9話 「弱さを越えて」
みんなが突然現れた(というより、きっとお姉ちゃんが呼び集めた)幽霊退治に行っても、まだリュウトは私の髪を優しく撫で続けてくれる。それがとても心地よくて、もう怖くない。なのに私の体はフルフル・・・一体どうしてしまったんだろう。
「ご、ごめんなさい。私は・・・実のところあの手の話は苦手なの。」
笑われると思った。さすがにこの程度で嫌われるとか振られるとは思ってなかったけど、呆れられると思ったのに
「別に謝ることでも恥じることでもない。誰にだって苦手なものや怖いものはあるさ。・・・むしろ、いまだにアキが怖いってこうやって震えさせてしまうこと。安心させてやれない俺が情けないよ。」
優しげな口調に抑えきれない悔しさを滲ませてリュウトはそう言う。違うのに・・・リュウトのおかげでもう怖くないのに! なんでこの震えは止まってくれないんだろう。
「違うの! もうリュウトのおかげで怖くない。・・・怖くないのに私の体震えちゃうの! 私、どうしちゃったんだろう。」
私の言葉をリュウトは目を閉じて静かに聞いている。これは彼が真剣に考える時の癖のようなもの。リュウト・・・本気で考えてくれているんだね?
「怖くないっていうのなら・・・不安なんだろうな。」
不安・・・その言葉はたしかに私の中にぴたりと収まる気がする。心がざわざわする感じ。でも一体何が不安なんだろう?
「やっぱり俺の所為なんだろうな。アキ、キミにとって今回のことは見せたくなかった弱さなんだろう。だから、それを見せたことが不安だったんだ。俺たちの・・・俺の評価がどう変るか。その程度のことで評価を変えると思われるような俺が情けないってことには変らないさ。」
違う! ううん、私の中にある不安の正体は当たっているかもしれない! でも、それはリュウトの所為じゃない! それは本来なら馬鹿にするなってリュウトが怒るべきことだよ? やっぱりまだリュウトは自分が嫌いなんだ。そして私は・・・リュウトを信じきれていないんだ。
「あのね、リュウト・・・」
一方、そのころ
「皆様、さすがですね・・・アレだけいた幽霊をこんなに早く全滅させてしまわれるとは?」
正直誤算だったわ。もう少し2人だけの時間をあげられると思っていたのに・・・。特にレーチェルさんね、この人最初の一撃で1秒かからずに千体ぐらい消滅させていたような?
「まだ本命はこれからよ? もっとも、ここじゃなくてリュウトくんたちのところに出るんだけどね。」
「どういうことですか?」
この人は一体何を企んで・・・いえ、知っているというの!?
「そんな怖い顔しないでよ♪ メイちゃんの企みぐらい私にはお見通しよ。だから折角だからアキちゃんの弱点克服もかねて、天界で捕まえていたゴーストキングをけしかけちゃった♪」
ゴ、ゴーストキング!? それって5千年ほど前に世界を壊滅させかけたとか言う伝説の!? は、早く助けに行かないと・・・な、なんでみんな寝てるのよ!?
「大丈夫。今のあの子達なら負けないわよ。・・・いざとなったら助けてあげるけど、そんな必要はないでしょう。だからメイちゃんもゆっくりお休みなさい。」
甘い香り? レーチェルさん・・・あなた・・・は・・・?
「幻視香・・・光の魔術と特殊な香りを融合させた魔法具よ。ほんのちょっと眠っていてちょうだい。可哀想だとは思うけど、あの子たちには・・・もっと強くなってもらわないと困るのよ。今の彼らの実力では・・・あいつには手も足も出せないから。」
「あのね、リュウト・・・」
アキが悲痛そうな顔で話そうとしたときにそれは起きた。圧倒的なまでのチリチリとした気配・・・霊気とでも言うものなのだろうか? とにかく、これは並みの相手ではなさそうだな。
「すまない、アキ・・・話は後だ!」
「えっ?」
リュムを握る手に力が入る。久しぶりの感覚だが、やはり嬉しいものではないな。
「出て来い! それで隠れているつもりはないんだろ!」
霊気が渦巻くように集まり、そこにはマントを纏った騎士・・・いやあれは若き王か? ・・・が現れた。
「現世の猛者か。今の世にも手ごたえのありそうなものは残っておるではないか。」
低く押し殺したような笑い。こいつは一体何者だ? アシュラのような強者との戦いに喜んでいる熱い笑いではない。こいつの笑いは背筋が寒くなる。
「悪いが、出てきて早々に冥界に帰ってもらうぞ!」
相手が何者であろうとも! リュムに! 竜神剣に斬れないものなどありはしない! 渾身の一撃は・・・無数の霊気でできた手によって、あっさりと受け止められた。
「どうやら貴様は我のような相手との戦いは馴れていないと見えるな。いかな力を持つ剣も腕を押さえられては意味がない。霊相手に見える姿に惑わされるとはまだまだだな・・・。」
