7話 「10月10日」
ここは天界。レーチェル神殿のお昼時である。
「レーチェル様、次は何をすればいいですか?」
「そうね、今日はもういいわ。コクトくんも返すから・・・お祝いしてあげないさい。」
「レミー、ただいま。」
あの魔界の戦いが終わっり、俺は今はレーチェル様の神殿のそばに作られたレミーの家で暮らしている。この家も元々レミーの為にレーチェル様が作ってくれたというのだから頭が上がらない。・・・これで、未だに続く苛烈なお仕置きさえなければ尊敬に値するのだがな。
「お兄ちゃん、お帰り~♪」
とはいえども、このレミーの笑顔を守ってきてくれたのは主にあの人なのだろう。そしてもう一人・・・俺の代わりを務めてくれた奴か。
「ああ、しかしどうしたんだろうな? あのレーチェル様がこんなに早く俺たちを帰すなんて?」
「ひょっとして・・・お兄ちゃん、忘れている? 今日は! お兄ちゃんの誕生日だよ?」
ん? 誕生日? ああ、そういえば今日だったか。ここ最近、日付なんて気にしてる余裕なかったからな。
「そうか、レーチェル様風のプレゼントってことかな?」
「きっとそうだよ! レーチェル様ってちょっと捻くれた優しさが好きだから!」
「・・・フフフ、レミー? 私の事、そんな風に思っていたんだ?」
今のは幻聴、そうに決まっている。そう思おう。だから、そんなに青ざめて震えるなレミー。考えても無駄だから・・・。
「うう、お兄ちゃん。レーチェル様って私たちのこと、どこまでどうやって把握してるんだろう?」
「レミー、世の中には知らない方がいいこともあるんだ。きっと、これはこの手のことだと俺は思う。」
きっと知ろうと思っても知れないことだとも思うが・・・。俺の言葉をどう受け止めたのかレミーの表情がパァ~と明るくなる。
「そうだね! じゃあ、私は料理作るから!」
うむ、この切り替えの速さこそがレミーのいいところだ。俺はなんて素晴らしい妹を持ったのだろう!
コンコン・・・俺が幸せを噛み締めているのを邪魔するように鳴る無粋なノック。しかし、俺たちのところに客とは珍しい。
コンコン・・・続けてなるノックに俺は半ばしぶしぶ扉を開ける。そこにいたのは・・・
「リュウト? 俺たちをわざわざ訪ねるとは・・・何かあったか?」
「まぁ、あったといえばあったな。ほれ。」
軽い口調でリュウトは俺に何かを渡す。形状からすると・・・ビンか?
「これは?」
「今日はお前の誕生日だって聞いたからな。一番体の空いてる俺が代表で来た。アシュラのところのワインに敵わないが、まぁそこそこお高いワインってところだ。」
贈り物がワインか。こいつらしいというべきか?
「残るもので思い出をなんていうタイプじゃあるまい? 俺もお前もな。」
鋭い奴だ。だが、間違ってはいない。思い出など心に刻むもの。物が無ければかすれゆく思いなら所詮はその程度のものだったのだ。
「飲めなかったらどうするつもりだったのだ?」
無論、俺は飲めるが意地悪く聞く。
「お前が飲めんとは思えんが? まぁ、万が一があったらストックかな? 飲める奴などいくらでも回りにいるだろう? ああ、間違ってもレミーには飲ますなよ。」
当たり前だ! レミーにはまだ酒は早い。・・・しかし、こいつは俺が飲めなかったら自分が送った酒を自分で飲みに来るつもりだったのか。
「貴様という奴は・・・。おっと、こんな場所で立ち話もなんだな。一応入れ。」
「んじゃ、お言葉に甘えて・・・レミーは何をしてる?」
家に入ろうとして、ふとリュウトの足が止まる。心なしか震えているような気がするな?
「見てのとおりだ。料理を作っているのだが?」
「料理? レミーの?」
ふむ、急激に青ざめていくな。感激の症状にしては変った反応だ。
「悪い、よく考えれば久しぶりの兄妹の2人の誕生日を邪魔することも無かったな。俺は帰るよ!」
「お、おい! リュウト!?」
静止する間もなく出て行くリュウト。レミーの飯を食わんとはな? しかし、奴にとって俺は仇だったはず、なにゆえにこうまで親しそうに話せるのか・・・。
「くだらんことを考えるなよ? コクト。」
不意にドア越しに聞こえたリュウトの声。まだそこにいたのか? 俺に気配を悟らせないとは随分と成長したものだ。
「何のことだ?」
「俺の気のせいならそれでいいんだがな。奪った命の数なら俺とてそう変らん。だが、幸いというべきか・・・俺たちにはまだ死ねない理由があるからな。」
・・・以前レミーが聞いたといっていたな。奪った命の分まで生きようとしなければいけない。罪の分だけ世界に返さなければいけないものがある。そうだな、俺の贖罪は・・・そしてお前の贖罪はこれからなのだろう。俺はレミーのために生きる。お前はアキさんのためにか? 全てを返しきるのは途方も無い未来のことなのだろうが、こんな贖罪も悪くはないやも知れぬな。
「ム~、リューくんも折角来たんだったら食べていってくれたらいいのに!」
プク~っと頬を膨らませてちょっと不機嫌という感じのレミー。そうだな、奴は俺の代わりなどではなかった。俺の役割は俺にしか出来ぬように、あいつはあいつらしい兄としてレミーを支えてきたんだ。
「余計な気遣いをする・・・あいつらしいではないか。」
「だからだよ! もう、リューくんだって家族なんだから一緒にお祝いして欲しかったな。」
家族か・・・俺には家族といえばレミーしかいなかった。いつの間にかあいつも加わって、そのうちにアキさんやメイさん、ママナまで加わるのか? 随分にぎやかになるものだ。だが・・・悪くない。
「来年はみんなで一緒にお祝いしおうね?」
「ああ、そうだな。」
きっと、こんなものが俺が望んだ世界。レミーたちが望んだ世界。これを壊しかけてしまった贖罪はまだまだこれからだ。
「うむ、相変わらずレミーの料理は美味いな。」
「ホント! まだまだいっぱいあるからね、お兄ちゃん♪」
え~、リュウトが青ざめて帰っていった理由になど一生気がつきそうに無い兄妹です。
コクト「変ったやつだ。怖いものなど何も無いというのに。」
怖くないのはきっとあなただけかと。ところでレミーの料理の味は?
コクト「美味いに決まっているだろう? 妹の作ったものを喜んで食べるのは兄の義務だ!」
その妹愛はどこかの姉たちに教えてあげて欲しいところですが、愛が大きすぎて味に気がつかないのはどうかと?
コクト「どういうことだ?」
いえ、ただそうやって褒めることしかしないと間違いに気がつかずに大きくなるものなのだなということですね。とある悪魔の闇討ちにあわないようにとだけ言っておきます。
コクト「よくわからんな。で次は12月1日、奴の誕生日か・・・。」
ええ、キーマンはあなたの妹でしょうね♪




