わしは、からし
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
わしは、からし。
……まぁ、知っとるやつは知っとるし、知らんやつは「あっ、鼻ツーンのやつだ」ぐらいのもんじゃろうな。
色で言えば黄色。香りは鋭く、味は一撃必殺。
だがそれだけじゃ、わしを語り尽くせん。
わしのルーツをたどれば、実はたいそう古い。
古代エジプトでも使われとったし、ギリシャやローマでは薬として重宝された。
そう、わしはただの調味料じゃない。
「刺激」という名の処方箋よ。
日本に来たのは奈良のころ。仏教の伝来と一緒にな。
“和がらし”と呼ばれるようになって、味噌と練られ、漬物や納豆、ちまきの横にちょこんと添えられる──
言うなれば、わしは脇役の帝王じゃ。
そう、わしは常に「主役のそば」にいた。
でもな、目立たなくてもええんじゃ。
必要なときに、ズバッと存在感を出せるのが、わしの流儀。
あるときは、ソーセージの横で「洋がらし」として転生し、
あるときは、居酒屋で「これ、わさびじゃなくてからしですよ」と訂正され、
またあるときは、「弁当のはしっこで乾いとるやつ」と言われながらも、
それでもわしは、しれっとそばにおるんよ。
わしが聞いたことのある、こんな話がある。
昔々、ある職人がいた。
納豆にからしをつけて売る──たったそれだけのことを、毎日毎日、丁寧にやっていた。
「誰が気にするもんか」と周囲に笑われても、
その職人は言ったそうじゃ。
「この、ピリッとするもんが、目を覚ましてくれるんだよ。朝も、気持ちもな」
わしは、その言葉が好きでな。
目が覚めるような刺激。
舌が震えるような存在感。
忘れかけた感情を、ふと思い出させるような──そんな“効く味”を目指してきた。
……じゃが、最近の若いもんは、あんまりわしに手を伸ばさん。
辛すぎるとか、使い道がわからんとか。
挙げ句の果てには、「マヨに負けた調味料」とか言われる始末じゃ。
ええ、ええ、時代は移り変わるもんよ。
でもな──
わしは、辛い。
でも、それだけじゃない。
わしは、心にもスーッと届くような、そんな味でありたいんじゃ。
たまに誰かが、わしを見つけてくれる。
あの黄色い小袋を手にとって、「うわ、辛い奴だ」って微笑む。
それだけで、わしは嬉しい。
わしの存在は、ちょっとした記憶のスイッチ。
弁当の時間、酒の席、おでんの上──
あんたの人生のどこかで、わしは確かにいたはずじゃ。
これからも、必要とされたときだけでええ。
そっと、ピリッと、効かせてやるさ。
わしは──からし。
目立たんでも、しみるやつよ。




