泡の向こうに、また会えたら
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
わしの名は──ホッピーじゃ。
……いまじゃもう、
ほとんどの若い衆には知られとらん。
ビールじゃない。
でもビールみたいに泡が立って、
焼酎を注げば、ええ具合に喉を潤してくれる。
そうやって、わしは戦後の日本を生きてきた。
あの頃、金はなくても、笑いがあった。
昭和の赤提灯の灯りの下、
わしはようけの男たちと杯を交わしてきたんじゃ。
「おい、ホッピーもう一本!」
「兄ちゃん、今日は黒にしてみるか?」
そんな声が、夜風にまぎれて聞こえとった。
わしは、“あの頃の味”の象徴だったんじゃ。
……けどの。
平成が過ぎ、令和になって、
わしを置いて時代はよう走った。
若い子にゃ、「なにそれ?」と首をかしげられ、
メニューにわしの名が載ることも、だんだんと減っていった。
冷蔵庫の奥、棚の隅、
誰にも気づかれんまま、売れ残る夜も増えた。
店の主人がため息まじりに言う。
「ホッピーも、もう時代じゃないのかなぁ……」
……わかっとる。
流行は変わる。好みも変わる。
それが、世の理じゃ。
でもの、
わしは思うんじゃ。
“忘れられる”ことと、“無かったことになる”のは、違う。
この前、ある老夫婦が来とった。
奥さんがそっと言うんじゃ。
「あなた、昔よく飲んでたわね。これ……まだあるのね」
ご主人は目を細めて、笑うた。
「あぁ、あの頃を思い出すなあ……」って。
それだけで、ええ。
わしは、それだけでよかった。
誰かの記憶の奥底で、
ふと浮かんで、懐かしんでもらえたら──
それで、十分なんじゃ。
泡の立ち方も、炭酸のはじけ方も、
わしは昔のまんま。
だけど、時代がそれを必要とせんのなら、
わしは、静かにその場所を空けるとしようか。
わしは、もう大丈夫じゃ。
次の時代には、きっと新しい味がある。
若い子らには、若い子らの酒がある。
わしはそれを、笑って見送ることにする。
ありがとうのう、みんな。
昭和も、平成も、よう付き合うてくれた。
わしは、そっと消えていく。
泡が静かに、夜の空に溶けるように。
またいつか、どこかの街角で。
思い出してくれたら──
その時は、もう一度、乾杯しようかの。
ホッピーじゃ。
忘れられても、愛された。
それが、わしの誇りじゃけぇ。




