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大怪獣がトリックです ~第2怪:真珠蜘蛛~  作者: 天草一樹


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合流

 ゆっくりと、周りを見渡す。それから生首の転がってきた方角で視線を固定した。


「……なんもいねえよな」

「私の視界にはそれらしいものは映っていないな」

「一応聞いてみるが、確認しに行ってくれたりしねえか?」

「分かった」


 意外にもあっさりと刹亜の要望に頷き、怪獣化した姿で生首に近づく。

 生首の手前で一度上空に舞い上がると、上から改めて怪獣がいないか確認。何も脅威は認められなかったらしく、すぐに降下してくると、足で生首を転がし始めた。

 ひとまず危険はないと分かり、刹亜も生首を見に近づいた。


「それ、やっぱり斎藤の首か?」

「間違いないな。ただ、傷口が妙だ」

「妙?」

「綺麗すぎる。怪獣がやったとは思えないほどにな」

「おいおい、何怖いこと言ってんだよ……」


 そう呟くも、すぐにホンファの言葉の意味を理解する。

 生首の断面はまっさらで、日本刀で切られたかのよう。加えて顔全体に全く欠落が見られなかった。

 怪獣は人を殺す。そしてほとんどが食べる。怪獣に襲われた死体が、原形を留めていることなどまずありえない。

 にもかかわらず、目の前の生首には切断面以外にこれといった傷が全く見当たらない。首を切られた直後ならばわかるが、今刹亜たちの周囲に怪獣の姿はなかった。

 戦艦亀の事件で感じたのと同様の、不気味な感覚に苛まれる。

 そして今更ながら、ここには怪獣に味方する裏切者がいることを思い出した。


「なあ。疑いあうのは一時休戦して、情報交換といかねえか。犠牲者が出た以上、誰かが俺たちを殺す気でいるのは間違いなさそうだしよ」

「……そうだな」


 一瞬悩んだそぶりを見せるも、ホンファは小さく頷く。

 彼女からしても、自分が死んでしまっては任務も何もない。それに疑惑を解決する前に刹亜に死なれてしまうのも望ましくはないはずだ。

 ひとまず事前知識のすり合わせをすべく、刹亜は口を開いた。


「あんたの任務は俺らの秘密を暴くことだったらしいが、俺らに与えられた任務については聞いてんのか?」


 ホンファは無表情で首肯する。


「真珠蜘蛛の調査を妨害した犯人の特定だろう」

「おけ。じゃあそっちの犯人についてなんか聞いてたりしないか?」

「しないな。分かっていればとっくに対処している」

「まあそうか。となれば斎藤を殺したのもその裏切者で間違いなさそうだな」


 裏切者の話自体、特務隊が俺たちを調べるための虚偽だったんじゃないかと疑ったが、流石に杞憂だったらしい。


「しかし殺人までは起こしてなかったはずなのに、急に殺しに来たのは気になるな。真珠蜘蛛を爆破させることにしたのが原因か?」

「怪獣に味方する狂人の思考など気にするだけ無駄だろう。それよりも他の隊と合流するのが先決だ。一人で勝手に動いているようなやつがいれば、その時点でそいつが裏切者と分かるのだから」

「たぶんそううまくはいかねえと思うけどな。まあ合流が優先ってのは間違いねえか」


 刹亜は白マフラーを首に巻き直しながら言う。

 すると首に巻いた直後、白マフラーがぶるりと震えたため、咄嗟に刹亜は背後を振り返った。

 ホンファが訝し気に目を細めつつ刹亜の横に立ち、同じ方向に目を向ける。

 十数秒後、人影が見えたと思えば、二宮と伏見、大石の三人が姿を現した。

 二宮は僅かに眉を動かす程度だったが、伏見と大石は目を見開いて「え!」と驚きの声を上げる。

 驚いたのは刹亜も同様。ただそれ以上に嫌な予感がして冷汗が頬を伝った。

 入口に向かったはずの二人が奥に進んだ自分たちと同じ場所にいる。まさかこちらの身を案じて戻ってきたわけではないだろう。となれば、奥に進まざるを得ない理由があったことになる。

