1話 「広まる伝説」
邪竜神が打ち倒されたころ、闇の底で蠢く者たちがいた。
「どうやら予想以上の効果があったようだな。」
「はい、最終的に邪魔となる邪竜神を倒す方法はいくつかありますが、もっとも簡単なのが『あの剣』を用いること。まして相打ちとは都合がいいですわ。欲を言えば、あの坊やは私の手で始末したかったのですが・・・。」
「そういうな・・・ルーンよ。我らの意のままに活躍してくれた奴に感謝しようではないか。」
「はっ! では・・・すぐにでも侵略を?」
「・・・いや、しばし平和とやらを味あわせてやろう。絶望とは・・・希望が壊されたときにより深く落ちるものだ・・・。」
レミーやアシュラたちと別れて私は一人帰路へとつく。ハァ、さっきからため息ばかり。・・・ん? ここはリュウトたちが暮らした孤児院・・・の跡地。そうね、せめてマリアさんたちのお墓参りぐらい・・・報告もしなくちゃいけないよね。
孤児院からちょっと外れた場所の見晴らしのいい高台にマリアさんたちのお墓はある。アレ? あそこにいるのは・・・
「ママナ・・・こんなところにいたのね。」
決戦の前に別れた魔族の女の子ママナがマリアさんたちのお墓に手を合わせていた。お墓に供わっているお花はきっと彼女が摘んできたものだろう。・・・考えてみれば元々彼女はこの先の迷いの森(私が住むエルファリアもそこにあるんだけど)に住んでいたんだから、ここにいても不思議ではないのね。
「アレ? アキじゃない! ・・・ねぇ、リュウトは・・・どこ?」
そうだよね・・・ママナだってリュウトのこと大切だったんだよね? 私とはちょっと違う大切かもしれないけど・・・
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・。」
「ちょ、ちょっとアキ! どうしたのよ~。」
ぽろぽろと涙をこぼした私を見てママナが慌てる。
「・・・そっか、リュウトらしいね。でもね、アキ!アキもリュウトと一緒だよ! なんでも自分のせいだって思い込んで、話を聞いた限りじゃ悪いのは最後にドジやったリュウトでしょ?」
ママナは目にいっぱい涙を溜めながらも気丈に私を励ましてくれる。いつものようにぶ~! って頬をめいいっぱい膨らせながら・・・。
「リュウトはね、昔からそうだったな。まるで何でもできるんだって感じで周りには自信満々っていうのを見せて・・・自分ばっかり傷ついて、最後に考えられないようなドジを踏んで心配かけるの。」
遠い目をして話すママナ。きっと彼女が見ているのは私が知らない昔のリュウト。そして、私が旅の間見てきたリュウトでもある。あはは、本人も言っていたけど本当に昔から変っていないんだね。
「大丈夫。私が知っているだけでもリュウトが死に掛けたのは一度や二度じゃないもん。影からいつも見ていたけど、何回もうやめてってマリアの前に出て行こうと思ったことか・・・。」
あ~、やっぱりマリアさんの所為でリュウトは危険な日常を送っていたのね。でも、リュウトのあの死の淵での粘り強さはそのおかげかもしれないし・・・複雑だわ。
「だからきっと今回も大丈夫! うん、リュウトが休んでいる間も私は頑張って・・・リュウトとの競争は私が勝つんだもん!」
リュウトとママナの競争(1部8章6話参照)・・・決着なんてつかないことは彼女だってわかっているはずなのに・・・ママナは強いんだね。
「そうだな・・・私も負けてられないな。」
一頻り無理やりにでも笑って、私は近くにいるのに立場上そうはあえないだろう友人と別れたのだった。
ママナと別れ、一人森の中をとぼとぼと歩く。もの凄く久しぶりな気がするふるさとの森。でも、心は少しも晴れない。この森に・・・そしてエルファリアに一緒に帰ってきたかった人は隣にいない。嫌がおうにも以前二人でこの森を歩いた時の記憶が、あの笑顔が頭をちらつく。ハァ・・・リュウト。
パンパカパ~ン・・・いきなり鳴り出すラッパによるファンファーレ。い、一体何!?
「女王様のご帰還~~~!!!」
私はいつの間にかエルファリアの入り口まで着いていたらしい。つまり私がアキ=シルフォードでいられる時間はもう終わった。ここから先は私はアキ=シルフォード=エルファリアだ。
「ふむ、出迎えご苦労!」
民の前では落ち込んだところなど見せられない。胸を張り(誰よ、張るほどないなんていうのは)堂々と歩く。私は女王、それも邪竜神を打ち破った英雄と扱われるのだ。・・・私はろくに役に立てなかったとしても・・・。
「女王様、お帰りなさいませ。」
宮殿の入り口で深々と臣下の礼をとりながらも優しい笑みを見せてくれるお姉ちゃん。・・・うん、会えて嬉しい。帰ってきたんだなって実感できる。でも・・・私の心に開いた穴を埋めるには足りない。
「メイよ、国に変りはないか?」
「はい、仔細問題はありません。」
お互いにお互いの感情を隠して話す当たり障りのない会話。ここはまだ民の目がある。私もお姉ちゃんも個人ではいられない。
「そうだったの。よく頑張ったわね、アキ。」
私の私室にたどり着き、ようやく私は・・・私たちは個人の顔を見せられる。もっとも今日がきっと特別なのだろうけど。
「頑張ってなんか・・・頑張ってなんかないよ。リュウトを・・・リュウトを犠牲にしてしまった。私が出来たことなんてほんのちょっとだけ。」
優しく後頭部をポンポンと叩いてくれるお姉ちゃんの手が凄く暖かい。・・・そんなことされたら余計に涙が出ちゃうよ。
「ねぇ、アキ? あなたはもう諦めてしまうのかしら? ・・・リュウト君はあなたにとってもう過去の人・・・それでいいのかしら?」
ピクン・・・お姉ちゃんの言葉に思わず体が反応する。・・・諦める? 私がリュウトを? 嫌だよ、そんなの・・・。
「嫌だよ、私まだ諦めたくない。・・・まだ思い出なんかには出来ないよ。」
「じゃあ、精一杯あがきなさい。リュウト君はそうやって戦ってきたのでしょう? 彼は竜神様・・・石化しただけで死んでしまったわけじゃない。諦めなければ奇跡だって起きるわ。」
お姉ちゃん・・・。うん、私絶対諦めない! 私の恋はまだまだここからなんだから!
