1話 「折れた希望」
カツーン、カツーンと足音を大きく鳴らし、ギィィィイっとまるで永遠の時間をかけるようにゆっくりと奥にある扉が開かれる。
出てきたものはまさに異形。漆黒ではなく黒く濁ったと評するべきその肌の色。肌そのものもケロイドというのもふざけているほど奇妙に変形し、所々に顔のようなものが浮かび上がり、キヒヒヒと奇声を上げている。
「あ、あああああ!!」
奴が姿を現した瞬間からレミーの体が震えだす。それもそうだろう、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、俺の力などでは遮断など不可能な濃度の瘴気が何もせずともふきだしている。空気が奴の周りから腐っていくのがわかる。
もはや俺たちにレミーを庇う余裕は無い。俺たちに出来るのはレミーが、自分たちが力尽きる前に奴を倒すということだけ。それさえも可能性なんて言葉を使うのが馬鹿らしいほど無謀なことではあるのだが・・・。
「ほう? その体でまだ戦おうとするか? 呆れた闘志。いや、現実を見ることさえ出来ぬ愚か者か?」
気を抜けば倒れそうな体を奮い立たせ、武器を構える俺たちをあざけ笑う声。だが、怒りは感じない。それが現実だとわかってしまっているからだ。
「見えていても戦わなければならないこともある・・・それだけのことだ。どの道、俺たちを逃がすつもりは無いのだろう?」
ニヤリと笑みを浮かべて返す言葉。これが精一杯の虚勢だ。
「なるほど、ただの愚か者というわけではなさそうだ。無論、貴様らがどれほど疲弊していようと、どれほどの弱者であろうとも逃がすつもりは無い。俺の望み、魔族に魔界などというふざけた地しか与えなかった神々への復讐。その1歩たる地上進行への最大の障害者は貴様だ!」
地上侵攻はたんなる足がかりか。魔界はたしかに地上に比べ条件は悪い。奴らの考えがまったくわからないとは言わない。だが!
「だからといって、貴様に地上に住む生き物を好きにする権利は無い! 魔界に住むものたちを兵として使役する権利もだ! 貴様がその野望を捨てないというのなら・・・俺は俺の理想とする世界を守る為に貴様の前から逃げるわけにはいかない!」
そうだ、俺はそれだけの存在だ。ここにはもはや、正義も悪もない。
「俺の理想・・・か。正義の味方としてはらしくないではないか?」
「当然だ。俺が自分を正義などと名乗ったか? この世に絶対の正義も悪も無い。勇者? 賢者? 正義? チャンチャラおかしい。俺はそんな大層な存在じゃない! 貴様を悪というのなら・・・自分の理想を押し付けようとする俺もまた・・・悪だ。」
それでいいのだと思う。俺は俺が守りたいものがあるから戦う。その過程で多くの命を奪い、多くのものの運命を変えて来たに違いない。それが良い変化だったものは俺を正義と呼ぶかも知れない。地上に住む多くの者たちにとってはそうなのかも知れない。だが、ただそれだけなんだ。
「なるほど・・・くっくっく、貴様も悪か。ならば、我が対立者に名ぐらいは名乗ろうでは無いか。俺の名はサタン! 神の対立者にして憤怒を司どるもの!」
ただの名乗り上げ。それだけだというのに・・・サタン、この名は俺たちの気勢を削ぐだけの力があった。もっとも恐ろしき神の対立者。悪魔の中の悪魔・・・その伝説が今、俺たちの前に立ちふさがっている。
「リュム・・・最初からいくぞ。第一段階ではない。あの力だ。」
「・・・わかっているのか? あの力は・・・」
「わかってる。だが、時間が無いのはこのままでも変らない。大丈夫、死ぬ気も無いさ。・・・この状況じゃあ俺の命でみんなを、なんて言うことさえ出来ない。」
「・・・わかった。」
「竜神剣・・・特別モード、強制解除!」
強制的に開放されたリュムの・・・竜神剣の力が俺の体を駆け巡る。強い力を感じるがまだ足りない。そしてそれにさえ耐え切れずにコンマ数桁の単位で壊れゆく俺の体。だが、それでも希望の火は消させない。アキ、約束守れないかもしれない。だが、最後の瞬間までは守ろうと足掻いて見せるから。
「アシュラ! あの力、もう一度使うぞ!」
「・・・! いいだろう。」
共鳴する光と闇。あのとき、ルーンとの戦いのときに使った力。闇と光は融合して輝く。お互いがお互いのないものを補い合うようにより強い力を得る!
「竜神流剣術・・・無風!」
「修羅・・・烈風斬!」
この状態も長く続けられるものではない。結局俺たちには短期決戦以外に残された道は無い!
「精々足掻け、滑稽にな。それが俺の名を寄り高みに押し上げよう。そう、そこのそれで俺の隙をついた気になっているエルフのように滑稽にだ。」
「・・・っぅ!? 行って! ファイヤーバード!!」
会話に加わることなく気配を消し、背後に回りこんでいたアキをあざ笑うかのような一言。だが、それでもアキは撃った。他でもない、俺たちの支援をするために・・・それは間違った行動ではない。なぜなら、撃たなければ突撃した俺たちどっちかの命は失われていただろうから。
「ふん。」
それらにまるで興味が無いというかのように無造作に俺たち3人の攻撃を打ち払う。ダメージは・・・あんなものはあるなんていえるレベルじゃないか。
「まだ戦う気が折れんと見える。いや、もう実際には折れているものがあるのだが、気づいてもいないか。・・・貴様に言っているのだ! 竜神!!」
!? お、折れているもの? ま、まさか・・・
パキィ・・・その瞬間だけの痛いほどの静寂の中に響いた音。それは何かが折れたような音で・・・その後にカランカランと何かが転がる音がする。ふと目線を下げるとそこにあるはずのものがなく・・・いや、手元にはあった。ただ根元までという条件ならば・・・。
「・・・ちっ。」
「リュムが・・・竜神剣が・・・」
「折れた・・・?」
ルシファー戦の余韻も冷めぬ中始まった最後の魔王サタン戦! そしてルシファーと比べても圧倒的過ぎるその力! さらには奇跡の原動力、竜神剣まで折られた!? とまさに絶体絶命の大ピンチです。
マリア「りゅ、リュウトくんは大丈夫なんでしょうね!? だって第3部では落ち着けるって。ま、まさかここで全滅するから、死んで落ち着けるなんてオチは無いわよね!!」
いや、そんな壮大なネタバレを僕の立場で言えるわけ無いでしょ?
メイ「大丈夫ですわ、マリア殿。全滅・・・なんてことになったら第3部はありませんもの。」
いや、3部はサタンによる世界征服の話とか・・・ひっ!?
メイ「理解できていないようですね? そんなことになったらあなたはこの世にいませんから。第3部がアップされることは無い・・・と申しているのですが。」
あはははは。ひ、久しぶりだなぁ。この問答無用の脅迫は・・・。
レーチェル「勿論、楽に死ねるなんていう幻想は持たないほうがいいわよ?」
い、以前より悪化してるよ。と、とりあえず・・・もう少々ご猶予を。では、また!




