私は、カレーライスである
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
私は、カレーライスである。
スプーンに掬われるたび、少しずつ記憶がこぼれていく。
けれど、香りの奥底に、私はまだ生きている。
人の心と、時代の皿の上を、静かに旅してきた。
私が日本に来たのは、明治の終わり。
イギリスから伝わったスパイスと、小麦粉でとろみをつけたソース。
それが海を越え、日本の艦隊に乗り込んだ時、私は「カレーライス」として名を得た。
その始まりは、実用の中にあった。
脚気に苦しむ兵たちのため、一皿で栄養を満たす「軍隊食」として、私は重宝された。
鉄の皿の上で、波に揺れながら、私は何度も配られた。
──けれど、私は知っている。
味だけじゃない、想いを乗せた湯気があるということを。
昭和の末期、私は一隻の巨大な鋼鉄の城にいた。
それは、国の威信と技術を結晶させた艦。
灰色の鋼板、どこまでも続く甲板。
誰もがその姿に畏怖と誇りを覚えた。
私も、いつもより少し丁寧に盛られていた気がする。
1945年4月、私はその艦の厨房にいた。
蒸し器の音、スパイスの香り、慌ただしい包丁の音。
誰もが分かっていた。
この航海には”帰り道”がないことを。
けれど、誰もそれを口にしなかった。
その日の昼、私は若者たちの前に運ばれた。
緊張した顔に、無理やり笑みを浮かべる者。
小さく「うまいな」と呟く者。
黙って空を見上げながら、ひと口ずつ噛みしめる者。
「この味、忘れないよ」
そう言ってくれた少年の声が、今も耳に残っている。
そして、艦は出た。
向かう先は南の島──沖縄。
艦上には護衛もなく、空からの爆撃は終わりを告げることはなかった。
私はもう、その先を知らない。
ただ、あの海、あの空の下で、私の物語もいったん終わったのだと思う。
やがて戦が終わり、瓦礫の街に人々が戻ってきた頃、私は食堂の湯気の中にいた。
復興の匂い、家族の笑顔、昭和の食卓。
給食では子どもたちが、私を巡ってジャンケンをした。
私は「国民食」と呼ばれるようになっていた。
令和になった今も、私は生きている。
香辛料を増やして大人の顔になったり、チーズと出会って洋風に変わったり。
それでも、私は、あの頃の記憶を捨てていない。
──海と、鋼と、湯気と、無言の別れ。
私を最後に食べたあの若者が、あの日空を見ながら願ったこと。
「これが最後の味なら、俺は満足だ」
私は、カレーライス。
戦場を知り、食卓を知り、
人の孤独も、希望も、すべて味わってきた。
今日もまた、誰かの皿の上で湯気を立てている。
そのひと口に、あの記憶の一片が宿っていれば、私はそれでいい。
私は、確かに生きていた。
あの艦と共に、夢を乗せて──海へ向かったことを、私は忘れない。