 隣にいるホンファがぼそりと「なぜ気付いた? 音もしていなかったはずだが」と呟いているのが聞こえたが、刹亜は無視して二宮に声をかけた。


「状況教えてもらえます? そっちの二人はとっくに入口に戻ってるはずですけど」

「入口周辺に通るのが不可能な量の蜘蛛の糸が張り巡らされていた。仕方なく糸が少ない方を進んできた」

「そしたら俺たちがいた、と。こんなことシルバースター様に言うのは失礼だと思いますけど、行き当たりばったり過ぎません? 罠の可能性とか考えなかったんすか?」

「罠だろうがなかろうが他に選択肢はない。なら迅速に移動するのが最善だ」

「正しいんだろうが、現状見るとあんま頷けねえなあ。あんたと一緒に行動していたうちの一人は姿を消し、もう一人は死んだわけだしな」


 まあ姿を消した一人については合意の上だった可能性も高いが。そう思いながらホンファをちらりと見る。

 彼女は自分は関係ないといった表情で無関心を貫いている。

 思わずため息を吐きそうになるのを我慢し、刹亜は「説明してもらおうか」と二宮に迫った。


「ついさっき、あんたと一緒に行動していたはずの斎藤の生首がこっちに転がってきたんだが。一緒に行動してたんじゃなかったのか」

「生首……」

「ひっ!」

「うわ!」


 どうやら刹亜たちに気を取られ、足元にある生首には気づいていなかったらしい。悲鳴を上げる二人をよそに、二宮は淡々と告げた。


「ホンファが消えたことを連絡したすぐ後、巨大蜘蛛の襲撃を受けた。斎藤にはその際に入口へ戻るよう指示をし、そこで別れたきりだ」

「つまり入口に逃げたはずの斎藤が殺されて、なぜかより奥のこの場所に生首が転がってきたと」

「事実だけ見るならそうなるな」


 相も変わらず冷静な二宮に対し若干苛立ちを覚える。

 何も考えていないわけではない、むしろここから助かる算段を立てているのだろうが、そうは見えないのが気持ち悪い。自分だけが焦り、相手が焦って見えないというのは、どうにも不愉快に感じてしまう。

 頭を振ってそんな無駄な感情を追い出すと、刹亜は伏見らに目を向けた。


「で、伏見達はどんな経緯で二宮と合流したんだ。蜘蛛の糸がない方向を進んでたら偶然ばったりか」

「あ、そうっすね。出口に近づけば近づくほど蜘蛛の糸が増えていって。ガスバーナーを使えば脱出は無理じゃない気もしたっすけど、あそこを無理に進む勇気は湧かなくて……。誰かと合流できるのを期待しつつ進める道を歩いてたって感じっすね」

「その間、ずっと二人で移動してたのか」

「そうっすよ。ねえ大石さん」

「ああ」


 大石が気まずそうな表情で頷く。

 別れたときに比べればかなり冷静さを取り戻しているように見える。だからこそ、取り乱した姿を見せたことに対する羞恥心が渦巻いているのかもしれない。

 おおよその経緯は確認できたため、今度は刹亜からこれまでの話をする。しかしホンファについて話そうとしたところ、彼女が無理やり「オオキナクモヲミツケタカラタオシニイッタ。ソノアトカレトゴウリュウシタ」と片言で口を挟んできた。

 どうやら他の隊員に対しては中国からの来訪者としての体を突き通すつもりらしい。

 ここで無理に正体を明かして揉めるのは面倒に感じ、好きに話させておく。少なくとも二宮は彼女の正体を知っている可能性が高く、彼女の任務を考えれば裏切者とも思えない。

 放置していても問題ないと刹亜は判断した。


「さて、とにかく早く宗吾たちと合流しないとな。てか、ここに来るよう蜘蛛の糸で誘導されてるみたいだし、待ってる方がいいのか?」

「いや、すぐに移動すべきだ」


 二宮が即座に否定する。

 刹亜は片眉を上げた。


「なんでだ? 下手に動くと合流が遅れるかもしれないだろ」

「今俺たちは何者かの罠に嵌められている」


 無表情で斎藤の生首を見つめたまま、二宮は言う。


「斎藤を殺し、入口を封鎖した時点で、敵は俺たちの全滅を目論んでいる。この状況で動かなければ、当然敵はより準備を整え、俺たちの生存率は下がる」

「だけど無策で動いたら余計危険じゃねえか? 敵さんは俺たちが疲弊するのを待ってるのかもしれないしよ。何か作戦立ててから――」

「作戦とはなんだ」

「だから、それを皆で考えようって話だろ」

「考えている間に殺されるかもしれないのにか」

「……じゃあどうしろってんだよ」

「決まっている。動き、情報を集め、その場で対応する」

「……」


 刹亜は思わず周囲に目を向ける。

 どっちが無茶なことを言っているのか確認したかったのだが、あいにく伏見と大石はいまだ生首に気を取られ、ホンファは素知らぬ顔で蜘蛛の糸を眺めていた。

 仕方なく二宮に視線を戻すと、彼は淡々と続けた。


「それに無策のつもりもない。いや、無策でも問題ない」

「おいおい、さっきから何言ってんだよ。そんな行き当たりばったりで何とかなるなら怪獣にここまで好き勝手されてねえだろ」

「そんなことはない」

「いや、だから何を根拠に――」

「ここにいる隊員は真珠蜘蛛を討伐するに足るだけの能力を持っているからだ」

「……」


 反論しかけた口を開いたまま、刹亜は硬直する。

 二宮は構わずに言葉を続けた。


「怪獣との戦闘に特化した第四の精鋭に、物資や民間人の護送と守りに長けた第二の精鋭。並の怪獣であれば瞬時に倒せる中国の来訪者に加え、戦艦亀では犯人の計画を暴いて見せた名探偵。このメンバーなら、何が起きてもその場で即座に対応できるはずだ」

「……くそ、ずるいな」


 心がむずむずする。

 どこまで本心かは分からない。今の状況を考えるなら、仲間を鼓舞するための世辞の可能性が高い。

 だだ、そうは思えないほど、二宮の声には揺らぎも媚もない。

 刹亜は思いきり頭をかくと、大げさに溜息を吐き出した。


「まあ動きながらでも作戦は立てられるしな。俺は構わねえぜ」


 そう言って振り返ると、他の隊員も怯えを消し、覚悟を決めた表情でこちらを見つめていた。

 二宮の言葉は、しっかりと全員に突き刺さっていたらしい。

 こうして二宮の指揮のもと、刹亜らは真珠蜘蛛の探索を再開した。


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