6話 「酒宴」
この程度の夜風で体調を崩すとも思えないが、ママナの忠告どおり部屋へと戻るか。・・・明日は出立、今更緊張でもないのだが妙に寝付けそうもない。いや、本当は自分でも原因はわかっているのだがな。離れがたい思い・・・か。
「何をしけた顔をしているのだ。」
突然響く声。本人はそんな意思はないのだろうが、俺にまったく気づかれずにここまで接近する奴など一人しか思い当たらない。
「俺に何か用か? アシュラ?」
アシュラの様子は偶然というよりは探していたって言う感じに見える。
「何、百年前に交わした約束を果たそうと思っただけだ。」
約束? 一瞬俺の体に緊張が走る。・・・約束といわれて決闘の方を思い出したのはそちらの方が危機感があるから・・・ってことにしておいて欲しい。
「何を緊張している? そちらの方は暫しお預けだ。貴様がもっと強くなるまで・・・もっと楽しい戦いが出来るようになるまでな。今宵の用はこっちだ。」
俺の態度に特に気を悪くした様子もなく、アシュラが見せてきたのは・・・ワイン? そうか、また飲む約束もしていたな。
「そっちのほうか。すまんな、俺の方から約束したはずだったんだが。」
アシュラの持ってくるワインは上等だからな。生きる目的の一つにでもという意味を込めて百年前に俺から持ちかけた約束だった。
「まったくだ。オレを恐れずに酒を酌み交わせる奴などそうはいない。・・・それなりに楽しみにはしていたんだがな。」
・・・やはりこいつも悪魔なんだな。言葉の上では寂しそうに責めるように言っているが、にたにたと笑うその笑みは完全に俺で遊んでいるだろう?
「侘びに今日はたっぷりと付き合ってやる。ストックがなくなったなんて泣き言は聞かんぞ?」
「貴様がそんなに強いとは思えんがな。言っただろう? こんな酒など腐るほどあると。」
・・・もし、俺に未来を予見する力があったならこんな約束はしなかっただろう。まさか、あんなことになるとは露ほどにも思っていなかったんだ。
リュウトを伴ってビアホールへ行く。酒は持参するのだからどこで飲んでもいいのだが、場所の雰囲気というのもつまみのひとつだ。なお、途中で出会ってしまったレミーもさすがに酒の席に同席しようとはせず(レミーは未成年)オレは悪魔らしくもなくルールに感謝することになったが・・・。
少々薄暗い照明の中、オレとリュウトは酒を酌み交わす。言葉などはいらない。いくら弱いからとちびちびと飲むリュウトは少々気に入らないが、こうやってオレと酒を酌み交わす奴などこいつぐらいしかいないのだから。
「なぁ、アシュラ・・・俺は明日、出立する。」
唐突にリュウトが切り出す。・・・ふん、こいつまでオレについて来いなどという酒がまずくなることを言い出さんだろうな?
「それがどうした? オレには係わり合いのないことだ。」
そう、リュウトがどうであろうとオレには関係ない。・・・オレはオレとして行動する。ただそれだけだ。
「そうだろうな。お前は誰よりも自分の感情に忠実だ。俺が何を言っても、また言わなくても自分の意にそぐわないことはやらないだろう。」
・・・オレは沈黙を持って答えとし、目線で先を促す。
「ただな、俺にとってはお前は友だ。黙っていくのもどうかと思った。・・・それに口に出すことで固まる覚悟というのもある。レミーやママナ・・・アキにはこんな姿は見せられないさ。」
下らぬと思う。こいつがオレをどう思おうとそれはよしとしよう。そして、こいつの心が弱いことなどよく知っている。リュウトがあげた女どもも確かに弱い。だが、こいつは輪にかけて弱いのだ。常に何かを恐れている。にもかかわらず自己を守ろうとしない。危ういバランスの中で辛うじて自己を保っているのだ。
「ふん、貴様が何を恐れているかは知らん。だがな、オレを頼っても何も変らんぞ。」
オレたちは友ではない。ライバルだ・・・何時の日か死闘を繰り広げる。その日が来るまでお互い死ねない、死なせない・・・それだけのこと。
この後のことは・・・思い出したくない。くっ! 一体なんだというのだ! あの女は!?
