吾輩は“花の都”である
*この物語は作者が趣味で、適当に書いてるメモと朝一番の(強制)ラジオ体操中におもいついた内容と妄想を書き溜めたモノをス〇ゼロを飲みながら書いた”短編作品”です。支離滅裂・シナリオ崩壊等の描写がございますが、それでも見たい方は… 好きな飲み物(アルコール的な物は大歓迎)とすきな煙(火をつけるものならナカーマ)を嗅ぎながら…生暖かい目で見てください(小並感)
なお…極力R指定的な作品は掲載しないようにするのでぇ~よろしくお願いします(小並感)
吾輩はパリである。
かのセーヌのほとりに生まれ、時を編み、歴史を纏い、夢を抱く──世界の都市の中でも、ひときわ華麗に、誇り高く生きる者。
ニューヨークは速すぎる。ロンドンは古すぎる。
ローマは美しいが、少々過去に浸りすぎている。
東京は鮮やかだが、吾輩のような詩情は持たぬ。
だが、パリ──吾輩はそのすべてを調和させた、**真の“花の都”**である。
石畳には、幾千の靴音が刻まれておる。
革命家の叫び、恋人たちのささやき、画家の独白、詩人の溜息。
モンマルトルの丘では太陽が絵筆となり、
サン=ジェルマン=デ=プレの黄昏では、知と知が葡萄酒のように語り合った。
エッフェル塔が空を突き、凱旋門が誇りを刻み、
ルーヴルが静かに美の本質を見つめる。
それらすべてが、吾輩の装い。
誰が装飾を施したわけでもない。これは、生まれながらの姿なのだ。
──何もかもが、粋で、優雅で、深い。
真昼のカフェで交わされる会話にすら、芸術が宿る。
深夜の橋の下、セーヌの水面に揺れる灯りすら、ひとつの詩。
吾輩はただの都ではない。世界が憧れた舞台であり、
恋と革命と芸術が交差する、永遠の“花園”である。
かつて王はここに玉座を置き、民衆はここで自由を叫んだ。
思想はここで花開き、ファッションはここで息を吹いた。
バレエもオペラも、香水もモードも、吾輩の胸から生まれた。
見渡すがいい、世界のどこに、
このように多彩で、凛として、しなやかな魂を持つ都があるだろう?
ノートルダムの鐘が鳴るたびに、吾輩は誇らしく思う。
「世界よ、見よ──これがパリである」と。
歳月は流れようとも、時代が変わろうとも、
吾輩は決して色褪せぬ。
なぜなら、花の都とは、咲き誇るだけではない。
人の心に、永遠に残り香を遺すものだから。
そして今宵もまた、吾輩の街路には人々が集う。
歌い、語り、愛し合い、そして夢を見る。
それが、この都の宿命であり、喜びなのだ。
──吾輩はパリである。
世界の都たちよ、見上げるがよい。
吾輩の名は、“花の都”パリである。




