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「……本当みたいだね」

 納得したような顔をした私を見たカーネリアンがブラッドに言う。

 ブラッドは「当たり前だ!」と叫んだ。

「試してみればすぐに分かるのに、嘘なんて吐くか」

「そう、それは良かった。で? 対症療法は分かったけど、根本的な治療はどうすれば良いのかな」

「知らん」

「ブラッド」

「本当だ! 本当に知らん!!」

 カーネリアンに強く名前を呼ばれ、ブラッドが焦ったように言う。

「そもそも、吾輩はその女を使って過去に戻ることを目的としていた! だから目的を果たせばその女は用済み。治療法など吾輩が知っている筈がないだろう!!」

「……屑の所業だけれど、話の筋は通っているね。自分の道具として使ったあとは、苦しもうが死のうがどうでもいい、と。うん、非常に魔王らしい意見だ。とっても参考になるよ」

 冷たく笑うカーネリアン。逆にブラッドは首をおさえ始めた。

「待て……! 締まってる! 締まっているから!! 本当のことを言ったのに首を絞めるとかどういうことだ!」

「え? そんなの決まっているだろう。お前が屑だからだよ。私の大事な大事なフローライトを道具とするどころか、捨て置こうとさえ考えていたんだろう? 万死に値するよね」

「悪かった! 悪かったから!!」

 助けてくれとばかりにブラッドが叫ぶ。腹に据えかねた様子のカーネリアンだったが、ようやく多少気が済んだのか、パチンと指を鳴らした。

「――覚えておけ。二度はないよ」

 ハアハアと前足を地面につき、ブラッドが震える声で言う。

「こっわ。人間、こっわ」

「ブラッド?」

「何でもない!!」

 ヒィっとブラッドが縮み上がる。魔王が相手だというのに、すっかり上下関係ができあがっているようだ。

 カーネリアンが私の方を向く。眉を下げて言った。

「ごめんね。何か情報を持っているかなって期待したんだけど」

「ううん。元々期待していなかったし、その、対症療法だけでも分かったから」

 打つ手がないと言われないだけでも全然マシだ。

 そう言うとカーネリアンはブラッドを放置し、私の方へ来た。手を握る。

「大丈夫だよ、フローライト。私がずっと側にいるから。体液摂取が必要なら、毎日たくさんキスすればいいんだ。簡単な話でしょう?」

「えっ……」

「今までもずっと苦しんできたんでしょう? ごめんね、全然気づいてあげられなくて。本当に自分が不甲斐ないよ。君のことならなんでも知っているつもりでいたんだけどな。情けない」

 悔しそうに顔を歪め、カーネリアンが言う。慌てて否定した。

「そ、そんなこと……気づかなくて当たり前だし。私が言わなかったんだもの。悪いのは相談しなかった私であって、あなたではないわ」

「でも、ずっと痛みと闘ってきたのは事実なんでしょう? ……フローライト、お願いだよ。今度から頭痛が起きたら必ず私に教えて。二度と黙っているなんて真似はして欲しくないんだ」

「わ、分かったわ」

 真剣な顔で告げられ、頷いた。

「今度から頭痛がしたらカーネリアンに言う」

「うん、そうして。たっぷりキスしてあげるから。いや、やっぱり予防も兼ねて、毎日キスしておいた方が良いよね。フローライトを痛みで苦しめるなんて本意ではないから」

「あ、あの……カーネリアン?」

「どれくらいキスしておけば、フローライトは頭痛に悩まされることがなくなるのかな。そうだ、今度ちゃんと正確なところを調べようね。知っておかないと、あとでフローライトが苦しむ羽目になると思うし、そんなのは嫌だから」

「えっと、ええ、それは私も賛成だけど……」

 カーネリアンは真剣に私のことを考えてくれている。それは分かるのだけれど、なんとなく方向性が少しずれだしているような、そんな気がした。

 カーネリアンがなんだか少し嬉しそうに言う。

「……不謹慎だって分かっているけど、本音を言えば嬉しいよ。ずっと、もっと君に触れたいなって思っていたから。キスの回数も実は今まで遠慮していたんだ。でも、君が頭痛に苛まれても困るからね。これからは遠慮せず、どんどんキスすることにするよ」

「……遠慮?」

 思わず「え?」と思ってしまった。

 だってカーネリアンは昔もそうだが今も大概キス魔なのだ。特に今は一緒に暮らしていてふたりきりで過ごすことも多いから、それこそ毎日どこかのタイミングでキスしている。

 そういえば、学園に入学してから頭痛は鳴りを潜めていた。最近は、魔王のことばかり考えていて痛まない頭痛のことなんてすっかり忘れていたが、なるほど、カーネリアンと毎日触れ合っていたからだと気づけば納得しかない。

 しかし遠慮。

 遠慮とはどういう言葉だったかなと思わず考えてしまった。

 普段のカーネリアンを見て、遠慮しているようにはとてもではないが見えなかったからだ。

 ――え、もっとしたかったの? 嘘でしょ。

 別に嫌とかそういうわけではないし、少しだけだけどキスすることを義務みたいにさせてしまって申し訳なくなってしまった気持ちがあっただけに、彼の言葉を嬉しくないとは言わないけれど。

 これ以上ってどうなるのかなと真面目に考えてしまった。

 毎日、今よりもキス。

 ……なんか、変な気持ちになってしまいそうだ。

 彼のキスに蕩けて、抱いて欲しいと言い出しかねない。

 ――駄目よ、駄目。カーネリアンとは十八歳の誕生日にって約束してるんだし。

 自分からその約束を反故にするようなことはしたくない。

 なので私はできるだけ真面目な顔を作り、カーネリアンに言った。

「え、ええとね、カーネリアン。心配してくれるのは有り難いんだけど、私、学園に入学してからはほとんど頭痛はなくて――」

 だから今のままでも十分だと言いたかったのだが、カーネリアンは語尾にハートが付きそうな声で言った。

「だーめ。これからは飽きるほどキスしようね。――君に飽きるなんて絶対にないけど」

 最後の言葉を酷く優しく告げ、彼が私を抱きしめる。

「大好きだよ、フローライト。――君が私のためにしてくれた全てのことを私は絶対に忘れない。君を愛してる。ずっと一緒にいよう。今度は絶対に置いて行かないから」

「っ……!」

 聞かされた言葉に涙が溢れる。

 置いていかない。

 それが何より嬉しくて、望んでいた言葉だった。

 カーネリアンにしがみ付き、何度も頷く。

「うん、うん――。私を置いて行かないで。愛しているの」

 二度と彼が冷たくなっていく光景を見たくない。

 ――死ぬなら一緒に連れて行って。

 お願いだから『幸せになって』なんて、できないことを求めないで欲しいのだ。

 カーネリアンが顎に手を掛ける。私は泣き濡れた目を瞑り、宥めるような口づけを受け入れた。




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