは言わないし悪いこととも思わないが、より有意義に使えるならそちらの方がいいに決まっている。


 共有することに愛を感じるようなまだ幼い恋愛だが、楽しみも増えるし、それで構わないと庵は思う。

 明澄の二つ返事で了解を得て、もう今日は話すことないなと、ソファに凭れた庵は明澄を引き寄せてその肩口に顔を乗っけた。


 フレグランスな匂いに包まれる中、明澄が頬擦りしてきて――


「ふふ。庵くんとデート♪」


 そんな風に声を弾ませて、ご機嫌にリズムを取っていた。


「あ、言い忘れましたけど、私も好きですよ」


 それから続けざまに、明澄は座ったまま庵の身体から少し離れて三度こちらに振り向けば、面映ゆそうにしながら真っ直ぐに伝えて来る。


 結構、頻繁にお互い好きと伝えあっているが、庵は身構えてなくて「う……ん」と変な反応をしてしまった。


「庵くんに好きって言われたら同じ分は返そうと思ってますので。ふふ」


 どうやら明澄の中でそんなマイルールがあったらしい。

 それを固まっていた庵に告げた明澄は、ちらりとご満悦な笑みを見せてから、また彼の懐に収まる。


 今日は主導権を握るつもりでいたのに、いつの間にか庵が転がされていた。


(こりゃ敵わん)


 降参気味に首を振った庵は「このやろう」と後ろからがばっと抱き締めてやった。

 きゃっ、と明澄がか細い悲鳴を上げれば、いつにも増してスキンシップは色味を濃く深めた。

前回、翌日には投稿するって言ったんですけど、ちょっと内容が良くなかったというか、納得いかなかったので書き直ししてました。

ごめんなさい。

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