アキをリュウト君のところに追いやって、しばらくして見回りをしていると意外なものを発見した。あれはリュウト君とアシュラ君ね。結構いいお酒飲んでるじゃない! 私も最近ご無沙汰だったしご相伴に預かろうかしら。・・・でも、アキはどこに行っちゃったのかしら?
「男二人で飲んでも花がないでしょう? 私も混ぜていただけませんか?」
後ろから急に声をかけたんだけど、二人とも驚かないわね。・・・まぁ、この二人なら私の気配ぐらいは多少酔っていようとも感知できるのでしょうけど。
「ふん、花など必要ない。だが、飲みたいというなら勝手に飲んでいけばいい。」
あらあら、アキの言うとおり素直じゃないのね。まぁ、実際に誰でもいいんでしょうけどね。
「では、お言葉に甘えて。・・・はぁ、いいワインですわね。ただちょっと度数が低いかしら。」
まぁ、ワインとしては高めでしょうし、美味しいんだけどちょっと物足りないわね。
「むっ! そうか? ワインとしては高いと思うが。」
そう、『ワインとしては』なのよ! やっぱり飲むんなら度数の高いのを一気にでしょう!
「では、いいワインを飲ませていただいたお礼に私が本当のお酒というものをご馳走しますわ。」
別に私専用ってわけじゃないんだけど他の人たちは遠慮して飲もうとしないからストックが溜まっているのよね。・・・あ、あったあった。三人だから樽三つもあれば足りるかしら? まぁ、足りなければそのとき持ってくればいいんだけど。
「あ、あの・・・メイさん? その量は一体??」
う~ん、やっぱり三つぐらいじゃ足りなかったかな? 竜も悪魔も大酒飲みが多いって聞くし・・・。
「やはり足りませんか? ストックはまだまだありますのでもっと持ってきてもよろしいですが・・・。」
「い、いや! もういいから! 座って飲んでください!!」
リュウト君が何故か悲鳴じみた声をあげる。一体どうしたというのかしら?
「そうですか? じゃあ、たっぷりと飲んでくださいまし。」
ん~! やっぱり久しぶりに飲むと美味しいわね~! 未成年のアキは問題外として、ドクターとか結構誘っているのに誰も2回目以降来てくれないのよね。
「ゴホッ! ・・・女、これは一体なんだ?」
一口飲むなりむせ返るアシュラ君。リュウト君に至っては匂いを嗅ぐだけで固まってるし・・・。一体どうしたのかしら?
「何って・・・普通のお酒ですわ。アルコール度数95%のウォッカですが、もう少し度数の高いものもございますがそちらの方がよかったでしょうか?」
その後、何故か固まってしまったアシュラ君といつの間にかいなくなったリュウト君を無視して私は一人久しぶりのお酒を堪能したのです。
え~、今回はこの一言でしょうか。最強の肝機能を持つ女登場と・・・
メイ「まったく、リュウト君もアシュラ君もあんなにお酒に弱いなんて思わなかったわ。」
そりゃ、あなたから見れば誰でも弱く見えるでしょう。ちょうど、アシュラが(あくまで実戦では)周りのものが弱く見えるように・・・
メイ「そうかしら? 私は極普通だと思うんだけどな。私たちの両親はもっと飲んでいたし。」
・・・アキもそのうちそうなるのかな? ところで樽三つは結局どうなった?
メイ「しょうがないから私が二つ半ほど飲んだわよ。後半分は二人が・・・もっともアシュラ君が8割ほどでリュウト君は殆ど飲んでないけど。」
いや、二人の配分なんかより、あなたが樽二つ半飲んだってことが異常すぎです。・・・ましてあんな度数の高いものを。
メイ「そう? 意外とたいしたことないものよ? 樽って言っても小柄な人なら隠れられる程度の大きさですよ? あなたも今度お誘いしましょうか?」
全力でお断りします。というわけで次回はリュウトを探し続けるアキと今回ちょっとだけ出てきた彼女の話です。
メイ「私?」
あなたはちょっとどころの騒ぎじゃないでしょう・・・。




