わしの名は、海の日じゃ
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
わしの名は──海の日。
長いこと、潮風をまとって生きてきた、ちょっと年季の入った祝日じゃ。
海が好きか?
なら、ちょいと耳を貸してくれ。
わしがどう生まれて、何を願って、今ここにいるか……話してやろう。
――時は明治天皇の御代。
1876年、明治丸という船に陛下が乗られ、東北を巡幸なされた帰路、無事に横浜へお戻りになった日──7月20日。
この日が、わしの魂の原点じゃ。
海を渡り、風とともに旅をして、
人と人とを結ぶその「大いなる道」に、敬意を払う日。
けれど、祝日として名を授かったのは、遥か後のことよ。
時代が変わって、港が栄えて、暮らしが変わっても、
海はずっとそこにあった──黙って、でっかく、包み込むようにな。
わしが初めて「記念日」として認められたのは1995年のこと。
「海に感謝し、海の恩恵を知る日を」という人々の願いが、ようやく実を結んだんじゃ。
そして1996年、わしは正式に“祝日”となった。
初めて胸を張って、カレンダーにその名を刻んだあの日の喜び──忘れられん。
あれからしばらくは、ずっと7月20日に祝われておった。
だが2003年からは、7月の第3月曜日へと姿を変えた。
人々に少しでも「海と過ごす時間」を贈れるよう、連休の一角に身を寄せたんじゃ。
わしが変わっても、願いは変わらん。
海を愛し、海に生かされるすべての者へ──敬意と感謝を伝えたい。それだけじゃ。
海は…ええか?
ただの水の塊やない。
命のふるさとじゃ。
祈りを乗せて旅立つ場所じゃ。
時には牙をむき、時にはぬくもりをくれる、母のようなもんじゃ。
漁師の網にかかる朝陽、
波間を漂う夏の子らの笑い声、
潮の香りを運ぶ風に、遠いふるさとを思い出す者──
海のそばには、いつも人がおる。
そして人のそばにも、いつも海がある。
わしは、そんな“あたりまえ”を、守るための一日なんじゃ。
だから、頼む。
この日くらいは、空を見上げて、潮の香りを想ってくれ。
遠い国へ物資を運ぶ船、
傷だらけの漁師の手、
静かな砂浜に流れ着いた貝殻ひとつ──
ぜんぶが、わしの一部じゃ。
そして、君の暮らしとつながっているものなんじゃ。
わしの名は、海の日。
波のように静かに、風のようにやさしく、
それでもどこまでも力強く──
生きる者たちを支える、青の祈りの日じゃ。
──さあ、靴を脱いで海へ行こう。
子どもみたいに足を濡らしてみい。
きっと聞こえるぞ。
潮騒の中で、わしがそっと言う声が。
「ありがとう」とな。