「お姉ちゃん・・・ちょっとお願いがあるの・・・。」
「ん? あなたがお願いなんて珍しいわね。何かしら?」
こんなに優しいお姉ちゃんほどじゃないと思うけどね。
「あのね、この戦いのことをエルフの皆に・・・ううん、もっと多くの種族の人たちに知って欲しい。」
私たちが・・・ううん、リュウトがどんな思いで戦ってどんな苦労をして勝ち取った平和なのか。もっと多くの人に知って欲しい。
「・・・そうね。まだ人々の多くは世に平和が戻ったことを知らない。多くの人に伝えましょう・・・四人の英雄の物語とともに。」
一方そのころ
「・・・レミー、ただいま戻りました。」
はぁ、こんな顔してたらいけないってことはわかってるんだけど、やっぱり寂しいよ、アーくん、あーちゃん・・・そしてリューくん。
「レミー、お帰りなさい。」
にっこりと笑いかけてくれたのはわたしがお仕えしてる神様・・・女神様って言うべきなのかな? わたしもよく美人っていわれるけど、この人はもっと綺麗。ただ、性格は結構きついところもあるんだけどね。
「で、さっそく旅のこと教えてちょうだい。・・・特にあなたがかけた迷惑のあたりをよ~く・・・ね。」
・・・こんな感じなのよ~。
「・・・はい、わかりましたぁ~!・・・レーチェル様。」
わたしは心の中で泣きながら答えるの。・・・あっ! わたしがお仕えしてる神様はレーチェル様っていってね、昔は先代の竜神と旅してたんだって! だからかな? レーチェル様がわたしにリューくんを助けに行けって言ったのは? あとね、昔は普通の人間だったって話もあるんだけど、本当かな?
「ふ~ん、結局リュウトくんはライオスと同じ道を辿ちゃったか。いえ、ライオスよりはマシかしらね。死んだわけじゃないし、邪竜神もしっかり倒してるから。」
・・・そうだよね、リューくんは死んじゃったわけじゃ・・・あ~! そうだ、わたしよりもずっと回復のうまいレーチェル様なら!
「あ、あのレーチェル様!」
「駄目よ。」
ま、まだ何にも言ってないのに~~!! そんなにきっぱり断らなくても・・・。
「別に私は他の神みたいに『神は下界に関わるべきじゃない』なんて頭の固いことは言わないけど、普通の石化ならともかく邪竜神の呪い、それも本来は致死の呪いとなると荷が重いわ。」
れ、レーチェル様でも駄目なの? ・・・リューくん・・・。
「ほら、そんな顔をしないの。・・・そうだ、あなたたちの物語を多くの人に伝えましょう。」
えっ? ・・・それってリューくんのこととどう関係が?
「彼も竜神・・・立派な神の一員なのよ。人々の尊敬とか・・・いわゆる信仰心ってのが力を増幅してくれるし、それにあの剣の力なら・・・ううん、ともかくあなたたちの物語が広く広まればきっと彼が復活する手助けになるわ。」
リューくんが・・・復活する!?
「はい! わたし、お手伝いします!」
「うん! じゃあ、頑張ってきてね~。」
「・・・ ・・・? ってわたしだけでやるんですか~!?」
「うん! だって、そんなことが出来るぐらい暇な天使なんて私のところにはあなたしかいないもん。」
ひ、暇って・・・レーチェル様酷いよ~! って・・・わたしまた落ちてる~!?
「きゃぁぁぁああああ!!レーチェル様酷いですうううぅぅぅぅぅぅ!」
わたしはリューくんと出会ったときと同じようにいきなりレーチェル様に天界から突き落とされたのだった。・・・シクシク。
「あの子ったらいつになったらとっさに飛べるようになるのかな? ふう、お調子者のおっちょこちょいというのも相変わらずと。」
こうしてエルフたちとレミーの手によって竜神の伝説は世界へと広がっていったのだった。
始まりました第二部です。闇に蠢く怪しい影、傷心のアキとレミー、そして伝わる竜神の伝説。新たな冒険の幕が上がるまでにはもう少し時間がかかるようです。
第一部はあくまでプロローグにすぎません。本格的な物語はこの第二部から。リュウトたちの物語のさらなる広がりをお楽しみください。




