呵々大笑
「ところで、ずっと疑問に思ってることがあるんだけどいいかなー?」
語り切ったと満足げな笑みを浮かべる刹亜に、佐々木から疑問の声が届く。
いったんサボりの件に関しては吹っ切れたらしく、まだ少し青ざめてこそいるものの、表情は落ち着きを取り戻していた。
刹亜は心持優しい声音で頷く。
「どうぞ。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「えーとさ。さも当たり前のように進行してて突っ込みづらかったんだけど、そもそも怪獣と人間って組んだりできるの? 指示を出しって言ってるけど、日本語通じるのかがまず疑問なんだけど」
「それに関しちゃ俺もよく分かんねえよ。通じないと今の話ってか、ここでの事件にまるで説明つかなくなるから通じるとは思ってるがよ。実際どうなんだ?」
天を見上げたままの姿勢で固まる伏見に聞く。
伏見はしばらく無言でいた後、「通じるっすよ」と呟いた。
「怪獣は意外と頭がいいんす。真珠蜘蛛が特別なのかもしれないっすけど」
「伏見。なぜ、特務隊を裏切った」
「……」
二宮が問いかけるも、伏見は口を噤んでしまう。
今の世界で怪獣に恨みを持つ者は無数にいても、怪獣に味方する者はいない。怪獣に話は通じず、人々はただ一方的に嬲り殺されるだけだから。
動物愛護団体や、ヴィーガンであっても、怪獣となると擁護対象から外れるほど。
まして特務隊に所属し、死を覚悟して怪獣の討伐を行う者が、怪獣に味方する前例など今まで一度もなかった。
「誰かを人質に取られたか。それとも幻覚や洗脳か」
「……」
「どちらでもないようだな。今のお前からは、必死さも、狂気も感じられない」
「……」
伏見は答えない。ただその表情は、問いかけられるごとに醜く歪んでいく。
この場にいる全員が、伏見の意図が分からず動けないでいる。このまま、裏切者として処理すべきなのか。それとも、彼が秘める事情を見抜き、仲間として手を差し伸べるべきなのか。
「くはっ」
そんな、馬鹿みたいに真剣な雰囲気に耐えられず、刹亜はつい吹き出した。
周囲から不謹慎だといった非難の視線が飛んでくるが、気にならない。
伏見の気持ちが手に取るようにわかる刹亜からしたら、こんな雰囲気でいられることこそが、一番の拷問であると知っているから。
せめてもの情けと、他の隊員には聞こえないよう、伏見の耳元で囁いた。
「分かるぜ。嬉しかったんだよな」
「!」
伏見の肩が跳ねる。
目を見開いてこちらを見る彼に、刹亜は囁きを続けた。
「大怪獣が、語りかけてきた。自分に、頼ってきた。そりゃあテンションが上がるよな」
「……」
「俺は大怪獣に選ばれた人間。他の殺されるだけのモブたちとは違う。俺こそが、この世界の主人公だ」
「…………」
「分かる、分かるぜ、その思い上がり。でもな、それは勘違いなんだよ」
「………………」
「別にお前は選ばれたわけじゃない。ただ偶然目について、利用されてるだけ。大怪獣様はお前のことなんて一ミリも気にかけてない。現に、これだけのピンチに陥っても大怪獣様の声は聞こえてこないだろ?」
「……………………」
「な、そろそろ目覚ませ。お前は選ばれてなんて――」
「黙れ! 俺はお前たちとは違う! この世界を支配する側の人間なんだ!」
唐突に、伏見は体を大きくしならせ叫びだす。
周りの隊員が何が起きたのかと目を見張る中、伏見は先までの沈黙が嘘のように動機を語りだした。
「俺はお前ら餌どもとは違う! 真珠蜘蛛に初めて入った時、俺は真珠蜘蛛から声をかけられた! 助けてほしい、助けてくれたらどんな願いでも叶えてやるって!」
「し、真珠蜘蛛が助けを求めてきた? ていうかやっぱり死んでなかったの?」
「そうだ! 中国の作った毒ガスのせいで瀕死になっていたが、死んではいなかった。だから動けるようになるまでどうにか庇ってほしいって、俺に! お願いしてきたんだ! だから調査の邪魔をして時間を稼ぎ続けてた! 俺はしっかり真珠蜘蛛の期待に応えられてたんだ! なのに、急にあんたが爆破して殺すなんて言い出すから!」
噛み殺さんとばかりに歯をむき出し、二宮を睨む。
二宮は顔色一つ変えずにその怒気を受け止めると、言葉少なに言い返した。
「あれは嘘だ」
「……は!?」
「お前たちに持たせた爆弾は偽物で、裏切者をあぶりだそうとしたに過ぎない。犠牲を出したのは俺の落ち度だが、作戦自体は成功したようだな」
「な、な、な……」
あまりにもあっさりとした二宮の告白に、伏見は顔を真っ青にして震える。
最初から裏切者を見つけ出すための仕掛けだった。自分は、その仕掛けの上でまんまと踊らされていたピエロに過ぎなかった。
つい数十分前まで、自身を物語の主役であると信じていた伏見には、これ以上ないほどの敗北感を与える宣告。
伏見はうつろな目で「俺は主役じゃなかった……」と呟く。
それから顔を俯かせピクリとも動かなくなった。
今度こそ完全に終わった。そんな雰囲気が場を漂い始めた直後、伏見の顔がグリンと持ち上がった。
正気を失った目。裂けるんじゃないかと思うほど大きく口を開き、呵々大笑し始めた。
「あは、あはははははははは。もうめちゃくちゃ、めちゃくちゃっすよ! でもね、勝つのは俺っすから」
そう言うと伏見は刹亜を見て、にやりと嗤った。
「俺が選ばれてない? 真珠蜘蛛が助けに来ない? 全く、全然わかってないっすね。ここがどこだかもしかして忘れてるんすか? 真珠蜘蛛の貝の中っすよ。ここは、俺のテリトリーなんす」
刹亜も負けじと皮肉気な笑みを浮かべ、「だから何だよ」と言い返す。
伏見は目に狂気を宿しながら、首をぐるりと回した。
「さっきの推理はまあまあ見事だったっすけど、大事なこと忘れてるんすよ。巨大蜘蛛たちは、偶発的にこの場所に発生してきてる? そんなわけないでしょう。元から、ここに潜んでるんすよ」
「あ?」
「真珠蜘蛛の真珠。あれ、本当は真珠じゃない――卵なんすよ」
パチン!
伏見の指が甲高い音を鳴らす。それと同時に、ガラスにひびが入るような音が四方から聞こえ始める。
状況をいち早く察した二宮が、「総員構えろ!」と叫ぶ。
皆が銃を構えた瞬間、蜘蛛の糸のあちこに取り付いていた真珠が割れ、巨大蜘蛛が飛び出してきた。




