静かに、琥珀は語る
私は、ウイスキーだ。
蒸留されたのは、いつだったか。
まだ若く、無色透明で、落ち着きもなかった。
それが樽に詰められ、暗く冷たい倉庫に運ばれた。
最初の数年は、眠ることに慣れなかった。
木の匂い、静けさ、外の空気のざわめき……
どれも新しくて、どこか寂しかった。
でもやがて、私は静かになった。
樽の中で、時は琥珀を育てる。
私は少しずつ、まろやかに、深く、複雑になっていった。
陽が差すこともない、誰にも声をかけられない日々。
けれど私は、確かに変わっていた。
誰に知られずとも、価値は育つのだと知った。
そして、ある日。
静寂が破られた。
蓋が開き、光が差し込む。
私は瓶に注がれ、ラベルを与えられ、
バーの棚に並べられた。
そこから、長い夜が始まった。
カウンターの向こうでは、たくさんの話し声があった。
恋の始まり。
別れの決意。
夢の破片、過去の傷。
私は、ただそこにいた。
グラスに注がれ、氷に触れ、誰かの喉を通っていく。
「……この一杯に、救われた」
そんな声が聞こえた夜もあった。
私は、誰かの記憶の中に染みこんでいった。
それで十分だった。
ある夜、男がやってきた。
古びたコートに、疲れた目。
でも、グラスを見つめるそのまなざしは真っ直ぐだった。
「これ、あの頃よく飲んだやつに似てるな……」
マスターが、私をそっと注いだ。
男は、黙ってひと口飲んだ。
「……変わらねぇな。…心に…沁みる」
きっと、思い出したのだろう。
名前の呼ばれなかった誰かを。
もう戻らない時間を。
でも、男は微笑んでいた。
その笑顔を見たとき、私は思った。
――この一杯のために、
あの眠りの時間があったのだ、と。
私は、ウイスキーだ。
語らないけれど、
語るものがある。
静かに、ただそこにあることで、
誰かの心に火を灯す。
そうしてまた、夜が深まる。




