7話 「きしみだす歯車」
「や、やめようよ。き、きっとばちとか当たるよ?」
「安心しろ。俺にばちを与えられるような神は・・・いるにはいるが少数派だ」
アイが言っていた社の入り口あたりでの会話。思い浮かんだ顔は勿論、普段はにこやかな笑みを浮かべているあの女神様なわけなんだが、それにしても
「む~~」
結局はいる事が出来ずに入口からむくれた顔で見ているアイ。うん、傾向としてはいいかもしれないな。たとえ、それが逃げでしかないにしても会話をすることで気持ちが少しでも和らぐのならば・・・彼女が乗り越えなくてはいけないものは極めて重いのだから。そして
「ど、どうだったリュウト?」
「駄目だな。何かの封印らしいものは見つかったが、すでに持ち去られている。手がかりと呼べそうなものはなかったよ」
俺のその言葉にアイの顔が少しだけ悲しげにゆがむ。それが復讐などの感情であるならば、どの口が言うかという気はするが俺は彼女を止めなくてはいけないのだろう。だが
「持ち去られていたってことは・・・やっぱり?」
「・・・ああ」
彼女は頭は悪くない。おそらく俺と同じところまではすでに予想していたんだろうな。そう、『持ち去られていた』ということは、そしてあの獣が『何も持っていなかった』ということは・・・操られていたのか利用されたのかはともかくとして、本当の黒幕はこの封印の中にあった何かを手に入れるためにこの国を滅ぼし、そしてまんまと目的を達成したという事に他ならない
「ねぇ、リュウト・・・この国ってこんなに綺麗だったんだね」
社から出た先は風が吹きすさむ高台。ちょうど、アイの国を一望できる場所にあたる。いや、大事な社だからこそ、こんな場所に作ったのかもしれないな
「今更なのかもしれないけど、こんなにボロボロに破壊されちゃったけど・・・それでもボクは思うんだ。この国は綺麗だって、それにボクはまだ何にも返せていない」
振り返ったアイのその笑顔が、その瞳が一瞬だけアキに重なる。国を背負って立つ者の重みと覚悟、それが嫌だと言っていた少女はもうここにはいない
「ねぇ、リュウト・・・笑ってよ。ボクはなんにもわかっていなかったんだ。壊れてしまうまで、なんにもわかっていないのに見もしなかったんだ」
そんなアイの強い瞳もクシャリと形を変えて潤みだす。それを弱さという気はない。昔そう思ったように、こういう時に泣けるのは良い事なんだと思う。泣くことさえもできなかった俺よりは彼女はきっとはるかに強い
「えっ? リュウト?」
「ここにいる限りは君はお姫様だ・・・泣き顔は見せられないだろ? だから、こうしていろ。きっと、英霊たちも見て見ぬふりをしてくれるさ」
ただただ、強くアイの顔を自分の胸に押し付ける。顔は見せない、声もぐもってよく聞こえない。それが何の意味もない、見せ掛けだけの物だとしても、心行くまで泣ける場所があるという事。今、思いっきり泣いてしまうことは決して無駄ではない
「ありがとう・・・ちょっとだけ胸を借りることにするよ」
そうして、アイが俺から離れるのは1時間ほどが過ぎてからの事だった
「これからどうするんだ? もしよかったら・・・」
俺のところに来るか? そう続けるはずだった。アキには事後承諾になってしまうが、たとえ宮殿内に住むのはまずくとも、あいつならば住む場所の提供ぐらいはしてくれるだろうと思う。それもダメならばママナのところに預けてもいいしな
「ううん、ボクは・・・ここに残る。まだ生き残っている人もいるかもしれないし、土地と民が残っているならば、まだこの国は死んでいないよ。だからボクが逃げるわけにはいかないんだ。あっ、食べ物とかもたぶん大丈夫だよ? 森とかはちゃんと残っているし!」
逃げられないか・・・アキといいアイと言い、王族っていうのは本当に大変だな。本当なら最大限の協力をしてやりたいところだが、一応神である俺が必要以上に協力するのも本来的にはよくないらしい。だとするならば
「そうか。なら、これをちゃんと持っていてくれ」
「あっ、これ・・・」
以前アイに渡した『竜の呼び笛』。たぶん、アイ自身もそれどころじゃなくて忘れていたんだろうが、池に浮いていたこれを一応回収してある。まぁ、アイでなければ吹いても意味がないようにはしてあるんだが
「本当に困った時に吹いてくれ。神ではなくて友達として助けに来るさ・・・おっと、友としてだから寂しい時に吹いても構わないぞ?」
なんか友達と言った時に少し睨まれた気もするんだが・・・気のせいだな、きっと
「うん、貰っておく。その・・・ありがとう、リュウト」
「きにするな。じゃあ、『またな』」
「うん! またね♪」
後ろを向いたリュウトはほんの少しだけ止まって・・・そのまま姿を消した。リュウトも少しだけでも寂しいって思ってくれたのかな? そうだったら嬉しいな
「ほう? この国にまだ生き残りがいたとは・・・くくく、ネズミというのは数だけは多いから厄介だ。そうは思わないか?」
急に聞こえたぞくりとした声。どこから声をかけられたのかもわからない。360度、全方向から聞こえるような気がして、あたりを見渡してもどこにも姿が見えなくて
「あ、そうだ・・・りゅ、リュウトを呼べば・・・あっ!」
今、別れたばかりで呼ぶのもどうかと思ったけど、これは明らかに異常事態。だから呼んでもリュウトは快く助けてくれると思ったのに、笛はいつの間にか溶かされて吹けるような状態じゃなかった
「くく、こちらとしても今あのものと事を構えるのは得策ではない。だが、お前はネズミにしては利用価値がありそうだな」
そしてボクが認識できたのはここまでだった・・・
???
「冥王様、影の奴が捕らえてきたあの小娘はどうなさるので?」
「ふむ、影の話では竜神とやらの知り合いだと聞く。ならば、こちらに引き込めば人質としても戦力としても役立とう」
「では、洗脳を?」
「いや、それでは痕跡が残る。あの剣が奴の元にある以上はそれだけでは無意味やも知れぬ・・・ふっ、時間はあるのだ。たっぷりと拷問にかけてやれ。不老の術をかけ、助けにこぬ竜神、このような目に遭っているのも奴の所為だと言い続ければ、人としての寿命が尽きるころには憎悪でまみれている事だろう」
こうして一つの国が亡び、一つの物語が幕を下ろす。次なる舞台、その幕が開けるのはこれより300年の月日が流れた後の事・・・
第5部『仮初めの平和の中で』終わり
第6部『世界を敵に』へと続く
さて、これで第5部の物語は終了となります。そして、これより始まる第6部・・・すでにそれがかなり悲惨な物語になるだろうことは予想がついておられるとは思いますが
レーチェル「ま、これも予定調和ではあるけどね」
そりゃ、情報を流しているのがあなたですからね・・・。果たしてレーチェルは敵か味方か? それもまた6部に明かされる話です
レーチェル「女はミステリアスな方がいいって言うでしょう?」
貴方の場合はミステリアスとは言わない気もしますが・・・さて、300年の時間経過がこれより起きますので、当然リュウトたちは今まで以上に強くなっての第6部です。もっとも、それがいい方向に働くかは別問題ですが
レーチェル「あら? 強くなってもらわないと色々困るんだけどね。勿論、第6部の中でも♪」
ということで今までで一番重い話になりますが、第6部もよろしくお願いいたします!