くっ、理解はしていたつもりなんだがな。だが、おかしい・・・何故、竜神剣の能力が使えない? いや、リュムが意識的に使わせてくれないみたいだな。
そうこうしているうちに俺の体は奴の元へと引きづられていく。これは、まさか・・・
「まだまだ経験は不足しているようだが、その力と技はなかなかのようだ。我が新たな体にふさわしい。」
なるほど・・・ね。さてどうするかな。リュムの力ならどうにでもできるのだが、発揮させないということは理由があるのだろう。
ふと、アキを見る。苦手な幽霊が相手だ、可哀想に思えるほど震えて? ・・・そうか、そういうことか。さすがにこれはメイの策略じゃないな。となるとレーチェルか。そして考えてみればレーチェルとリュムは1万年前に共に戦っている旧友でもある。考えはお見通しというわけか。
「アキ! 頼む! 俺に力を貸してくれ!」
アキの震える目が俺を見る。もう一押しかな? おそらくこんな戦いが、それももっとシビアな戦いを想定しているのだろう。その時にアキが戦えるかどうかは大きい。そしてもう一つ・・・アキの(本人にとっては)カッコ悪い弱いところを見たのだから俺も見せろってことかな? アキのために俺がかぶれない泥などありはしないさ。
「アキ! 頼む! ・・・助けてくれ。」
アキの目に力が入る。まだ怖いのだろうとは思う。可哀想だとも思う。だが、彼女は戦えるはずなんだ! その杖にはメイが言うには浄化の力・・・つまり霊に対して攻撃を加えられるはずなんだ!
「リュウト・・・リュウトが私の助けを必要としてる? ・・・うん! 我が思いの形は常に一つ・・・汝の力を借りて、ここに現出させん! ドラゴンソウル!!」
・・・この技は本来リュムの補佐が必要な技だったはず。アキもあの時よりも強くなっていたんだな、時間なんてなかったはずなのに・・・
「何? 馬鹿な!! この小娘~~~!!」
アキの放ったドラゴンソウルは俺を捕らえていた手を焼き払い、俺の剣に宿る。そういえば、ドラゴンソウルバージョンは初めてだな。
「竜神流! 火炎竜尾斬! ・・・いや、一気に決めさせてもらう! 火炎風竜斬だ!!」
リュムの補佐を得られていない俺のエネルギーがごっそりと奪われていく。だが、この1撃で決める! アキに自分の力を信じてもらうためにもな!!
「リュウト、私・・・」
あっさりと幽霊を倒したリュウトだけど、私はなんて言えばいいのだろう? 感情が複雑すぎて自分でも良くわからない。
「何も言わなくていいさ。俺たちは1人ではないだろ? 俺もキミも一人で戦えるほど強くはなかったと思うぞ? 苦手なことを恥じることはない。キミが俺を助けてくれたように俺たちがキミの隣にいるんだから。・・・それに、怖くても仲間の為になら戦えたじゃないか。」
やっぱり、リュウトは手加減してたのかな? 竜神剣の力、まったく使っていなかったし・・・。でも、一つだけ不満だな。私は『仲間』の為じゃなくて『あなた』のために勇気を振り絞ったんだけど? それでもね・・・
「じゃあ、言葉の代わりにこれを・・・ね。」
チュ・・・ってリュウトの頬に押し付けた唇。う~ん、相変わらずリュウトってこういうことに慣れてないみたいね? いつの間にか慣れてるっていうのも絶対嫌だけど。・・・真っ赤になって固まってしまったリュウトに背中を向けて送る『ありがとう』。あなたに伝わったかな?
「うん、とりあえずは合格かな? でもねリュウトくん、アキちゃん・・・あいつがあなたたちに気づくのは、本人は動かないでしょうけど何かしら仕掛けてくるのはそう遠い話じゃないわ。時間はそんなに残ってはいないわよ。」
この章で永延と語られた話は全てこの話が書きたかったからです! リュウトとアキの物語はまだまだ始まったばかりなのです。
アキ「・・・それだけならもう少しやり方もあったのではないか? なにもあんなに私の痴態を見せる必要もなかっと思うが?」
そりゃそのほうが面白いから♪
アキ「ほう? やはりそれが本音か!」
じょ、冗談です(汗)あ、あとこの章はもの凄く重要な伏線もあるんですよ!
アキ「伏線というほど隠れてはいないがな。あのレーチェル殿がそこまで警戒するほどの相手か・・・。」
はい、その正体が明らかになる時がこの物語の最終局面です。・・・ということで今回はただの示唆。当分は気にしなくても・・・大丈夫かな?
アキ「なんともいい加減な。」
今更です♪ ということで次回予告をお願いします!
アキ「やれやれ、開き直りおって。約束の時は来た! 交わす言葉はすでになく、お互いのプライドをぶつけ合うのみ! 竜神伝説第3部5章『激闘再び! リュウトVSアシュラ!』私も応援してるよ? リュウト!」




